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しおりを挟む「じいちゃんとばあちゃんの結婚指輪は金色なんだよ」
じいちゃんのは仏壇にあるし、ばあちゃんはいっつも左手にしてる、とオウスケは言った。
「なのにばあちゃん、全然ちがう結婚指輪を持ってた」
「……それが」
あの銀色の指輪なのか。
「S to K って書いてあった。……誰かちがうひとから貰った指輪だよ」
「───……」
「……お父さんに、聞いた。おじいちゃんよりあとに死んじゃったけど、うちによくあそびに来るおじいさんがいたって。三人とも幼馴染みでなかよしで、おじいちゃんとそのおじいさんは戦争に行ったけどなんとか二人とも帰ってこれて、それでおじいちゃんとおばあちゃんがケッコンしたって」
ぎゅっと。───小さな手が強く強く握りしめられた。
「そのおじいさんの名前は、───シズメって言うんだって」
「───……」
だからこその、───先程の問いになるのか。
「ばあちゃんが、……きのう、庭の桜を見ながら……あの指輪、左手でぎゅってしてた。じいちゃんとの指輪をしてる手なのに、大事そうに……」
まだ高い声が潤みを帯びて揺れる。───今にも泣きだしそうな声。
「じいちゃんがかわいそうだ。───あんな指輪、なくなっちゃえばいいんだ」
「……」
祖父以外のひとから贈られた指輪を祖母が大事そうに握っていた───それは。
孫である少年にとって。……悲しい、衝撃的な光景で。
「……そっか」
くしゃ、と小さな頭を撫でて。……ただ、うなずいた。
「……カブラギは」
「うん」
「好きって言っても、あのひとは駄目って言うの?」
「……付き合ってはないけど、でも仲良しだよ」
「どうして付き合えないの?」
大きな目が自分を見つめる。
「───カブラギはあのひとが好きでも、あのひとはカブラギじゃないひとのことが好きなの?」
真っすぐな問い。───揶揄いも笑いも含まない問い。
「うん」
真っすぐにうなずいた。
「俺の好きなひとは、俺じゃないひとのことが好きで、愛してるんだ」
少年の顔が。───くしゃりと歪んだ。
「───わかん、ない」
ぽろぽろとこぼれ出す、───透明な涙。
「わかんない、よ。好き同士じゃないのに、どうしてばあちゃんはじいちゃんとけっこんしたの? どうしてカブラギはへいきそうなの?」
「オウスケのお祖父さんとお祖母さんについては、俺はわからない。でも、俺が平気な理由は───最初から彼女が別のひとのことが好きだって識っててそれでも好きになったから」
「さみしくないの?」
「さみしくないよ。羨ましいなあとは思うけど」
「っ……わかん、ない」
「うん、わからないのは悪いことじゃないよ。俺と同い歳でもオウスケと同じ気持ちになるひとはたくさんいると思う」
「じゃあどうしてカブラギはへいきなの?」
「難しいな。───それは、」
それは。───だって、それは。
「───あのひとは今俺のことを『結婚したい好き』には思っていないけど、でも、俺のことを『カブラギトモリ』として好きになってくれて、それで今、俺と彼女は手が繋げる距離にいるんだ」
「……手が」
ひっく、とオウスケが涙を飲んだ。
「つなげる、きょり……?」
「うん。───俺がうれしい時、悲しい時、彼女がうれしい時、悲しい時、すぐに伝えられる距離にいるんだ」
心も。───身体も。
「一緒にいられるから。───さみしくないんだ。だって、一緒なんだ。───すぐそばで好きなひとが名前を呼んでくれるんだ」
ともり。───ともり。
やわらかい声で。
自分じゃないひとのことが今もまだずっと好きな彼女。
きっとこれからだってそうだろう。───でも。
「───愛情って、ひとつじゃないから」
涙をいっぱいに湛える大きな目に笑いかけた。
「オウスケのお父さんとお母さんがお互いを好きで、でもその上でオウスケのことだって好きなように。───いつか彼女も、好きなひとを好きなまま俺のことも『結婚したい好き』になってくれるかもしれない」
「でも、───じゃあ、最初からそのひととケッコンすればいいのに」
「そうだね。───でもそれが絶対に出来ない時もある」
永遠に、出来ない時がある。
「お祖父さんとお祖母さんについては、本当にわからない。けど───俺はあるひとをずっと好きでいる彼女のことが好きなんだ。───だから全然、さみしくはないんだよ」
まだ納得は出来ないのかもしれない。
それでもオウスケは必死に考えるように、───何度も何度も涙を拭った。
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