I want you to stay with me.

藤美りゅう

文字の大きさ
上 下
6 / 7

6.

しおりを挟む
その次の日、抜き打ちで漢字のテストを行った。
「普通に授業受けてればできるくらいの問題だから」
 生徒のブーイングを浴びながら、テスト用紙を配る。
「では、始め」
 二十分の時間を与え、その間透羽は他のクラスで行った同じテストの採点を行う。

 チラリと桜雅を見ると、眉間に皺を寄せて固まっている。一応やろうという努力はしているようで、透羽は思わず笑みがこぼれた。
 桜雅は国語が苦手のようだった。特に漢字は絶望的にダメだという事が分かった。
「時間だ。集めて」
 答案用紙が集まると、通常の授業を行った。

 職員室に戻り、桜雅のクラスの採点をする。
 一番目に桜雅の解答用紙が現れると、その字の下手さに苦笑が洩れる。
(きったねー字)
 あの面構えで綺麗な字だったら逆に笑えるけど、そう思うと口元が緩んだ。
 だが、点数は笑えなかった。三十問の問題に対し解答が埋まっているのはその半分。一問一点計算で、十一点でクラスはおろか学年最下位だった。
(いくらなんでも、これは酷い……)
 進学するとは思えないが、このままいけば次の期末は間違いなく赤点だろう。

 昼休みになり、図書室に行ってみるが姿はなかった。大抵の不良の類は、食後の一服で屋上にいるのがお決まりだろうと、屋上に足を運んだ。
 案の定、桜雅は屋上にいた。

「さっきの抜き打ち、おまえ酷すぎるぞ」
 そう言って、近寄るとタバコの匂いがした。すでに一服は終わったのだろう。
「何点だった?」
「十一点」
「十点超えてんじゃん」
「威張るな。今日、放課後補習だからな」
「あ?」
 言った瞬間、怪訝そうな顔を向けた。
「学年ビリだぞ、十一点は。次の期末で赤点取って補習のが嫌だろ? 夏休み潰れるぞ?」
 少し首を傾けて、それでもいいのか? そう尋ねた。
「オレだけかよ?」
「そうだ」
 そう言って、透羽は内ポケットからタバコを取り出すと火を点けた。
「あんた、タバコ吸うんだ?」
「禁煙してたんだけど、また最近吸うようになった」
「ふーん……口が寂しいから?」
 桜雅は覗き込むように透羽を見る。
 その色気のある目に吸い込まれそうになる。

 桜雅は目の前に立つと、そのタバコを取り上げ大きく一口吸い込んだ。
「おい」
 次の瞬間、桜雅の顔が近づいてきた。
「やめろ……」
 桜雅の顔を手で制すと、
「昨日あんな事までしといて、何言ってんの?」
 そう言って、その腕を掴まれそのまま唇を塞がれた。
 桜雅が持つタバコの煙が鼻に付く。
(俺にはもうこいつを拒む理性はないな……)
 それでも少しばりの抵抗で、抱きしめ合う事も触れる事もなく、ただ唇だけを重ねた。
 その距離感に透羽は歯痒さを感じた。 


 放課後になり、二年三組の教室に行くと不貞腐れた顔の桜雅が席に座っていた。
「ちゃんと残ったんだな」
 正直、帰ってしまうかとも思っていた。
 桜雅の前の席の椅子を引き寄せ、十一点の解答用紙を机に置いた。
「まず、字が汚い」
「うるせー」
「これとこれ、多分合ってるんだけど、字が汚な過ぎて読めない。もったいないぞ。もう少し丁寧に書け」
 消しゴムを渡し、そこをもう一度書かせる。桜雅なりの丁寧な字を書いているとは思うが、それでも上手いとは言えない。それでも、幾分マシにはなってはいた。

「理数系の点数は悪くないらしいな、おまえ」
「数学とかって、答え一つしかねーだろ」
「ま、そうだな。だからこそ、文章問題は何か埋めておいた方がいいんだぞ」
「漢字って読めるけど、書けないよな」
 桜雅はシャーペンを指でクルクルと回している。
 そこからもう一度同じテストをやらせた。透羽はそれを黙って見つめる。

 シャーペンを持つ大きな手、シャツ下の逞しい胸筋、透けて見えるタトゥー、太い首筋。そして何度か重ねた形の良い厚めの唇。そこには十代とは思えない、男の色気が漂っていた。
 一体何人の人間がこの色気に気付いているのだろうか。できれば、自分以外に気付いて欲しくないと思った。
(これが恋ってやつか……)
 不意にその単語が浮かび、そのくすぐったいような気恥ずかしいような感情に、思わず苦笑いが浮かぶ。

「終わったぜ」
 そう言われて、ハッとし慌てて目線を解答用紙に向けた。
「うん、合ってる。ここから次の期末出すから勉強しておけよ」
「そりゃ、ありがたい情報だな」
 机に肘を着き、掌の上に顎を乗せると、
「ま、特別待遇だな」
 ふっと笑みをこぼした。
 桜雅も同じポーズを取ると、透羽に顔を近付けた。

「センセーは昨日、何を思い出して抜いたんですか?」
 わざとらしい敬語を並べ、ニヤリと桜雅はいやらしく笑みを溢す。
 一瞬、その問いに面食らうがすぐに笑みを返し、
「おまえのキスを思い出して、抜いたって言ったら?」
 負けじと意味深に笑みを向けると、桜雅は信じていないのか鼻で笑った。
「そう言うおまえは昨日、何で抜いたんだ?」

