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しおりを挟む指に嵌っているものではない指輪は銀色で、金色ではないとセラは言った。
「昨日、桜を見ながら持っていたのだけれど───しまったはずの場所になくって」
「場所はどちらに?」
「お仏壇の引き出しに、隠しがあってね。そこに」
秘密よ、と面映ゆそうに言ったセラに、だから今まで誰も気付かなかったのかと納得した。オウスケはきっとしまうところまで見ていたのだろう。
「……他になくなったものは……」
「え? ないと思うわ。だってわたしがきっとしまい損ねてしまって───」
しかし、は、と気付いたようにセラの表情が変化した。「ちょっと待っていてね」と言って柱を支えにゆっくりと立ち上がり、仏壇へと歩み寄る。引き出しを開け、そこにそっと手を差し入れ裏板に当たる部分を手探りで触れた。
「……ああ、一度取り出されたのね……」
いつもと様子が変わっていたのか。すとんと納得したような顔になり、す、と腕を引き出しから抜き出した。
手にしているのは、一通の手紙。
「これには気付かなかったみたいね……」
それはとても古いものだった。色が変わり、そっと触れなければふわりと崩れてしまいそうな気がするような。
しかし、大切に保管されていたことだけははっきりとわかった。
「……指輪を棄てるよう、お願いをされました」
静かにミユキは言った。
「悪いことだと思います。でも───怒る前に、話を聞いてあげてください。───必死、でした」
「───……」
セラは一瞬目を見開いて。───そう、と、小さく小さくささやくように落とした。
静かな屋内。───仏壇に飾られた、今は亡きひとの面影。
「……ずっとずっと、───抱えているつもりなのよ」
「……はい」
「……だから───」
その時、縁側でかたんと音がした。二人で顔を向けて───そこに立つ黒曜の髪の青年と、その青年に背負われた少年の姿に気付く。
「オウスケ……?」
「ともり」
ミユキはぱっとともりに歩み寄った。
「セラさん、彼はわたしの家族みたいなものです───ともり、どうしたの?」
「セラさん、はじめまして。ミカゲの家族みたいなもののカブラギトモリと申します。───オウスケくんが、えっと……怪我をしたわけではないのですが疲れて眠ってしまったのでお連れしました」
「まあ……」
ともりの背に負ぶわれた少年をセラが驚いたように見やる───ぐっとともりの首筋に顔を埋めるようにしている少年の、しかし隙間から目元が赤くなっているのが伺えた。
ぎゅっと力強く目を閉じているのも、また。
「……そう。どうもありがとう、カブラギさん。……悪いのだけれど、二階のお部屋に寝かせて来てあげてくれないかしら……?」
「はい。おじゃまします」
靴を脱いだともりの長い脚が縁側に上がる。オウスケ少年の靴はセラがそっと脱がせた。
しっかりとした足取りで二階へ向かったともりを見送って───セラとまた二人きりになる。
セラは微笑んでいた。
「……あの子は、あなたのことがとてもとても好きなのね」
「───……」
ふわっと。───あたたかく染めるのは、セラの言葉と声のやわらかさではなくて。
「本当に好きでなければ───あんなにやさしいまなざしにはならないわ」
「───……」
泣き出しそうな。───哀しみだけでは、なくて。
ふいに込み上げた感情を───ミユキは必死に堪えた。
「想いって、どれだけ匿ったとしても───何処かには滲み出てしまうから」
胸に抱いた手紙を、皴のある細い指が撫でる。
「こんなにも大事だから、って。ずっとずっと、抱えていたけれど。───でも」
桜がはらりと靡くような、綺麗な微笑み。
「───やっぱりこうして、顕れてしまったわね」
毎年咲く花のように。
そっと染まる薄紅のように。
───セラが。
セラがそっと、供えるようにして手紙を仏壇に置いた。
「どうもありがとう。───オウスケの様子をわたしも見て来るわね」
「はい」
「ユキさん。わたしは今から少しここを離れるから───カブラギさんとゆっくりしていてね」
「……はい」
ミユキはうなずいた。いいのですか、と、顔に出てしまったことを一瞬置いてから自覚する。
それを受け取ったようにセラは微笑った。───面映ゆそうな、忍ぶような貌だった。
「いいのよ。───わたしは昔から、その髪の色と雰囲気に弱いの」
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