マクデブルクの半球

ナコイトオル

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詐欺師と記憶

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 その日、計画していた通りミキは泊まっていった。両親の部屋に三人で集うのはなかなか変な感じだったが、買ってきた服を出したりキョウコに化粧を施したりレクチャーしたりとやることはいろいろとあり、すぐに気にならなくなった。
「すごい、薄くするだけでも全然違う。すごい、すごい」
 目をきらきらと輝かせながら鏡を覗き込み、薄化粧を施した自身を見るキョウコは本当に幸せそうだった。
「キョウちゃん色が白いからピンクもよく似合うね」
 満足そうに微笑むミキがもらってきた化粧品カタログをめくった。横からそれを覗き込む。
「とりあえず今回はピンクと淡いブラウン系統の買ったからー。次はなんだろ、この赤とかいいね」
「あか、赤、それもきれい……で、でも濃くなったり、しない?」
「薄く乗せる程度にすれば大丈夫だよ。ここの発色がいいから少しずつつければ大丈夫。すぐに慣れるよ。学校にはやめといた方がいいけど」
「N校って進学校だし校則厳しいんだよね? キョウちゃん肌きれいだし、今の時期なら日焼け止めとパウダーとリップだけでも十分じゃないかな……マスカラは大丈夫かな」
「あー、どうだろ。こういうの注意される時ってさ、タイミングとかあとキャラとかあるよね」
「ね。地毛とはいいユキの髪の色も三年間一度も注意されなかったし。あれはキャラだね」
「髪染めるっていう発想に至るほど頭いいとは思われてなかったんだろうね。……キョウコちゃん、明日休日だけど塾あるよね?」
「うん。私服持ってなかったから今までは制服着て行ってたんだけど、今ならもう、ああ、どれ着て行こうかな。もちろん勉強はするよ? けど、ふふ」
「そしたらさ、ちょーっとだけ、毛先だけかるーく巻いてみようよ、やるからさ。授業前に公園で先生に会うんでしょ?」
「えっ。……いいの?」
「いいのいいの。せっかくなんだから」
「……うん!」
 どんな風になるかな。想像して、三人で笑う。
 きらきらと輝く女子高生。これでいい。これがいい。このままで。
 そう思っていた。



 翌朝四人で朝食と昼食を食べ、そわそわとしているキョウコに着替えてもらい薄く化粧を施した。昨夜言っていた通り毛先をゆるく巻き、スプレーをかける。
「最高」
「最強」
 二十代半ばの女二人がにんまりと笑いながら女子高生を眺める構図というのはどうにも犯罪の匂いがしたがそこは置いておいて、鏡の中の自分を見たキョウコはしばらくじっと自分を見つめて黙っていた。気に入らなかったのかなとこちらが不安になってくるくらい長く見つめ続け、
「ふっ……ぅ、」
「え」
「あ。───泣いちゃ、駄目。落ちちゃうから」
「ん、んん、わかっ……」
 ぐすっと、涙を飲み込むような時間を置いてから、キョウコが向き直り深々と頭を下げた。
「───本当に、ありがとう。ありがとうございます」
「───うん」
 ミキも笑った。髪型を崩さないように軽く頭を撫でる。ぎゅうっと、キョウコが自分とミキに抱き付いてきた。
「すごくかわいいよ。ともりにも見せておいで」
「うんっ!」
 階段をぱたぱたと下りていく少女を少しほっとしながら見送ると、隣でミキも安堵したように息を吐いた。
「よかった。───あのまま、このまま上手く行ってくれるといいんだけど」
「未成年だからね。今後色々と問題があると思う」
 肩をすくめる。実際、施設に送るか親戚が引き取るしかないのだけれど───キョウコがそれを良しとするか。それがあの子にとっていい環境となるのか。
「ディーに色々調べてもらったんだけど、キョウコちゃんの父親は本家に借金があるみたいでね」
「昨日の電話?」
 昨夜、女三人でわいわいファッションショーをやっている時にディーからかかって来たのだ。リビングに下り内容を聞いたところ、どうも芳しくなかった。
「ニノの家の系列の会社で働いてはいるんだけど、窓際で閑職。プライドが高いから卑屈になって、会社での評判は悪い。会社帰りや休日にはパチンコ、競馬……それでお金がどんどんなくなってるみたいだね」
「その上で虐待、か。毒にしかならない親だね」
 一度黙って、ミキが言った。小さな声で。
「……お母さん、は?」
「……再婚してるみたいだね。二人子供がいて、新しい家族がある」
「……そのこと、キョウちゃんは」
「知らない、と、思う。誰も教えてくれなかったんじゃないかな。というより、誰も知らないんじゃないのかな……」
 分からない。これは嘘かもしれない。だって、ニノ コウは知っていたかもしれないから。密かに調べて既に知っていて、その上で黙っていたのかもしれないから。
「でも、ここから飛行機に乗らなきゃいけない距離のところに住んでるみたいだから。もう二度と、関わる気は……ないんじゃないか、な……」
 誰が、悪い? ───誰が、悪かった?
 眼を逸らしたくなる、答え。



 リビングでともりとキョウコと合流すると、二人はわあわあとなにやらいつものようにじゃれあっていたが、とりあえず一応ともりはそこら辺はきちんと押さえている大人なので、「へえ、いいじゃん、よく似合ってる。またどっか買い物連れてってもらえよ」というほぼ満点に近い対応をしてくれていた。自他共に認める在宅ストーカーだが、基本もてるのだ。気遣いも上手い。
 褒められて恥ずかしそうに照れながら笑う少女は、うきうきとした足取りで夕焼けがはじまりかけた空を見上げる。待ちに待った約束の時間が近付いて来た。
「ちょっと早めに行くね」
「はい、気をつけて。終わりはいつもと同じだよね? 駅でともりが待ってるから」
「はい、ありがとう。いってきます」
「いってらっしゃい。頑張って」
 ふわりと笑って少女は出て行った。その背中を見送り、ミキがうーんとのびをする。
「じゃあ私もそろそろ帰るよー。明日また早いんだ」
「うん、付き合ってくれてありがと」
「いーえ。……まあ、無理しないでと言ってもするだろうから、ともりくん、その時は手段を選ばず止めちゃって。許可します」
「許可されました」
「ちょっと待て」
「待たない。あなたたち二人はさっさと進んじゃいなさーい」
 勝手なことを言うだけ言ってひらひらと手を振り強い女は出て行った。すごいな。このあとの空気とか一体どうしてくれるんだ。




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