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詐欺師と箱庭
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しおりを挟む失礼しました、と進路指導質を退出した時、フルミと出くわした。
「ミカゲさん」
「フルミくん。委員会?」
「うん、もう終わったけど。進路指導?」
「うん、こてんぱんにやられてきました」
我が校の名物、『進路相談に来た生徒を徹底的に叩き潰す』だ。何の利があってやっているのか全く分からないが、卒業してから聞いた話、それでも頑張るという反骨精神を期待している云々───馬鹿か、と正直思った。ひとの道を潰すようなことを言うのなら、一生付き合い寄り添ってその経緯を見守る覚悟をしてから言え。
「あんまり気にしてないみたいだね」
「噂には聞いてたしね。相談じゃなくて単に資料見たかっただけなんだけど……あれこれ訊いて来るでしょ?」
「くるくる。で、潰そうときついことを言う」
「ね。もう、資料だけ必要なんだから黙っててもらえませんか? って内心」
「ミカゲさんもなかなかきついね」
「まあね。……フルミくんは? 委員会?」
「引継ぎが長引いてね。でもこれで本当に終了。長かった」
「お疲れ様です。……フルミくんも、やっぱり進学?」
「そうだね。推薦もらえそうだけど、もうひとランク上目指せって言われてる。どうなることやら」
「あはは」
ひとごとのように言うフルミは結局、宣言通りもうひとランク上の大学に進学した。
あの言い方から言って、彼の意見や意志はどこかにあったのだろうか? 不明だが、不満もなさそうに大学に通いはじめたという噂を聞くに、そうでもない気がした───。学部が違うとはいえニノ コウが同じ大学に進学したことは、全く無関係だったとは言えないだろう。恐らくは。
そうして今、その大学を卒業したフルミ ナオキが目の前にいる。少しだけ歳を重ねて、ソフトドリンクではなく合法的にアルコールを口にして、チョークの粉が細かく舞うあの教室ではなく、ダウンライトが気だるく照らす居酒屋で。歳をとるって、こういうことだ。場所が変わる。そしてもう二度と、そこには戻れない。自分の手でお金を払い、場所を提供してもらわなければ、ひとと会えないのだ。
「フルミくんは自分で大学を選んだの?」
「ん、なんとなく決まった感じだったか……な。将来進みたい道ははっきりしてたから、あとはどこの大学を通ってそれに進むかが問題だったから。周りが決めたことだけど不満はなかったし」
その世界を馬鹿にしようとは、思わなかった。私は一生そういう世界に関わらずに生きていくだろう。でもニノ コウやフルミ ナオキは一生、その中で生きていくのだ。傍から見たら酷く窮屈で、きらきらとしてきらびやかで息苦しくて残酷な世界で。
「分家とはいえ、学校選ぶのにも色々大変だったよ。俺は従兄弟とはいえコウと近しかったし、妹はコウの婚約者なんだ」
「結婚するの? ええと、」
「ナオミっていうんだ。まだ学生だからもう少し先になるだろうけどね」
「……奥さんが決まってるなら安心だね。ニノ コウは安定した当主になる気がする」
「どうしてコウが当主になると思うの?」
「え? だってニノ コウって一人っ子なんでしょう? それでお母さんが中継ぎの代理で当主をやってるって噂が。それくらいは高校で流れてたよ」
「ああ……どこから流れるんだろうね、そういうの」
「さあ……ただまあ、興味を持つひとは多いかもね。本家、とか分家、とか。申し訳ない言い方になるけど」
「ミカゲさんはそういうのに興味ないと思ってたよ」
「え?」
「頭、良かったでしょ。ミカゲさんは。にこにこへらへらしてたけど、賢かった」
「どうかなあ。クラスの皆からは滅多打ちだったけど……今もそうだけど……」
遠慮が微塵もない代わりに嘘もないあのクラスメイトたち。当たり前だけど愛してるよ。
「ミカゲさんはいつも友達に囲まれてて、幸せそうだなあと思ってたよ。体育祭のあと胴上げされてたよね、ミカゲさんだけ。『なにゆえ!』って叫びながら宙を舞うミカゲさんを見たのをよく覚えてる」
「何でだろうね……特別活躍したわけじゃないから、理由はないんだろうけどね……。フルミくんとニノ コウのクラスは大人しかったよね、やっぱり特進コースだったからかな」
「特進の名が泣くよ、結局普通コースのミカゲさんたちのクラスが成績トップだったじゃん」
「ごめんあの子たち馬鹿なの、頭はいいんだけど」
にっこり微笑んで言い切った。
それからしばらく何気ない世間話をしてフルミとは別れた。こんな非常時に時間を割いてくれてありがとうとお礼を言い、何かあったら連絡してとフルミは答えた。何かあったら。これ以上、何もないことを祈ろう。
歩きながら腕時計に目線を落とす。午後十時。電車を降り、十分くらい歩けば家だった。
これからどうしようか。ニノ コウはまだ目を覚まさない。それがどのくらいの確率なのかは考えないことにする。つまり、容疑者扱いは消えない。何か進展がなければ。
監視カメラは壊れていた。目撃者の証言もあるにはあるが特定は出来ない。これ以上目撃者が増える可能性は少ない。つまり、アリバイが重要になる。その時容疑者たちが、何をしていたか。
脳内でミキがともりくんがいてくれればよかったのにとぶうたれたが、どのみち部屋は別だ、こっそり抜け出していただろうと言われればどうにも答えようがない。どっちに転んでも道は同じなのだ。
唯一の解決策は、ニノ コウ。彼にかかっている。彼が目を覚ませば、きっと───
───その時、視線を感じた。
ふっと呼吸が乱れる。縮こまった心臓を宥めるように呼吸を意識的に元に戻した。大丈夫、大丈夫……気付いたことに、気付かれていない、はず。
じっとりとした視線。
堪えて、大通りを歩く。
どうするか。一瞬だけ逡巡し、あきらめ、スマートフォンを取り出した。ともりの名前をタップする。少しのコールですぐに繋がった。
「ともり? 今何処にいる?」
『家だよ。今からみーさんんのとこ行こうとしてた』
「ああ、それ助かるかも……」
『どうしたの?』
「着けられてるっぽいんだ」
ざらり、と、電話の向こうでともりが揺らめいたのが分かった。
『……何だそれ。ざけんなよ、みーさんを着けていいのは俺だけだ。他の奴に譲らねえよ』
「その言葉を聞いて心強くなったのははじめてだよ」
『すぐ行くよ。みーさん。だから、』
「だから?」
『安心して、泣いてていいよ』
ふは、と、電話の向こうでともりが笑う。
そこで漸く、私は自分が泣き出しそうになっていたことに気付いた。
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