12 / 13
12.
しおりを挟む
「何してんだ?」
後ろから声がし、振り返ると源一郎が工具を手に立っていた。
「げ、源さん……帰ったのかと…………」
「黙って帰るわけねぇだろ。風呂場の窓直してたんだよ。放っておいたから、凄い事になってたぞ」
「そ、そっか……」
ホッとすると、泣いている事に気付かれないよう顔を隠し立ち上がった。
「なんだ、泣いてんのか?」
腕を掴まれ、顔を覗き込まれた。
「ち、ちがっ……!」
「俺が帰ったと思って悲しくなったのか?」
ニヤニヤと源一郎が揶揄うように笑っているのが、無性に腹正しくなる。だが、源一郎が言う通り、あっさり帰られたのだと思って悲しくなったのは事実だ。いつものように何か言葉を返さないと、そう思うものの言葉が出てこない。
雪明は、源一郎の言葉にコクリと首を縦に動かした。源一郎はそんな素直な態度の雪明に、目を丸くし驚いている。
雪明は途端顔を赤くし、俯いている。
「つか、下履け」
「あ……」
源一郎は目のやり場に困り、視線を天井に向けた。
「風呂もう大丈夫だから、入って来いよ。汲んでおいたからよ」
「あ、りがとうございます……」
昨晩、散々体を繋げてたのに、こんな事が酷く照れ臭い。
風呂に入ると、源一郎が直してくれた小窓を見た。板が綺麗に覆われていた。
姿見の前に立つと、そこに写る全裸の体には源一郎に付けられた赤い跡。一気に気恥ずかしさが増す。
(後悔……してないかな…………)
あんな行為の最中で記憶は曖昧だが、昨夜の源一郎の言葉を思い出す。
『自分がゲイだと認めたくなかった』
そう言っていた。
だが、自分との出会いによりゲイである事を認めざる得なかったのだと。
デニムとVネックのセーターを身に付けると、リビングに戻った。
源一郎はタバコを薫せ、テレビに見入っている。
「朝ご飯、作りますね」
源一郎の背中に声をかけると、
「ああ」
振り返る事なく返事が返ってきた。
キッチンに立つと、源一郎に聞こえないよう小さく息を吐いた。
(俺は、源さんに関わらない方が良かったのかもしれない……)
不意にそんな思いが過った。
自分が現れなければ、源一郎は自分がゲイである事に《気付かない振り》ができたかもしれない。
コーヒーメーカーからコーヒーを注ごうと、マグカップを二つ出した。
その時、
「おい、そのマグカップやめろ」
源一郎がいつの間にか後ろに立っていた。
「え? な、なんで……?」
「それ、前の男のだろ?」
カップを指差す源一郎の顔は、眉間に皺が寄り強面の顔が更に凶悪に見えた。
「そうですけど……」
「前の男のお下がりなんて、イヤなんだよ。察しろ、アホ」
凶悪顔が今度は子供のように口を尖らせている。
「マグカップ、これしかないんで我慢して下さい」
「じゃあ、この湯呑みでいい」
その子供っぽい源一郎の行動に、雪明は思わず吹き出した。
「雪、飯の前に少し話しさせろ」
「話し、ですか?」
言われるまま、雪明はコーヒーを手にソファに腰を下ろした。
源一郎が横に座ると、源一郎は険しい表情で雪明を見ている。ギロリと鋭い目付きで、喧嘩を売られていると勘違いするような目だ。おそらく、一般の人ならそのひと睨みで、逃げ出してしまうだろう。
「おまえ、何考えてる?」
源一郎はテーブルに置かれたタバコを手に取り、一本咥えた。
「……源さん、俺としたの後悔してないかなって」
まともに目が見れず、雪明は視線を落とした。
「してねえよ」
「でも、でも、俺がいなければゲイだって気付かなかったかもしれない」
「そうかもな」
フーッと煙を吐くと、目を細めた。
「気付かなければ、源さんは普通に女の人と付き合って、結婚とか……」
そこまで言って、源一郎のをちらりと見ると鬼のような形相をしていて、思わず、ひっ! と声を上げてしまった。
「源さん、顔、こわいよー……」
源一郎もさすがにまずいと思ったのか、眉間に手を当てそこをさすった。
「元々だ」
「いつもより凶悪面してますって……!」
タバコを灰皿に押し潰し、雪明を真っ直ぐ見た。
「いいか? 俺はおまえとした事を一ミリも後悔してねぇし、おまえと出会った事は、むしろ嬉しいと思ってる」
源一郎はそう言うと、雪明を射抜くように真っ直ぐ見つめた。一息置くと再び言葉を続けた。
「昨日も言ったが、俺は本気で女を好きになった事がなかった。それは俺がそういう人間なんだと思ってた。けど、おまえと会って、そうじゃないって分かった。おまえを初めて見た時、年甲斐もなくドキドキした。おまえに、誘われているように見えたって言うのも、間違ってねえよ。知らずにそういう目でおまえを見てたからな」
テーブルに置かれたコーヒーの入った湯呑みを手を取ると一口すすった。