 桜雅は透羽から目を逸らさず、
「女とヤッた」
 そう言い放った。

 少なからず、透羽はショックを受け呆然と桜雅の顔を見つめた。
「女をあんたに見立てて、抱いた……って言ったら?」
「嘘つけ」
 そう言って動揺を隠すように、透羽は椅子の背もたれに背中を預けた。
(まるで探り合いだな)
 桜雅は視線を透羽から離さなかった。

 透羽はその視線に耐えきれず、外に目を向けた。
「雨……」
 透羽が雨に気付いた途端、その勢いはどんどん増し、大粒の雨が窓を叩きつけている。ゴロゴロと雷鳴も遠くで聞こえた。
「凄い降ってきた。帰ろう」
「送ってってくれよ」
「はぁ?」
「ついでに、メシ奢れ」
「図々しいこと言ってんな」
 二人は腰を上げると、帰り支度をしながら言い合いをする。
「この前、助けたお礼にメシ奢ってくれるって言ってた」
 そう言えばそんな事を言ったかもしれない、と思い出す。

 あまりいい事ではないが、桜雅を送るべく車に乗せた。
 狭い空間に桜雅と二人というシチュエーションに、少なからず緊張していた。このまま自分の家に連れ込みたい衝動に駆られる。
「何食べたいんだ?」
「そうだな……」
 しばし、考えている様子の桜雅を横目で見る。
「あんたの手料理?」
 それは、自分の家に来たいという事に受け止められた。
「お断りだ」
 ハンドルをぎゅっと握り、フロントガラスを凝視した。忙しなく動くワイパーを透羽はじっと見つめた。
 隣でチッと舌打ちをするのが聞こえ、桜雅は不機嫌そうに外に目を向けている。
「宅配ピザで我慢しろ」
 透羽の言葉に桜雅は面食らったような顔をし、透羽は悪戯を企む子供のような顔を向けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

修学旅行のよる

真城詩
BL
短編読みきりです。

はじまりの恋

葉月めいこ
BL
生徒×教師/僕らの出逢いはきっと必然だった。 あの日くれた好きという言葉 それがすべてのはじまりだった 好きになるのに理由も時間もいらない 僕たちのはじまりとそれから 高校教師の西岡佐樹は 生徒の藤堂優哉に告白をされる。 突然のことに驚き戸惑う佐樹だが 藤堂の真っ直ぐな想いに 少しずつ心を動かされていく。 どうしてこんなに 彼のことが気になるのだろう。 いままでになかった想いが胸に広がる。 これは二人の出会いと日常 それからを描く純愛ストーリー 優しさばかりではない、切なく苦しい困難がたくさん待ち受けています。 二人は二人の選んだ道を信じて前に進んでいく。 ※作中にて視点変更されるシーンが多々あります。 ※素敵な表紙、挿絵イラストは朔羽ゆきさんに描いていただきました。 ※挿絵「想い03」「邂逅10」「邂逅12」「夏日13」「夏日48」「別離01」「別離34」「始まり06」

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

23時のプール

貴船きよの
BL
輸入家具会社に勤める市守和哉は、叔父が留守にする間、高級マンションの部屋に住む話を持ちかけられていた。 初めは気が進まない和哉だったが、そのマンションにプールがついていることを知り、叔父の話を承諾する。 叔父の部屋に越してからというもの、毎週のようにプールで泳いでいた和哉は、そこで、蓮見涼介という年下の男と出会う。 彼の泳ぎに惹かれた和哉は、彼自身にも関心を抱く。 二人は、プールで毎週会うようになる。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

超絶美麗な美丈夫のグリンプス ─見るだけで推定一億円の男娼でしたが、五倍の金を払ったら溺愛されて逃げられません─

藜-LAI-
BL
ヤスナの国に住む造り酒屋の三男坊で放蕩者のシグレは、友人からある日、なんでもその姿を見るだけで一億円に相当する『一千万ゼラ』が必要だという、昔話に準えて『一目千両』と呼ばれる高級娼婦の噂を聞く。 そんな中、シグレの元に想定外の莫大な遺産が入り込んだことで、『一目千両』を拝んでやろうと高級娼館〈マグノリア〉に乗り込んだシグレだったが、一瞬だけ相見えた『一目千両』ことビャクは、いけ好かない高慢ちきな美貌のオトコだった!? あまりの態度の悪さに、なんとかして見る以外のことをさせようと、シグレは破格の『五千万ゼラ』を用意して再び〈マグノリア〉に乗り込んだのだが… 〜・Å・∀・Д・ω・〜・Å・∀・Д・ω・〜 シグレ(26) 造り酒屋〈龍海酒造〉の三男坊 喧嘩と玄人遊びが大好きな放蕩者 ビャク(30〜32?) 高級娼館〈マグノリア〉の『一目千両』 ヤスナでは見かけない金髪と翠眼を持つ美丈夫 〜・Å・∀・Д・ω・〜・Å・∀・Д・ω・〜 Rシーンは※をつけときます。

逃げられない罠のように捕まえたい

アキナヌカ
BL
僕は岩崎裕介(いわさき ゆうすけ)には親友がいる、ちょっと特殊な遊びもする親友で西村鈴(にしむら りん)という名前だ。僕はまた鈴が頬を赤く腫らせているので、いつものことだなと思って、そんな鈴から誘われて僕は二人だけで楽しい遊びをする。 ★★★このお話はBLです 裕介×鈴です ノンケ攻め 襲い受け リバなし 不定期更新です★★★ 小説家になろう、pixiv、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、fujossyにも掲載しています。

処理中です...