マクデブルクの半球

ナコイトオル

文字の大きさ
上 下
7 / 62
詐欺師と箱庭

6

しおりを挟む

「で、何だこの痣。傷。何があった」
「や、色々ありまして……マノさん、仕事は?」
「午前休」
「うわちゃっかり休み取ってる! いいな!」
「そういうお前は終日休みかいいな」
「ごめんなさい」
 謝った。
 食事を終え、テーブルを挟んでソファーに座る。恐ろしく整った顔を愉快な程凶悪な顔にしてともりが淹れてくれたお茶を飲みながらざっくりと昨晩のことを説明した。
「───警察には、言ったのか?」
「……や、まだです」
「何で」
「単なる通り魔かと思うので……」
「みーさん、単なる通り魔でも十分通報対象だよ」
「むしろどんな通り魔だったら通報しないんだよお前は」
「嫌だなこの二人並ぶと……めった打ちじゃん……なにこれ……」
 視線をのろのろと彷徨わせる。朝からとんでもない疲労感。ベッドに戻っていいですか? というか何でこの二人並んで座ってんの?
「だけど、とりあえず先に病院でしょ? みーさん、支度出来たら行くよ」
「ああ、うん。……や、ひとりで行くよ」
「こんな時間だよ?」
「朝十時だよ?」
「そうだよ。学生と間違えられて補導されるよ? またややこしいことになるよ?」
「流石に高校生とは間違えられないよ!」
「責任持って連れてけよ」
「ったりめーだお前に言われるまでもねえよ」
「仲良くして!」
 ミキ、助けて。



 朝の騒動を思い出しながら、私はマノにメッセージを送った。診察結果は打ち身で、骨も折れていないこと。脳も問題がないこと。返事はすぐさま来た。『悪運強いな』うるさい。
 嘆息してディスプレイを消すと、薬をもらってきてくれたともりが戻って来た。
「熱さましも出てたよ。ちょっと熱あるから」
「流石に体がびっくりしたんじゃないんでしょうかねえ……」
 重要参考人にされたと思ったら通り魔にめった打ちだ。我ながら同情する。
 ゆっくりと自動ドアを抜け、外に出る。秋晴れの空の下、見目麗しい在宅ストーカーと湿布だらけの女が肩を並べて歩く。非常に残念だ。
「ともり、大学行きなよ」
「みーさんを家に送ったらね。それで十分間に合うから」
「あー、うん。……ありがと」
「いいえ」
 さらりと軽く目にかかる黒い髪。流石にもう以前に黒染めした髪ではなく天然の黒だ。
 二年半前は金色だった。ぎらつく目は私を睨み、口元は薄ら笑いを浮かべる。
「どうしたの?」
「ともりの髪見てただけ。いい色だよね」
「みーさんはそう言ってくれるけど、真っ黒だよ」
「いいじゃん、格好いいよ」
「そっかな。でもみーさんに褒められるのはうれしいね」
 ふるっと、目にかかった髪を軽く追い払う。
「みーさん」
「ん?」
「すぐ家帰っても時間まだあるから」
「ん? うん」
「ニノについて聞いてもいい?」
「……話すことそんなないよ」
「みーさんさ、高校の時の友達多いじゃん。クラス丸ごと友達じゃん。同窓会年に三回じゃん。単なる飲み会じゃん。最低でも月一でクラスの誰かと遊びに行くじゃん」
「その点に関してはみんなあんまり気にしてないからいいんだよ」
 本当。
「俺も何人か会ったことあるけどさ、みんなみーさんのこと好きだよね。愛があるよね。ミキさんもサクラさんもリエさんもヨウさんもリコさんもサトさんも」
「よく覚えてるね」
「みんな怒涛の勢いでみーさんのこといじるもんね」
「……そーだね」
 心底楽しそうだよね、あいつら。
「でもさあ、たまにいるよね、嫌な奴」
 ともりは私を見ていなかった。視線を投げるように遠くに置き、かさかさとした言葉を積み上げる。
「みーさんがへらへらにこにこ、いつも楽しそうだからってむやみやたらに羨ましがる奴。幸せそうでいいねって当てこする奴」
「まあ、世の中いろんなひとがいますよ」
「楽しそうだからって、笑ってるからって、幸せとは限らないのにね。辛いことが何一つなかったなんて、有り得ないのにね。───ねえみーさん」
 漸く、ともりはこちらを向いた。にこり、と綺麗に微笑む。
「みーさん。ニノ コウに虐められてた時、みーさんは微笑ってたの?」