「おまえを見てるとガキみてえにドキドキして目が離せなくて、会えないと顔見たくて堪んなくて、店に週一くらいだったのに、毎日のように通うようになった。最初は認めたくなかったけど、そこまでなったら認めざるを得ないだろ? それに、俺にもそういう風に人を好きになる事ができるんだって分かって、ホッとしたよ」
そこまで源一郎は一気に話すと、落ち着かないのかまたタバコを咥えた。
後ろから声がし、振り返ると源一郎が工具を手に立っていた。
「げ、源さん……帰ったのかと…………」
「黙って帰るわけねぇだろ。風呂場の窓直してたんだよ。放っておいたから、凄い事になってたぞ」
「そ、そっか……」
ホッとすると、泣いている事に気付かれないよう顔を隠し立ち上がった。
「なんだ、泣いてんのか?」
腕を掴まれ、顔を覗き込まれた。
「ち、ちがっ……!」
「俺が帰ったと思って悲しくなったのか?」
ニヤニヤと源一郎が揶揄うように笑っているのが、無性に腹正しくなる。だが、源一郎が言う通り、あっさり帰られたのだと思って悲しくなったのは事実だ。いつものように何か言葉を返さないと、そう思うものの言葉が出てこない。
雪明は、源一郎の言葉にコクリと首を縦に動かした。源一郎はそんな素直な態度の雪明に、目を丸くし驚いている。
雪明は途端顔を赤くし、俯いている。
「つか、下履け」
「あ……」
源一郎は目のやり場に困り、視線を天井に向けた。
「風呂もう大丈夫だから、入って来いよ。汲んでおいたからよ」
「あ、りがとうございます……」
昨晩、散々体を繋げてたのに、こんな事が酷く照れ臭い。
風呂に入ると、源一郎が直してくれた小窓を見た。板が綺麗に覆われていた。
姿見の前に立つと、そこに写る全裸の体には源一郎に付けられた赤い跡。一気に気恥ずかしさが増す。
(後悔……してないかな…………)
あんな行為の最中で記憶は曖昧だが、昨夜の源一郎の言葉を思い出す。
『自分がゲイだと認めたくなかった』
そう言っていた。
だが、自分との出会いによりゲイである事を認めざる得なかったのだと。
デニムとVネックのセーターを身に付けると、リビングに戻った。
源一郎はタバコを薫せ、テレビに見入っている。
「朝ご飯、作りますね」
源一郎の背中に声をかけると、
「ああ」
振り返る事なく返事が返ってきた。
キッチンに立つと、源一郎に聞こえないよう小さく息を吐いた。
(俺は、源さんに関わらない方が良かったのかもしれない……)
不意にそんな思いが過った。
自分が現れなければ、源一郎は自分がゲイである事に《気付かない振り》ができたかもしれない。
コーヒーメーカーからコーヒーを注ごうと、マグカップを二つ出した。
その時、
「おい、そのマグカップやめろ」
源一郎がいつの間にか後ろに立っていた。
「え? な、なんで……?」
「それ、前の男のだろ?」
カップを指差す源一郎の顔は、眉間に皺が寄り強面の顔が更に凶悪に見えた。
「そうですけど……」
「前の男のお下がりなんて、イヤなんだよ。察しろ、アホ」
凶悪顔が今度は子供のように口を尖らせている。
「マグカップ、これしかないんで我慢して下さい」
「じゃあ、この湯呑みでいい」
その子供っぽい源一郎の行動に、雪明は思わず吹き出した。
「雪、飯の前に少し話しさせろ」
「話し、ですか?」
言われるまま、雪明はコーヒーを手にソファに腰を下ろした。
源一郎が横に座ると、源一郎は険しい表情で雪明を見ている。ギロリと鋭い目付きで、喧嘩を売られていると勘違いするような目だ。おそらく、一般の人ならそのひと睨みで、逃げ出してしまうだろう。
「おまえ、何考えてる?」
源一郎はテーブルに置かれたタバコを手に取り、一本咥えた。
「……源さん、俺としたの後悔してないかなって」
まともに目が見れず、雪明は視線を落とした。
「してねえよ」
「でも、でも、俺がいなければゲイだって気付かなかったかもしれない」
「そうかもな」
フーッと煙を吐くと、目を細めた。
「気付かなければ、源さんは普通に女の人と付き合って、結婚とか……」
そこまで言って、源一郎のをちらりと見ると鬼のような形相をしていて、思わず、ひっ! と声を上げてしまった。
「源さん、顔、こわいよー……」
源一郎もさすがにまずいと思ったのか、眉間に手を当てそこをさすった。
「元々だ」
「いつもより凶悪面してますって……!」
タバコを灰皿に押し潰し、雪明を真っ直ぐ見た。
「いいか? 俺はおまえとした事を一ミリも後悔してねぇし、おまえと出会った事は、むしろ嬉しいと思ってる」
源一郎はそう言うと、雪明を射抜くように真っ直ぐ見つめた。一息置くと再び言葉を続けた。
