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ノンケがゲイに言い寄られれば、それは気持ち悪いだろう。源一郎を勝手にこちら側の人間扱いし、勘違いした自分も悪い。だが、あの射抜くような目は、誘っているように雪明には感じたのだ。
《気持ち悪いんだよ!》
源一郎の軽蔑したような眼差しと、怒気のこもった声が脳裏に焼きつく。
同属の仲間で、そう言われた事のある知り合いは何人もいた。だが、実際自分が言われる日が来るとは思ってもいなかった。
面と向かって言われる事がこんなにも傷付くものなのだと身を以て知った。
そして常連客を一人失ったかもしれない、そう思うと芳雄には申し訳ない事をしてしまったと、自分の軽はずみな行動を強く後悔した。
芳雄に謝罪をすると、芳雄はアッサリと、
「また、来ると思うよ」
そう笑って言った。
叔父の予想通り、源一郎は再び店に現れた。雪明は動揺しつつも、いつものようにおしぼりを差し出す。
「ご注文は?」
「ギムレット」
「いつもそれですね。バカの一つ覚えってやつですか?」
「な、何?!」
源一郎の整った顔の表情が崩れ、思わず雪明は吹き出した。
「俺が振ったギムレット出して、あなた気付かなかったら笑えますね」
「口の減らない男だな」
雪明の減らず口に源一郎は呆れたような表情を浮かた。
心底ホッとしたのを覚えている。自分のせいでお客を失い、源一郎にとって何年も通い慣れた居場所を奪ってしまったのではないかと、ずっと罪悪感を感じていた。
それ以来、あの日の事を誤魔化すように、源一郎と顔を合わす度、互いに憎まれ口を叩くようになった。それがこの店の名物と化し、常連客には《源平合戦》と勝手に名付けられる程、定着しつつあった。
それでも、ゲイは嫌いだと知った以上、源一郎とは距離を取って接していた。
嫌われているわけではないだろうが、好かれてもいないというのは、源一郎の態度を見る限りそう感じたのだ。せっかく好きな酒を飲んでいるのに、自分がいたのでは楽しめないだろうと、ある程度の距離を置く事にしていた。気持ち悪いと言い放たれたが、雪明が作る酒もつまみも文句も言わず口を付けてくれる。源一郎と知り合って一年、源一郎は女にはだらしないが、曲がった事が嫌いで目上の人には対しては礼儀正しく、部下や年下には面倒見の良い男だと知った。
この一年で真中源一郎という男を見る限り、あんな事を言う人間ではないと今は思う。あの時は動揺から咄嗟に出てしまった言葉なのかもしれない。
だが結局、雪明の思い過ごしだったという事には変わりはない。
(あの目は絶対、誘ってるように見えたんだけどな)
じっとりと自分を見つめる熱いくらい熱い眼差し。視姦されているように、雪明の腰が疼いたのを思い出す。そんな事が有り、雪明にとって源一郎は好みのタイプではあったが、苦手な部類に入ってしまった。惹かれそうだった想いに、雪明はピッタリと蓋を閉じた。
その苦手な源一郎が、雪まみれの姿で一人現れた。自分を頼る程、切羽詰まっていたのだろう。この悪天候だ、命にも関わる危険性もある。
「これ使って下さい」
タオルを手渡すと、源一郎はすぐさま顔を拭き始めた。
「あー、死ぬかと思った」
「そんなに凄いんですか? 外は」
「ああ、五〇センチ先も見えない」
店には窓がないため外を見る事は出来ないが、ヒューヒュー、ゴゥゴゥと唸り声のような不気味な風音が耳に入る。
「とりあえず、二階行きましょう」
源一郎は大人しく雪明の後ろを着いてくる。
「へぇー、二階ってこうなってんだな。結構綺麗にしてるんじゃねえか」
物珍しそうに部屋を見渡している。
「広くはないですけどね。今、お風呂汲んでるんで少し待ってて下さい。コーヒーでいいですか?」
「ああ、悪いな」
珍しく源一郎の口からしおらしい言葉が出て、雪明は少し驚いた。それが顔に出ていたのか、源一郎は怪訝そうに雪明を見る。
「なんだよ」
「いえ、源さんが珍しく、しおらしい事言ったと思って、少し驚きました」
素直に思った事を口にすると、源一郎はムッとしたように、
「世話になってんだから、それくらい思うだろ」
そう言って、雪明の黒髪を荒っぽくクシャリと掴んだ。
本人は撫でたつもりなのかもしれないが、それは撫でたというより髪を掴まれた感覚だった。
それでもその仕草に少しドキリとすると、誤魔化すように源一郎の手をやんわり払った。
「コーヒー淹れてきますから、座ってて下さい」
源一郎は言われた通り、革張りのソファに大きな体を沈めた。
(ゲイが嫌いなくせに)
なのに、頭を触られた事に雪明は動揺した。
マグカップにコーヒーを注ぐと、すっかり寛ぎテレビを見ている源一郎にコーヒーを手渡した。
「明日がピークみたいだな」
テレビの天気予報から目を離さず源一郎は言った。
「みたいですね。これより更に酷くなるって事ですか?」
「らしいな」
ほぼ同時にマグカップをテーブルに置くと、そのマグカップを源一郎がじっと見ているのに気付いた。色違いのペアのマグカップ。自分のはブルーで源一郎のはグリーンだ。
それは、こちらに来る前まで付き合っていた恋人の物だった。捨てられなかったわけではなく、ただ単に使えると思って取っておいた物だ。
見ればペアのマグカップだと分かるが、源一郎相手に言い訳するこもおかしな話だと思い何も言わなかった。
「お風呂、見てきます」
そう言って腰を上げた。
この密閉された空間に、源一郎と二人でいるはのは落ち着かない。
源一郎を見ると悔しいが、改めてタイプだと思ってしまうのだ。
お湯が出ている蛇口をぎゅっと、きつく閉めた。それは、自分の気持ちの蛇口を閉めるように。
カタカタと浴室の小窓が鳴って、少しぼうっとしていたのに気付き我に返った。
リビングに戻ると、
「お風呂どうぞ」
「ああ」
風呂場を案内すると、源一郎は雪明がまだいるのにも関わらず、上を脱ぎ始めた。あっという間に上半身裸になり、雪明は焦る。
「ちょ、ちょっと! まだ、俺いるから!」
「あ?」
源一郎は振り返ると、見事に割れた腹筋が目に入る。
「ああ……」
源一郎は雪明がゲイである事を思い出したのか、視線を上に向けた。
雪明はバスタオルを源一郎に投げつけると、慌ただしく脱衣所を出た。
(くそー……! いい体しやがって……!)
