雪解ける頃、僕らは、

藤美りゅう

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「何してんだ?」
 後ろから声がし、振り返ると源一郎が工具を手に立っていた。
「げ、源さん……帰ったのかと…………」
「黙って帰るわけねぇだろ。風呂場の窓直してたんだよ。放っておいたから、凄い事になってたぞ」
「そ、そっか……」
 ホッとすると、泣いている事に気付かれないよう顔を隠し立ち上がった。
「なんだ、泣いてんのか?」
 腕を掴まれ、顔を覗き込まれた。
「ち、ちがっ……!」
「俺が帰ったと思って悲しくなったのか?」
 ニヤニヤと源一郎が揶揄うように笑っているのが、無性に腹正しくなる。だが、源一郎が言う通り、あっさり帰られたのだと思って悲しくなったのは事実だ。いつものように何か言葉を返さないと、そう思うものの言葉が出てこない。
 雪明は、源一郎の言葉にコクリと首を縦に動かした。源一郎はそんな素直な態度の雪明に、目を丸くし驚いている。
 雪明は途端顔を赤くし、俯いている。
「つか、下履け」
「あ……」
 源一郎は目のやり場に困り、視線を天井に向けた。
「風呂もう大丈夫だから、入って来いよ。汲んでおいたからよ」
「あ、りがとうございます……」
 昨晩、散々体を繋げてたのに、こんな事が酷く照れ臭い。

 風呂に入ると、源一郎が直してくれた小窓を見た。板が綺麗に覆われていた。
 姿見の前に立つと、そこに写る全裸の体には源一郎に付けられた赤い跡。一気に気恥ずかしさが増す。
(後悔……してないかな…………)
 あんな行為の最中で記憶は曖昧だが、昨夜の源一郎の言葉を思い出す。
『自分がゲイだと認めたくなかった』
 そう言っていた。
 だが、自分との出会いによりゲイである事を認めざる得なかったのだと。

 デニムとVネックのセーターを身に付けると、リビングに戻った。
 源一郎はタバコを薫せ、テレビに見入っている。
「朝ご飯、作りますね」
 源一郎の背中に声をかけると、
「ああ」
 振り返る事なく返事が返ってきた。
 キッチンに立つと、源一郎に聞こえないよう小さく息を吐いた。
(俺は、源さんに関わらない方が良かったのかもしれない……)
 不意にそんな思いが過った。
 自分が現れなければ、源一郎は自分がゲイである事に《気付かない振り》ができたかもしれない。

 コーヒーメーカーからコーヒーを注ごうと、マグカップを二つ出した。
 その時、
「おい、そのマグカップやめろ」
 源一郎がいつの間にか後ろに立っていた。
「え? な、なんで……?」
「それ、前の男のだろ?」
 カップを指差す源一郎の顔は、眉間に皺が寄り強面の顔が更に凶悪に見えた。
「そうですけど……」
「前の男のお下がりなんて、イヤなんだよ。察しろ、アホ」
 凶悪顔が今度は子供のように口を尖らせている。
「マグカップ、これしかないんで我慢して下さい」
「じゃあ、この湯呑みでいい」
 その子供っぽい源一郎の行動に、雪明は思わず吹き出した。

「雪、飯の前に少し話しさせろ」
「話し、ですか?」
 言われるまま、雪明はコーヒーを手にソファに腰を下ろした。
 源一郎が横に座ると、源一郎は険しい表情で雪明を見ている。ギロリと鋭い目付きで、喧嘩を売られていると勘違いするような目だ。おそらく、一般の人ならそのひと睨みで、逃げ出してしまうだろう。

「おまえ、何考えてる?」
 源一郎はテーブルに置かれたタバコを手に取り、一本咥えた。
「……源さん、俺としたの後悔してないかなって」
 まともに目が見れず、雪明は視線を落とした。
「してねえよ」
「でも、でも、俺がいなければゲイだって気付かなかったかもしれない」
「そうかもな」
 フーッと煙を吐くと、目を細めた。
「気付かなければ、源さんは普通に女の人と付き合って、結婚とか……」
 そこまで言って、源一郎のをちらりと見ると鬼のような形相をしていて、思わず、ひっ! と声を上げてしまった。
「源さん、顔、こわいよー……」
 源一郎もさすがにまずいと思ったのか、眉間に手を当てそこをさすった。
「元々だ」
「いつもより凶悪面してますって……!」

 タバコを灰皿に押し潰し、雪明を真っ直ぐ見た。
「いいか? 俺はおまえとした事を一ミリも後悔してねぇし、おまえと出会った事は、むしろ嬉しいと思ってる」
 源一郎はそう言うと、雪明を射抜くように真っ直ぐ見つめた。一息置くと再び言葉を続けた。
「昨日も言ったが、俺は本気で女を好きになった事がなかった。それは俺がそういう人間なんだと思ってた。けど、おまえと会って、そうじゃないって分かった。おまえを初めて見た時、年甲斐もなくドキドキした。おまえに、誘われているように見えたって言うのも、間違ってねえよ。知らずにそういう目でおまえを見てたからな」

 テーブルに置かれたコーヒーの入った湯呑みを手を取ると一口すすった。
「おまえを見てるとガキみてえにドキドキして目が離せなくて、会えないと顔見たくて堪んなくて、店に週一くらいだったのに、毎日のように通うようになった。最初は認めたくなかったけど、そこまでなったら認めざるを得ないだろ? それに、俺にもそういう風に人を好きになる事ができるんだって分かって、ホッとしたよ」
 そこまで源一郎は一気に話すと、落ち着かないのかまたタバコを咥えた。
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