「昨日も言ったが、俺は本気で女を好きになった事がなかった。それは俺がそういう人間なんだと思ってた。けど、おまえと会って、そうじゃないって分かった。おまえを初めて見た時、年甲斐もなくドキドキした。おまえに、誘われているように見えたって言うのも、間違ってねえよ。知らずにそういう目でおまえを見てたからな」
テーブルに置かれたコーヒーの入った湯呑みを手を取ると一口すすった。
「おまえを見てるとガキみてえにドキドキして目が離せなくて、会えないと顔見たくて堪んなくて、店に週一くらいだったのに、毎日のように通うようになった。最初は認めたくなかったけど、そこまでなったら認めざるを得ないだろ? それに、俺にもそういう風に人を好きになる事ができるんだって分かって、ホッとしたよ」
そこまで源一郎は一気に話すと、落ち着かないのかまたタバコを咥えた。
1
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
鈴木さんちの家政夫
ユキヤナギ
BL
「もし家事全般を請け負ってくれるなら、家賃はいらないよ」そう言われて住み込み家政夫になった智樹は、雇い主の彩葉に心惹かれていく。だが彼には、一途に想い続けている相手がいた。彩葉の恋を見守るうちに、智樹は心に芽生えた大切な気持ちに気付いていく。
絶対にお嫁さんにするから覚悟してろよ!!!
toki
BL
「ていうかちゃんと寝てなさい」
「すいません……」
ゆるふわ距離感バグ幼馴染の読み切りBLです♪
一応、有馬くんが攻めのつもりで書きましたが、お好きなように解釈していただいて大丈夫です。
作中の表現ではわかりづらいですが、有馬くんはけっこう見目が良いです。でもガチで桜田くんしか眼中にないので自分が目立っている自覚はまったくありません。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!(https://www.pixiv.net/artworks/110931919)

離したくない、離して欲しくない
mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。
久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。
そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。
テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。
翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。
そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。

理香は俺のカノジョじゃねえ
中屋沙鳥
BL
篠原亮は料理が得意な高校3年生。受験生なのに卒業後に兄の周と結婚する予定の遠山理香に料理を教えてやらなければならなくなった。弁当を作ってやったり一緒に帰ったり…理香が18歳になるまではなぜか兄のカノジョだということはみんなに内緒にしなければならない。そのため友だちでイケメンの櫻井和樹やチャラ男の大宮司から亮が理香と付き合ってるんじゃないかと疑われてしまうことに。そうこうしているうちに和樹の様子がおかしくなって?口の悪い高校生男子の学生ライフ/男女CPあります。

クズ彼氏にサヨナラして一途な攻めに告白される話
雨宮里玖
BL
密かに好きだった一条と成り行きで恋人同士になった真下。恋人になったはいいが、一条の態度は冷ややかで、真下は耐えきれずにこのことを塔矢に相談する。真下の事を一途に想っていた塔矢は一条に腹を立て、復讐を開始する——。
塔矢(21)攻。大学生&俳優業。一途に真下が好き。
真下(21)受。大学生。一条と恋人同士になるが早くも後悔。
一条廉(21)大学生。モテる。イケメン。真下のクズ彼氏。
俺の好きな男は、幸せを運ぶ天使でした
たっこ
BL
【加筆修正済】
7話完結の短編です。
中学からの親友で、半年だけ恋人だった琢磨。
二度と合わないつもりで別れたのに、突然六年ぶりに会いに来た。
「優、迎えに来たぞ」
でも俺は、お前の手を取ることは出来ないんだ。絶対に。

君はアルファじゃなくて《高校生、バスケ部の二人》
市川パナ
BL
高校の入学式。いつも要領のいいα性のナオキは、整った容姿の男子生徒に意識を奪われた。恐らく彼もα性なのだろう。
男子も女子も熱い眼差しを彼に注いだり、自分たちにファンクラブができたりするけれど、彼の一番になりたい。
(旧タイトル『アルファのはずの彼は、オメガみたいな匂いがする』です。)全4話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる