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藤美りゅう

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 始業式が始まり、透羽はクラスを持たされる事がなかった事に安堵した。
 その日、二年三組で初めての授業があり職員室を出ようとした時、
「あ、橘先生」
 その二年三組の担任である菅谷に引き止められた。
「なんでしょう?」
 透羽はリムレスの眼鏡を中指で上げた。

 菅谷は薄くなりかけた頭に手を置くと、
「実はうちのクラスに一人、問題児が……」
「問題児?」
「ええ……朝比奈桜雅あさひなおうがっていう生徒なんですがね、少年院に一年いました」
 あまり感情を表に出さない透羽ですら、その話しにギョッとした。
「学年は二年ですが、その関係で他の生徒より一つ年上です」
「何をして少年院に?」
「まぁ、傷害ですよ。前の街で暴走族に入っていたようで、その時チーム同士の抗争があって、何人も病院送りに……」
 言葉が出なかった。

「お父上が、うちに随分と寄付をしてくれて……編入も断る事が出来なかったようです」
「お父上?」
「朝比奈は、かなり大きな組織のヤクザの息子なんですよ」
 透羽はその場で固まった。
「まぁ、関わらないようにすれば、特に問題はありません。彼が編入してきて一年ですが、今のところ大人しくしてますから」
 今のところーーこれから先はわからない、という事だ。
「わかりました」
 気分を切り替えるように、透羽はもう一度眼鏡を中指で押し上げた。

 二年三組までの廊下を歩きながら、色々と妄想する。
 金髪のリーゼントに眉なしで目つきは悪くて顔中傷だらけ……そんな想像をして、透羽の顔が引きつった。

 意を決して教室に入る。
 教壇に立つと、
「こちらに来て初めての授業がこのクラスです。宜しくお願いします」
 そう頭を下げ、張り付けたような笑みを浮かべた。教室が透羽の姿にざわついている。
「先生、彼女いますか?」
 女子生徒からベタな質問がくる。
「秘密です」
 にこりと愛想笑いを浮かべ小首を傾けた。
「ええー、でも、かっこいいから許すー」
 質問した女子生徒のその返事にクラスが湧いた。

 朝比奈桜雅が分かった気がした。教室内をひと通り見渡し、ベランダ側の一番後ろ。肘を付いた手に頬乗せ、目線を外にずっと向けている黒髪の男。

「……」
 どこかで見た横顔だと思った瞬間、男がこちらに目を向けた。
(あの時の……! )
 痴漢男から助けてくれた、あの時の男だった。
 向こうも一瞬怪訝そうな顔を浮かべたが、透羽を思い出したのかすぐに目を見開き、こちらを見つめた。
「先生ー? どうしたの?」
「い、いや……じゃ、授業始めるよ」
 二十二~三歳だと思っていたが、高校生だったのに驚きだった。

 その日の授業は、何をしたのか殆ど覚えていなかった。終始、透羽は朝比奈桜雅を目の端に捉えていたが、桜雅はこちらに目を向ける事は殆どなかった。
 あの時、物欲しそうにしてしまった自分を思い出すと、恥ずかしくて堪らない。どんな顔を向けていいのかわからなかった。

 授業が終わると、フーッと溜め息が思わず洩れた。一刻も早く朝比奈桜雅がいるこの教室を出たかった。教材を持ち教室を出ようとした時、三人の女子生徒が透羽を囲んだ。
「先生、お昼一緒に食べようよ」
 そう言って、馴れ馴れしく腕を掴まれた。
「いや、今日は店屋物頼んじゃったから」
「じゃあ、今度ね」
「ああ……」
 桜雅はこちらを見る事もなく、教室を出て行ったのが目に入った。

「あの朝比奈って……」
「朝比奈? ああ、ヤクザの息子なんだってー」
「関わらないようにすれば害はないよ」
「最初はキレられたけどね」
「キレられた?」
 透羽は聞き返すと、一人の女子生徒が教室の端にある掃除用具を入れる細長いロッカーを指差した。ロッカーの真ん中が歪いびつに凹んでいた。

「このクラスになって、皆んな興味本位で朝比奈の事見てたらキレられて」
 あそこに拳を叩きつけたのだろう。
「それ以来、関わらないように見ないようにしてたら、特に何もしなくなったよ」
「顔はいいのにねー」
「ええ? そう? 怖いじゃん」
「なんていうか、男の色気みたいのない?」
 この子は桜雅の魅力に気付いているようだ。
(その意見に同意するよ……)
 フッと軽く息を吐き、その女子生徒たちからやんわりと離れると、教室を後にした。 
 
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