アークトゥルスの花束

ナコイトオル

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 ───今度は春に行こう。───とても、とても綺麗だから。



 彼女のお父さんが眠る土地へ、そう彼女が誘ってくれたから。
 自分は彼女の深い深い色の眼をまっすぐ見つめうなずいた。



「みーさん、新幹線ってやっぱり快適だね」
「そうね……利き手がぎゅっと握られてなければね……」
「不敵ってこと?」
「快適の対語は不敵ではないよ……いやまあ漢字的にはそれっぽく思うけど……不敵ではないけど不可思議ではあるよ……走行中の新幹線からは逃げられないから離して大丈夫だよ……」
 隣の席、窓際で彼女がくいくいと繋がれた右手を示して見せる。白く細い指がとても綺麗でその指先にほんの僅か唇が掠める程度のキスを贈った。
「そういうことする要素ありましたっ?」
「え、綺麗な指を『みてみてー』ってしたのかと」
「その前向きさは素晴らしいと思うけどね!」
 毎回きちんと言葉を返してくれる彼女は新社会人になった自分の愛おしいひとであり心の在り方であるミカゲ───通称、下の名はユキ。
 自分、カブラギトモリの在宅ストーカー相手である。
「なんか今全力で『いや同居人だよ』って言いたくなった」
「まあまあ」
「なあに、まあまあって……まあいいや……そうだ、大学の予習するんだっけ」
「うん、大学の図書館から借りて来たのがあるからそれ読むよ」
「了解」
「本なら片手で読めるしね」
「手を離せば二人とも両手を使えるんだよ」
 大学二年生に進級した自分と新社会人になった彼女。年齢的にも三学年差がある自分たちが同棲(彼女曰く同居)をはじめて二年目の春。
 去年の夏、彼女のお父さんのお墓参りに一緒に行った。───その時、彼女が言ったのだ。



 来年は春に来ようと。───とても、とても綺麗だからと。



 そう静かに言った時の彼女の眼は───自分の好きな、深い深い海の底の光のような眼は確かに、……自分の大切なものをそっと教えてくれる、やわらかさと静かさを湛えていて。
 彼女の心の一端をそっと大切に両掌で受け止めて、自分は確かにうなずいた。
 自分は彼女に恋をしている。愛している。───心から。
 彼女は自分に恋していない。自分ではない青年を愛している。───心から。
 想い、想い合って。───そして永遠に亡くした。
 こうして元気にしていても心はまだかのひとと共にあって、傷も想いも全部ぜんぶ抱え込み大切にして───それでもまだこうしてここにいてくれる。
 だから自分と彼女の関係は恋人同士ではないけれど、でも少なくとも今はこうして一緒にいる。
 手を繋げる距離にいる。
 今はそれで十分だった。



 近畿地方に来るのはこれで三回目。一度目は修学旅行で、二度目は彼女と、そして三度目も彼女と。
 桜の名所と名高いその土地の最寄り駅に迎えに来てくれたわこおばさん───彼女と血縁関係はないが、親戚のように親しくしているひと───が明るい太陽のような笑顔で出迎えてくれた。
「みぃちゃん、ともりくん! 久しぶりね!」
「お久しぶりです、わこおばさん。お世話になります」
「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
 二人並んでぺこりと丁寧に挨拶をするとわこおばさんはふっくらした頬をとろりと更に綻ばせた。
「くのじいも来てるのよ。待ちきれなかったのね」
「え」
 彼女が驚いたように声を上げる。わこおばさんに示された先、車から降り杖をつきながらゆっくりと歩いて来る小柄な人影。
「くのじい……!」
 わこおばさんの叔父、檞老人。───彼女の亡き祖父母と親しく、彼女の実父のことも子供同然にかわいがっていたという。
 そしてその愛情は、彼女にも向けられていて。
「───ああ、ああ。元気そうやね、おひぃさん、ともくん」
 駆け寄った彼女に微笑みかけながらくのじいは自分にもあたたかな笑顔を向けてくれた。やさしい皴がそっと細められ、とても大きな樹木に包み込まれているような不思議な気持ちになる。
「───よう帰って来たの、二人とも」
 今は亡き彼女の実父と祖父母の地元だというこの土地に、彼女と直接血縁を持つ家は今はもうない。
 けれど彼女の家族のお墓もここにあって、親しくしていたひとがいて、そしてそのひとたちが「おかえりなさい」と言ってくれて───
 だからこそここは彼女の、……今は自分にとっての故郷なのだろう。
 それを擽ったく面映ゆく思いながら。……彼女とふは、と微笑い、「ただいま」と紡いだ。




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