マクデブルクの半球

ナコイトオル

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詐欺師と嘘

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 スカイツリーが臨める高層ビル。その一番下の、オートロックの入り口の手前。
 部屋番号と呼び出しボタンを押す。無反応。あきらめてまたあとで出直す───わけなく、呼び出しボタンを連打した。ごめんねシリアスとか関係ないんだ。
『は、い』
 人差し指が痛くなって来た頃、苛々とした声でフルミが出た。カメラ映像に禄に目をやっていないらしい、敵意丸出しの声だった。
「こんばんは」
『は。え……ミカゲさん?』
「いきなりごめんね。寒いから入れてくれる?」
『わ、分かった』
 鍵が解除され自動ドアが開く。ありがとー、と声だけ残して中に入り、エレベーターで部屋のある階まで上がった。階につきワンフロアだが、フルミは玄関前にいた。
「……驚いた。本当にミカゲさんだ」
「急に来てごめんね」
「いや、急っていうよりあのインターフォンの連打が……本当にミカゲさん……?」
「いやほんとごめんね」
 驚きからまだ抜けきれないフルミに中に通してもらう。ジャケットは脱いでネクタイも外してはいたが、まだ喪服のままだった。微かにアルコールの匂いがする。
 部屋の中は前回と同じく、ある一部を除いて小奇麗に片付いていた。机の上にあった書類をぶちまけたのか、床に一部書類が散乱している。それに冷めた眼をやり、靴下のまま踏み付けてフルミはソファーに座った。そのことについてお互い何も言わない。ソファーの前のローテーブルには酒の瓶と飲みかけのグラスがあった。
「……大変だったみたいだね」
「え?」
「その様子見ると」
「……ああ。うん。まあ……ミカゲさんも、何で喪服なの?」
 答えず、真っ直ぐ見据え返す。ああ、と、脱力したようにフルミは笑った。
「来てたんだ。そっか……どうやって知ったの?」
「同級生から連絡が来て。そんなに出回ってはないみたいだけど」
「そっか。まあ、いずれは分かる話だし……ありがとう、来てくれて」
 それは焼香なのかこのマンションになのか、分からなかった。だから首を横に振って答えると、フルミはもうひとつグラスを出してそれにお酒を注いでくれた。
「まだ終わってもいないだろうけど。でも、お疲れ様」
「ありがとう」
 グラスは打ち合わせない。けれどお互い少しだけ掲げてからそれを口にする。度数の高いそれが喉を焼いていく。
「……相手がほしかったんだ。だから助かった」
「そっか」
「最初どこのどいつかと思ったけど」
「ごめん」
「いやいいよ。びっくりしたけど、なんていうか、うん……妙に気が抜けたから」
 力なく言われて罪悪感だけが募った。
「……あと一ヶ月でコウが目を醒ますと思う?」
「……どうしたの?」
「例えばだよ。どう思う?」
「……眼は覚ますよ」
 思ったことを素直に言うことにした。
「けど、それが一ヶ月以内かどうかは分からない」
「……だよね」
「どうして?」
「……俺、思うんだ」
「……」
「コウは」
うつむいた瞳からぽたぽたと水滴が落ちる。



「コウはもう、目を覚ましたくないのかもしれない」



 誰も言わなかったことを、ついにこの男が、言った。




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