マクデブルクの半球

ナコイトオル

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詐欺師と嘘

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 背中のぬくもりは消えない。微かに震えながら、それでも私の言葉を待つ。
「ナオミが病室に来たのかな? それで、目撃証言が他にも出たって言ったのかな。犯人は女だった、って言ったのかな。それでキョウコちゃんに聞きにきたのか。「君じゃないよね?」って。キョウコちゃんを除いたら容疑者はナオミさんか私だよね。だけど、ナオミさんもついに言ったのかな? 自分にはアリバイがあるって。ナオミさんの秘密基地のマンションはね、すごいセキュリティなの。監視カメラがたくさんあるんだよ。犯行時間前にナオミさんが部屋に入って、犯行時間中家の中にいたって証明出来るんだ。ナオミさんは犯人にはなれない。だから」
「どうして、ユキなの?」
 小さな声だった。その声に逆らえない。
「折り合いがいつかどこかでつけばいいなって思ってたんだけどね、やっぱり、無理だったみたい。───ごめんね、こんなことになって。キョウコちゃんにとって、いいお兄さんなのに」
「どうしてあたしにやさしくしたの?」
 背中を通して聞こえるくぐもった声。こんな状況でもこの子はそばにいる。そばにいてくれる。
「あたしを騙すつもりだったの?」
「ううん。───だって、泣いてたじゃない。キョウコちゃんは一生懸命戦いながら、泣いてたじゃない。泣いてる女の子を見捨てたりしないよ。───それに」
 一呼吸置いた。慎重に言葉を選び、伝えるために、紡いだ。
「ニノ コウに頼れなくなったのはわたしのせいだからね。肩代わりくらいは、したかった」
 その言葉を聞いて、絶望したように声がひび割れた。
「ユキが分からない。いいひとなのに、すごくいいひとなのに───どうして」
「折り合いが付けられなかったから」
「折り合い折り合いって、なに!」
 「キョウコちゃん」
遮るように声を張る。びくりと震えられたのを感じて、トーンを落とした。
「……疑ってる相手の出したものなんて、口にしちゃ駄目だよ」
「……え? ぇ、……は……」
 かくん、と、背中にのしかかった重みを感じ、受け止めながら振り返った。抱え込むようにして支え、ソファーにゆっくりと座らせる。その頃にはキョウコはもう完全に脱力し切っていたので、脚もそっと抱えてソファーに上げた。
「な……ぁ……」
「睡眠薬。ごめんね、朝には眼が覚めると思うよ。何もしないし、私はもう出て行くから。戸締りもちゃんとして行くから安心して。チグサさんに連絡しておくから、起きたら一緒に病院に戻るんだよ」
「ゆ……き……」
「ごめんね、頼れるお兄さんを奪ってしまって。でもね、ニノ コウは必ず目を覚ます。絶対に、絶対に帰ってくるよ」
「ぁ……」
 額にかかった髪をのけるようにして撫でる。大きな瞳は瞼が殆ど隠し、そして、完全に閉じた。
 寝息が安定していることを確認して、布団を運びかけた。エアコンを入れて室温を調整し、窓の戸締りを確認してカーテンを閉め部屋を出る。階段を下りながらスマートフォンでチグサの番号を呼び出す。電話はすぐに繋がった。
『───チグサでございます』
「急いでナオミさんを探してください。手遅れになるかもしれない。それからキョウコちゃんはうちで寝てます。朝には目を覚ますと思うのでそれまでには迎えに来てあげてください。鍵は閉めておくのでともりに会えたら鍵借りるか会えなかったら窓割って入ってください」
『あなたはどうされるんです?』
「犯人に会いに行きます」
『捕まえるのですか?』
「そこまで出来るかは分かりません。けど、終わらせようとは思っています」
『どうしてそこまでされるのです? どうしてあなたはそこまで出来るのです?』
その有能な執事は、電話の向こうではじめて声に揺らぎを持った。
『───お好きなのですか、コウ様のことを』
 ───好き、とか、嫌い、とか。
 ふは、と笑った。苦笑いが、先に出た。
「馬鹿にしないで。
 ───理由が必要だと、思ったことはありません。 それじゃあ駄目ですか?」
『───畏まりました』
 今も尚意識不明の、目指すものが確かにある青年を支える有能なる執事が、機械と距離と決して越えられない不可視の壁を通して優雅に一礼をしたのが、見えた気がした。
『幸運を。───我が当主の共犯者よ』
「ありがとう」
 ───そして、
 詐欺師は電話を切った。



 さて、どこからが嘘だったっけ?










〈 詐欺師の嘘 詐欺師と嘘 〉



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