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

伏線回収の夏

影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。大学時代のクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。屋敷で不審な事件が頻発しているのだという。かつての同級生の事故死。密室から消えた犯人。アトリエにナイフで刻まれた無数のX。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の6人は大学時代、この屋敷でともに芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。6人の中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。 《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

強制憑依アプリを使ってみた。

本田 壱好
ミステリー
十八年間モテた試しが無かった俺こと童定春はある日、幼馴染の藍良舞に告白される。 校内一の人気を誇る藍良が俺に告白⁈ これは何かのドッキリか?突然のことに俺は返事が出来なかった。 不幸は続くと言うが、その日は不幸の始まりとなるキッカケが多くあったのだと今となっては思う。 その日の夜、小学生の頃の友人、鴨居常叶から当然連絡が掛かってきたのも、そのキッカケの一つだ。 話の内容は、強制憑依アプリという怪しげなアプリの話であり、それをインストールして欲しいと言われる。 頼まれたら断れない性格の俺は、送られてきたサイトに飛んで、その強制憑依アプリをインストールした。 まさかそれが、運命を大きく変える出来事に発展するなんて‥。当時の俺は、まだ知る由もなかった。

月夜のさや

蓮恭
ミステリー
 いじめられっ子で喘息持ちの妹の療養の為、父の実家がある田舎へと引っ越した主人公「天野桐人(あまのきりと)」。  夏休み前に引っ越してきた桐人は、ある夜父親と喧嘩をして家出をする。向かう先は近くにある祖母の家。  近道をしようと林の中を通った際に転んでしまった桐人を助けてくれたのは、髪の長い綺麗な顔をした女の子だった。  夏休み中、何度もその女の子に会う為に夜になると林を見張る桐人は、一度だけ女の子と話す機会が持てたのだった。話してみればお互いが孤独な子どもなのだと分かり、親近感を持った桐人は女の子に名前を尋ねた。  彼女の名前は「さや」。  夏休み明けに早速転校生として村の学校で紹介された桐人。さやをクラスで見つけて話しかけるが、桐人に対してまるで初対面のように接する。     さやには『さや』と『紗陽』二つの人格があるのだと気づく桐人。日によって性格も、桐人に対する態度も全く変わるのだった。  その後に起こる事件と、村のおかしな神事……。  さやと紗陽、二人の秘密とは……? ※ こちらは【イヤミス】ジャンルの要素があります。どんでん返し好きな方へ。 「小説家になろう」にも掲載中。  

アークトゥルスの花束

ナコイトオル
ミステリー
大学を卒業し社会人になったミカゲユキと、自他共に認める彼女の在宅ストーカーであるカブラギトモリは、ユキの亡き父が眠る桜の咲き誇る地に来ていた。 そこで出会った少年から二人は結婚指輪を渡され、「遠くでこれを捨てて欲しい」と頼まれてしまう。 これは誰の指輪なのか、どうして少年がそんなにも必死なのかを調べる内に、二人はあるひとたちの心に触れることになる───。 ひとの心はいつだって謎が多く、よく識っていると思っていてもふとした瞬間識らない貌を見せるから。 ───だからこそその先で願わずにはいられないんだ。 これは、たくさんの心と想いに触れることを選んだ『彼ら』の話。

処理中です...