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詐欺師と箱庭
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しおりを挟むカーテンを閉め切った室内、隙間からの日差しとカーテン越しに鈍くなった陽光が地明かりのように室内を染める以外、光源はない。
少しだけ変わった作りに見えた。扉を開けて入った左側に続く鰻の寝床のような1K。大きなガラス張りの棚やごちゃごちゃとした作業机があちこちに置かれ、真っ直ぐ奥に行くことすら困難な家具の配置。
いや、作りや配置は今回あまり関係ないのかもしれない───大きな陳列棚だな、と思いなら何気なくガラス越しに中を覗いて、心臓が止まるんじゃないかというくらい驚いて思わず飛び跳ねた。咄嗟に口だけは強く押さえて悲鳴は殺す。なめらかだが触り心地はよくない皮手袋の感触。
生首が並んでいた───否、それは生きたものではない。生首になった時点で死んでいるものだからという理由ではなく、最初からいのちを帯びていたものではない。
精巧に作られた、人形の首だった。
(いや……にしても)
大きい。通常の人間サイズ───とまではいかないが、小学生くらいの子供の頭の大きさくらいはあるんじゃないだろうか? 人形というとつい幼い頃よく遊んだスタイル抜群の美人だったりかわいかったりした着せ替え人形を連想させるが、そのどれとも違った。昔公園で、お人形以外の遊びをしたいとぶうたれている男の子と無理矢理人形で遊んだことを現実逃避のように思い出す。苦笑いしながら見守る父と、あらあらと笑いながらそれを撮る母と。
(……逃げてる場合じゃなかった)
一瞬だけ、通り過ぎるように在った穏やかな時間を思い出しそれに浸りかけたが、ふるりと強めに頭を振って切り替えた。───いつだって出来るだろ、これから先だって。
ぐるりと見渡す───住めるような状態ではない、が。ということは。
(……作業場?)
人形制作の。いや、大きな作りかけの箱庭や細々としたビーズ、頭をかち割られてどろりとして見える血を垂れ流す片目のないスキンヘッドの少女の頭部、の隣に澄まし顔で鎮座すると小さめの全身ドール。大きな衣装ダンスからはフリルたっぷりの服。
統一感は全くない。けれど恐らく、これは全部ここで作られたものだ。
様々な大きさの眼球や、ピンセットや鑢など、机の上にごたごたと置いておるのを見て確信する。ここは住むためではなく、作業するためだけの部屋だ。
(趣味の部屋……にしては家賃は高そう。デザイナーズマンションみたいだし、エレベーターとかの仕組みもしっかりしてたし……)
一般人が住むにしてはしっかりしているセキュリティ。鍵がなければエレベーターにも階段にも登れない。廊下には監視カメラもある。
(用心深い性格……だけが理由じゃないとしたら?)
何から逃げている?
「……」
いくつかある作業台のひとつの上に、模型のような、箱庭のようなものがあった。いや、
箱庭というには立体的過ぎるか? 全体的にグレーで、見ていてもあまり楽しめそうではな
いもの。
けれども一番大きな、メインで使っていそうな作業台に置いてあったので少し気になっ
た。これが今取り掛かっている作品ということだろうか?
何気なく、覗き込んで───階段の模型だ、外に面した非常階段───無機質な作りだ、
これのどこに創作意欲が湧いたのだろうと不思議に思いながらよくよく観察して───
「───え」
鈍い声が漏れた。自分から。
呼吸が止まる。そんな馬鹿なと眼を凝らして覗き込み、そして、
「───ぐっ、」
一気に込み上げた吐き気に模型から飛び退いた。視線を反らせないまま後退り、辺りのものを落としながら壁に当たるまで逃げる。
なに コレ
「ぐ、……ぅ、ぁ、っ」
耐え切れなくなって、その場に在る生首全てとその模型の存在を結びつけそうになって───恐怖と吐き気が限界まで競り上がり、玄関まで走った。体当たりするようにドアにしがみ付き、がたがたと震える手でこじ開け、外に飛び出す。エレベーターを待っている余裕はなかった。早くこの場から、あの模型から遠ざかりたい。
階段を駆け下りる。ぐるぐる、ぐるぐるぐるぐる回る。途中もんどり打つように転びかけて、壁に体をぶつけ、震えながら、何とか一階まで辿り着く。
オートロックの自動ドアを抜け、よろめきながら外に飛び出し、ばたばたと不恰好に走って───
「うっ……ぐっ、うえぇぇ」
どれほど遠くに逃げれたかはわからない。けれど人通りの少ない路地裏、耐え切れなく
なり、電柱に縋り付くようにして嘔吐した。
べちゃべちゃと吐瀉物が地面を汚す。それでも止まらない。眼球に焼きついたあの光景
が、存在が、絶え間なく胸を引っ掻き回して吐き気促す。
「あっ、ぅぁっ、ぅええぇ……」
生理的な涙がじわりと滲む。馬鹿か、泣いている暇は。いやでも。あれは。あの箱庭は。
(ニノ……コウが落ちた……事件現場……?)
精巧に作られた鉄色の階段を転々と汚す、赤黒い斑点。
その赤の先。……階段を下っていった、踊り場に在るのは。在ったのは。
ぐったりと力を抜き、頭から血を流して目を閉じる精巧な青年の人形───
彼女の創った箱庭。
何度でも何度でも、飴玉を愉しむかのように犯罪を愛で、反芻する。
間違いない。あれは。あの青年は。
「ニノ……コウ」
「───誰だい? それ」
ふわり、と隣に誰かが立ち止まる気配がして。
ぎょっとして顔を上げかけると同時、よろめいた体をその誰かが支えた。
そして持っていたレジ袋から未開封のペットボトルの水を取り出し、開封して差し出してくれる。
「持てる? どうぞ」
「あり……がと……」
それが誰だか、顔を見てあきらめて。理解して。
素直に受け取り、口をゆすいでその場に捨てた。この近所の方には申し訳ないけれど。
何度かそれを繰り返し、荒い呼吸が収まったあとで。
ぐったりと疲れた顔だと分かりながら、私は体を支えてくれる青年の顔をもう一度見上げた。
「久しぶり。……ディー」
青年は。
異国の顔立ちの───あの喫茶店で、私にぶつかってきた、外国人の男───ディアム・スコットは。
にっこりと笑った。───懐かしいけれど、胸が痛くなる笑顔で。
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