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しおりを挟む家に帰り辛いと言うオウスケに「なら寝たふりをすればいい」と薦め、少年を背負ってやって来たセラの家。
縁側の奥、屋内に大好きなあの不思議に染まる色を見付け心が自然とほっとした。
二階の少年の部屋に入り、しっかり起きているオウスケとまた眼を合わせて───「指輪はお祖母さんに返しておくから」とそっと伝える。
「俺とみーさんが拾ったことにしておくから。……オウスケの気持ちはわかるけど、でも、見えてるものが全部じゃないから」
「……」
「オウスケの考えていることが正しいかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「……うん」
納得は出来ていないのだろう。───それでも少年は、……僅か、うなずいた。
「……ずっと、心がおもたかった」
「……うん」
「ばあちゃんの顔が見られなくて。……もしおれがぜんぶあってたとしても、でも、……大事なもの、すてちゃだめなのもわかる……」
「───うん」
くしゃ、とまた頭を撫でた。さっきよりも強く。
「───オウスケはおじいちゃんの気持ちを考えたからああしたんだもんな。───ひとのことを自分のことのように考えられるのは、やさしいよ。やさしさってひとそれぞれのものだから、オウスケみたいなやさしさは俺にとってすごいものだなあって思う」
ぼろ、とまた涙がこぼれ出した。今度こそ止まらなくなってぼろぼろと泣きじゃくる。
「っ……ばあちゃんに、あやまるっ……ゆびわ、おれがとったってっ……おれ、じいちゃんのこととおなじくらい、ばあちゃんのこともかんがえたかったのにっ……」
「うん。───うん」
わしゃわしゃと。掻き回すようにして髪を撫でる。
「うん。───やさしいな、オウスケは」
棄てられないものがきっと、生きている間に多過ぎる。
この少年のやさしさは、いつか少年自身を苦しめてしまうかもしれない。生き辛くなってしまうかもしれない。
それでも、ああ、いいな、と思ったこの少年のやさしさが、少しでも少年にとっての幸せになってくれますようにと強く祈った。
階下に戻ると、丁度セラと擦れ違った。深く頭を下げられ、こちらも深く下げ返す。
仏壇の前に彼女がいた。───じっと、仏壇を見つめていた。
「……昔よく、遊びに来ていたひとがいたんだって」
静かに、告げた。
「そのひとはオウスケのお祖父さんと戦争に行って、無事に帰って来られて……そのあとお祖父さんとお祖母さんが結婚して、オウスケのお父さんが生まれた。……三人は幼馴染みで、結婚後も頻繁に遊びに来てたんだって」
───そのひとの、名前は。
「───シズメさん」
その名前は、……静かに彼女と重なった。
自分はオウスケから受け取った名前を。───彼女は、一通の手紙に書かれた名前を。
「SからKへ。……シズメさんから、カヨコさんへ」
名前を紡ぐ。───これが。
───これが、事実。
「……昔はきっと、結婚を当人同士で決めるのが難しかったのかもしれない。……カヨコさんと、シズメさんは……」
幼馴染みで。───そして。
彼女がそっと、───手紙を開いた。
記されているのは達筆な文字。流れるようなそれを、ゆっくりと読み解いてゆく。
「───『───許されない恋をしました。』」
───許されない恋をしました。
───話せるのは、貴女だけです。
たった、それだけ。
ほんとうに、それだけ。
でも。───でも。
「───他のひとが、好きだったとしても」
そうだったとしても。
「カヨコさんはお祖父さんと結婚した。子供も生まれて、お孫さんもいる」
それだって。───紛れもない事実で。
「許されなかった、どうしようもなかった、───だからずっと……」
『友達』のまま。───ずっと、死ぬまで。
「───ともり」
静かに。……彼女が言った。
「さっきね。───カヨコさんが言ったんだ」
深い深い色をした眼が───眼の前のものをそのまま映しすべて呑み込む海の底の光のような眼が、……静かに輝く。
「『想いは、どれだけ匿ったとしても───何処かには滲み出てしまうから』って」
「……うん」
抱えていたのだろう。───秘めた恋心を。
ずっと。───ずっと、ずっと。
「匿った、って言ったんだ」
「……?」
「隠した、ではなくて。───匿った、って」
「───」
匿った。───それはまるで。
誰かと誰かの想いを───第三者として、隠したようで。
「そしてこうも言ってたんだ。『本当に好きでなければ、あんなにやさしいまなざしにはならない』って」
彼女は静かに手紙を示した。
「わかるなら。想いを受け取ったと、きっと相手もわかったはずだから。……話す必要、ないんじゃないかな」
「え……?」
「恋をした相手に。───許されない恋をしました、って話す必要は、多分ないんだよ」
「あ……」
「だからこれは、カヨコさんへの想いじゃない。───ねえ、ともり」
SからK。
「もうひとり、───いるよね」
カヨコさんが匿った、
───シズメさんと、ケイスケさんの想い。
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