雪解ける頃、僕らは、

藤美りゅう

文字の大きさ
上 下
11 / 13

11.※

しおりを挟む


(んー……何だか温かい)

 とても、優しい温もりに私の身体が包まれている───幸せ!

(これが……本当の幸せ)

 ───ずっとずっと私の心はどこか満たされないままだった。
 お母さんの顔色と機嫌だけを窺って生きていたあの頃。
 伯爵家に引き取られてからは「使えない」「ダメな子」「役立たず」散々、罵られた。
 少しでも褒めて貰えるようにと頑張ったけど、なかなか思うようにはいかなかった。

 全ての記憶が繋がってから、私にとっての幸せだった時を思い出そうとすると、そこにはあの男の子───カイザルがいる。

(初めてのお友達……)

 愛とか恋とかはよく分からなかった。
 それでも、私はカイザルと会っていたあの短い日々が楽しくて大好きだった。

(ありがとう、カイザル───)

「……眩し…………朝?」

 そんな幸せな気持ちで私は目を開ける。
 陽の光がかなり眩しい。
 もしかしてこれは結構いい時間なのでは?
  
(今、何時かしら?  どうして誰も起こしてくれな───)

「ん?」

 そこで自分の身体に巻きついている腕が目に入った。

「ひっ!  腕……人間の腕、よね?」

 最初に私は自分の腕の確認をした。間違いなく私の腕──はここにある。

「これは…………ハッ!」

 そこで、ようやく昨夜のことを思い出した。
 初夜が延期になったはずなのに、カイザルは部屋に戻らず私をベッドに押し倒して──

(たくさんキスをされた気がする!  それで、私……頭の中がトロンとして……)

「え……まさかの寝落ち?」

 そうとしか思えなかった。だってそこから先の記憶が無い。
 そうなるとこの腕、それとこの温もりは───

(一晩中、抱きしめてくれていたのかしら?)

 私を包むカイザルの温もりが、とにかく“私のことを大好き”と言ってくれているみたいで幸せな気持ちになれた。

「うっ……ん…………」
「は!  カイザルもお目覚めかしら?」

 私は慌てて後ろを振り向きカイザルの顔を見ようとした。

「…………コ、レット…………シェイ、ラ……」
「…………」

 すごいわ。ベッドの上で私を抱きしめながら、二人の女性の名前を寝言で呼んでいる。
 とっても不誠実な発言のはずなのに、ただの一途になっているという……

 私はそっとカイザルの頬に手を触れる。
 そしてそこに自分の顔を近づけてチュッと彼の頬にキスをした。

「カイザル───ありがとう」

 シェイラを強く想ってくれて。
 そして、コレットを見つけてくれて───


 ────


「……ん?  コレット?」
「───おはよう、カイザル」

 どうやらカイザルの目も覚めたらしい。
 だけど、少し寝ぼけているのかどこか焦点の合わない目で私をじっと見る。

「可愛い可愛い俺のコレットがいる……」
「カイザル?」
「夢の中でもコレットが俺の腕の中にいたのに、目が覚めてもコレット……」
「……コレットです」

 私がそう答えると、カイザルがへにゃっと笑った。

「──!?」

 これまで見たことのないその笑顔?  に私は大きく戸惑った。

(……もう!  本当にカイザルがわけ分からないわ!)

 小説では、愛してもいない私を娶りお飾りの妻として冷遇するはずのカイザル……
 今はこんなにヘニャヘニャの笑顔を見せている。
 小説と現実は違うのだと、すでにたくさん実感させられてきたけれど……

(……あの妙に無口な日々はなんだったの?)

 そのことも聞きたいと思っていたのに、まだ聞けていなかったことを思い出した。

「ねぇ、カイザル!」
「ん~?  コレット?」
「……っ」

 カイザルがへにゃっとした笑顔のまま私の名前を呼ぶ。
 ちょっと今聞いても大丈夫かな?  と思ったけれどやはり忘れないうちに聞いておこうと思った。

「……どうしてあなたずっと無愛想で無口だったの?」
「……無口?」
「私の記憶の中のカイザルも、それに昨夜のあなたもよく喋る人だったわ」
「……よく喋る?」
「なのに、結婚してから……いいえ、顔合わせの時もね?  あなたはびっくりするくらい無口だった。どうして!?」

 私が勢いよく訊ねると、カイザルはしばらく考え込んでから、ボンっと顔を赤くした。

「え……」

 何故ここで顔が赤くなる?

