マクデブルクの半球

ナコイトオル

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詐欺師と記憶

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 ともりとキョウコを送り出したあと、向かったのは病院だった。流石に痣も消えているのだがしばらくは通院するように言われている。それも何だかんださぼっていたのだが、ついにともりにばれ今日は絶対に行くようにと言われたのだ。
 心配性。けれども、立場が逆ならば自分も同じことを言うと思うと突っ張りきれない。
 大きな病院なので混む時はものすごく混むんだよな……と溜め息を吐きながら地図アプリを開く。病院のあとにフルミから教わった雑居ビルに行く予定だった。問題の階段までは確認出来ないだろうけれど。
 最寄り駅はどこなのだろうかと確認した時、GPSが示す現在地がそのビルと酷く近い位置を指していることに気付いた。青いマークが問題のビルの近くに静止している。
「……え?」
 顔を上げる。目の前に聳え立つ建物はこれから行こうとしていた病院。地図とそれを見合わせ、建物を見上げたまま二、三歩後退り、もっと見やすい位置からをそれを見る。再確認。自分が間違っていないことを認識する。
 現場のビルは、病院のすぐ横に位置していた。
「……」
 かちん、かちん、と脳内に小さな金属音。何かが当て嵌まっていくような。
 ニノ コウは研修医だ。この病院に勤めていてもおかしくはない。そもそもこの病院もニノの家と関連のある病院なのでは?
「……ミカゲさん?」
 ふいに背後から声をかけられびくりと振り返った。キノシタとカサイだった。内心ぎょっとしつつ唇を湿らせた。今、酷い顔をしているかもしれない。
「どうされました? 顔色があまりよくないようですが」
「……まだ体調があまり、よくなくて……」
「ああ」
 仕事上のものだろうが、二人の刑事は気の毒そうな顔を浮かべた。
「色々とありましたもんね。精神的なショックは短期間で抜けるものではありません。長期に渡って体調を崩す方が多いです」
「いえ……情けないです」
「そんなことはありません。ミカゲさんはまだお若いのですから。歳を重ねた男でも辛いですよ」
「……そう言って頂けるとありがたいです。狼狽えっ放しで情けないと思っていたので。刑事さんたちも体調が?」
 そんなわけはないだろうという前提で聞くと、案の定キノシタは少し笑って首を横に振った。
「いえ、何度目かになるのですが、聞き込みです」
「? 聞き込み?」
「あれ、ご存知ないのですか。ニノさんはここで研修医をされているのですよ。今入院されているのもここです」
「───え」
 予想通りの答えと想定外の答え。指先が冷たくなっていくのを感じた。
「……ニノ コウが、今ここに?」
「ええ。まだ意識は戻りませんが……」
 カサイが眉を顰めた。
「……ミカゲさん? 真っ青ですよ、大丈夫ですか?」
 大丈夫では、なかった。
「……すみません、失礼します」
「えっ……ミカゲさん、病院に行かれるんじゃ、」
「いえ、いいです。他のところに行きます」
「そんな、倒れそうですよ」
「タクシー拾います、ほんとう、大丈夫ですから」
 事件以降何度か通った病院。ともりとも一緒に来た病院。───知らない内に、近付いていた。そのことが肌を粟立たせる。二度と来ないと心に決めた。
 恐らく酷い顔色で足早に去ったこちらを、刑事たちは無理に追うことはしなかった。疑われただろうか。どうでもいい。ただ早くここから去りたい。
 大通りに出たが、こんな時に限って空車のタクシーは通ってくれなかった。仕方なくふらつく足でバス停の椅子に座る。ぎゅっと自分の腕に爪を立てるくらい強く握ると、酷く冷えいることが分かった。
 フルミ ナオキはもしかしたら思ったことがあるかもしれない。このひとと出会いさえしていなければ、と。
 フルミ ナオミはもしかしたら思ったことがあるかもしれない。このひとと出会いさえしていなければ、と。
 フルミ キョウコはもしかしたら思ったことがあるかもしれない。このひとと出会いさえしていなければ、と。
 そして自分は思ったことがある。このひととと出会いさえしていなければ、と。




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