マクデブルクの半球

ナコイトオル

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詐欺師と嘘

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 アルコールを摂取したので、車は運転出来ない。代行を呼ぶ気にもなれず、そのまま歩いて帰ることにした。フォーマル用の慣れないヒールはじくじくとした傷みを与え続け、外の気温は容赦なく体温を奪っていく。
 寒かった。今さらのように、それを思い出す。
 マンションを出て、進んでいく路地。そこに人影があった。
「……ともり」
「お帰り、みーさん」
 顔を見るのが、声を聞くのが、酷く久しぶりのような気がした。
「こんなに冷えて。風邪ひいちゃうよ」
 頬にともりの手が触れる。やわらかい声。自分に向けられた、あたたかい声。それがうれしい。うれしいけれど、自分に向けられていいものなのか分からずうつむく。
「……泣きたいの?」
「……ううん、大丈夫、違うよ」
「なっかなか泣かないもんね、みーさんは」
「あー、そだね。確かに」
 小さく笑う。大しておもしろくもなかったので、すぐに笑いは収まった。
「……今となっては、願掛けもあったのかなあ」
「願掛け?」
「うん。───泣くのを我慢したら、叶うような気がしてたのかも。今となっては」
「ふうん」
 こきり、とともりが首を傾げた。私の好きな癖だった。
「じゃあ、もう泣いてていいよ」
「え?」
「みーさんがどれだけ泣こうが、俺がみーさんの願いごとを叶えてあげる。だから今度こそ、泣いてていいよ」
 呼吸が、止まる。
「……そっ、か」
「うん」
「じゃあ、次泣きたくなったら、お願いする」
「うん、任せて」
「うん、任せた」
「うん」
「うん」
「ねえみーさん」
「なあに?」
「大好き」
「うん、識ってる」
「うん。識ってるのを識ってる」
「うん、それも識ってる」
「うん」
「うん」
「ねえみーさん」
「なあに?」
「もう二度と会うことのないひとを、会うつもりのないひとを───永遠に想い続けるって、どういう気持ちだろう?」
 くっと、音無く喉が鳴った。
「それがどんな感情であれ、もう二度と会えないのは、どういう気持ちだろう」
 ともり。
 もしかして彼は───この、青年は。
 全部知っているのではないかと。
 わたしがされたことも、わたしがしてきたことも、わたしがこれからしようとしていることも全部ぜんぶすべて───真実を、識っているのではないかと、そう思った。いや、
 お願い、識っていてくださいと喚きたかった。
 後生だから、記憶に遺してくださいと泣き付きたかった。
 何もしなくていいから、識った上で、記憶に刻み込んだ上で───それを行うわたしのそばにいてくださいと、泣き喚いて縋り付きたかった。
 ともり。
 ともり。
「……さあ、どうだろう」
 わたしは。
 詐欺師のわたしは。
 たくさんたくさん、今まで吐いて来た嘘を───これで終わりに、させることにする。
「それでも、悪いことばかりじゃなかったんじゃないかな」
 ───さよなら、ともり。




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