「そ、そ、そそそれは……」
「それは?」

 躊躇うカイザルに私はグイッと迫る。

「……」
「カイザル!」
「う!  ………………から」

 ようやくカイザルは観念したのか、ポソッと言った。

「シェイラが……」
「シェイラ?  どうして私?」
「────シェイラが言ったじゃないか!」
「ん?」

 私は首を傾げてカイザルの次の言葉を待った。

「しつこい男や口うるさい人は嫌われる……」
「え!」
「男の人は少し無口でミステリアスな人がカッコイイと!」
「…………あ!」

 そう言われてカイザルとの会話を思い出した。
 あの頃は“ミステリアス”がよく分からなかったけど確かにその話をしていた。

 ───よく分からないが、男は無口な方がカッコイイ……というわけか
 ───そうみたい
 ───ふーん……

(も、もしかして、あの時のカイザルの「ふーん……」は……興味のないふーんではなく……)

「え!  そ、それで……?」 
「……」

 私がびっくりしてカイザルの顔を見たら茹でダコになったカイザルが頷く。
 そして必死な顔で私に言った。

「───す、好きな人にはカッコイイと思って貰いたいじゃないか!」
「!」
「シェイラ……いや、コレットに少しでも俺をカッコイイと思って、それで俺を好きになってもらいたかったんだ!!!!」

(────やだ、可愛い!)

 そんなカイザルの言葉に私の胸が盛大にキュンとした。
 カイザルが望んだカッコイイではなく可愛い……でだけれど。

「それであんな態度を?」
「…………ミステリアスだっただろ?」
「……」

 いや、ただのコミュ障だったわよ……とは言えない。
 だけど、なんて不器用な人なの……そんな無理しなくても私は───

「……カイザルのことが好き」
「え?」
「無口だろうとお喋りだろうと関係ないわ?  私はあなたが好きよ」
「コレット……」

 カイザルの目が大きく見開かれる。

「シェイラも…………あなたが好きだったわ、カイザル」
「シェイラ……も?」
「ええ!  毎日毎日あなたに会えるのが楽しみだったわ───」

 と、そこまで言ったらカイザルがギュッと私を抱きしめ、あっという間に唇が塞がれた。

「んっ……」

(カイザルは可愛いけれど、手が早い……)

 なんて思った。


───


 そんな熱いキスをこれでもかとたくさん贈られた後にカイザルは私の耳元で言った。

「いいか、コレット。医者の許可がおりたら覚悟しておいてくれ。俺を煽ったのは君だ!」

 ────と。
 今度は私が茹でダコになって頷く番だった。そして───


「ちょっ……カイザル……擽ったい」
「だめ?」
「んん……ダメじゃない、けどぉ……!」

 何故かとっくに朝のはずなのに誰も部屋に起こしに来ない。
 なので、カイザルからのキス攻撃が止まらない。
 お互いの気持ちを確認しあえたことから、カイザルの中に遠慮という物が無くなった気がする。

(は、話を変えるのよ……)  

 イチャイチャな雰囲気じゃない話に!  そうすれば……
 と、そこで私はもう一つ浮かんだ疑問を訊ねることにした。

「そ、そうよ!  カイザル」
「んー……?」
「あ、あなたがシェイラにくれようとしていた、た、誕生日プレゼントって何!?」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

クズ彼氏にサヨナラして一途な攻めに告白される話

雨宮里玖
BL
密かに好きだった一条と成り行きで恋人同士になった真下。恋人になったはいいが、一条の態度は冷ややかで、真下は耐えきれずにこのことを塔矢に相談する。真下の事を一途に想っていた塔矢は一条に腹を立て、復讐を開始する——。 塔矢(21)攻。大学生&俳優業。一途に真下が好き。 真下(21)受。大学生。一条と恋人同士になるが早くも後悔。 一条廉(21)大学生。モテる。イケメン。真下のクズ彼氏。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

攻められない攻めと、受けたい受けの話

雨宮里玖
BL
恋人になったばかりの高月とのデート中に、高月の高校時代の友人である唯香に遭遇する。唯香は遠慮なく二人のデートを邪魔して高月にやたらと甘えるので、宮咲はヤキモキして——。 高月(19)大学一年生。宮咲の恋人。 宮咲(18)大学一年生。高月の恋人。 唯香(19)高月の友人。性格悪。 智江(18)高月、唯香の友人。

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

離したくない、離して欲しくない

mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。 久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。 そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。 テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。 翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。 そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

処理中です...