先程の源一郎の上半身が脳裏に焼きついている。
(あの体で抱かれたら……)
そんな思いが過ぎり、雪明は頭を大きく振った。
『俺はゲイが嫌いだ』
その言葉を思い出した途端、スンと気持ちが引いた。
(そうだ、あの人は俺が嫌いなんだ)
二人きりだといってどうこうなるわけがなく、勝手に動揺している自分が恥ずかしくなった。
《気持ち悪いんだよ!》
源一郎の軽蔑したような眼差しと、怒気のこもった声が脳裏に焼きつく。
同属の仲間で、そう言われた事のある知り合いは何人もいた。だが、実際自分が言われる日が来るとは思ってもいなかった。
面と向かって言われる事がこんなにも傷付くものなのだと身を以て知った。
そして常連客を一人失ったかもしれない、そう思うと芳雄には申し訳ない事をしてしまったと、自分の軽はずみな行動を強く後悔した。
芳雄に謝罪をすると、芳雄はアッサリと、
「また、来ると思うよ」
そう笑って言った。
叔父の予想通り、源一郎は再び店に現れた。雪明は動揺しつつも、いつものようにおしぼりを差し出す。
「ご注文は?」
「ギムレット」
「いつもそれですね。バカの一つ覚えってやつですか?」
「な、何?!」
源一郎の整った顔の表情が崩れ、思わず雪明は吹き出した。
「俺が振ったギムレット出して、あなた気付かなかったら笑えますね」
「口の減らない男だな」
雪明の減らず口に源一郎は呆れたような表情を浮かた。
心底ホッとしたのを覚えている。自分のせいでお客を失い、源一郎にとって何年も通い慣れた居場所を奪ってしまったのではないかと、ずっと罪悪感を感じていた。
それ以来、あの日の事を誤魔化すように、源一郎と顔を合わす度、互いに憎まれ口を叩くようになった。それがこの店の名物と化し、常連客には《源平合戦》と勝手に名付けられる程、定着しつつあった。
それでも、ゲイは嫌いだと知った以上、源一郎とは距離を取って接していた。
嫌われているわけではないだろうが、好かれてもいないというのは、源一郎の態度を見る限りそう感じたのだ。せっかく好きな酒を飲んでいるのに、自分がいたのでは楽しめないだろうと、ある程度の距離を置く事にしていた。気持ち悪いと言い放たれたが、雪明が作る酒もつまみも文句も言わず口を付けてくれる。源一郎と知り合って一年、源一郎は女にはだらしないが、曲がった事が嫌いで目上の人には対しては礼儀正しく、部下や年下には面倒見の良い男だと知った。
この一年で真中源一郎という男を見る限り、あんな事を言う人間ではないと今は思う。あの時は動揺から咄嗟に出てしまった言葉なのかもしれない。
だが結局、雪明の思い過ごしだったという事には変わりはない。
(あの目は絶対、誘ってるように見えたんだけどな)
じっとりと自分を見つめる熱いくらい熱い眼差し。視姦されているように、雪明の腰が疼いたのを思い出す。そんな事が有り、雪明にとって源一郎は好みのタイプではあったが、苦手な部類に入ってしまった。惹かれそうだった想いに、雪明はピッタリと蓋を閉じた。
その苦手な源一郎が、雪まみれの姿で一人現れた。自分を頼る程、切羽詰まっていたのだろう。この悪天候だ、命にも関わる危険性もある。
「これ使って下さい」
タオルを手渡すと、源一郎はすぐさま顔を拭き始めた。
「あー、死ぬかと思った」
「そんなに凄いんですか? 外は」
「ああ、五〇センチ先も見えない」
店には窓がないため外を見る事は出来ないが、ヒューヒュー、ゴゥゴゥと唸り声のような不気味な風音が耳に入る。
「とりあえず、二階行きましょう」
源一郎は大人しく雪明の後ろを着いてくる。
「へぇー、二階ってこうなってんだな。結構綺麗にしてるんじゃねえか」
物珍しそうに部屋を見渡している。
「広くはないですけどね。今、お風呂汲んでるんで少し待ってて下さい。コーヒーでいいですか?」
「ああ、悪いな」
珍しく源一郎の口からしおらしい言葉が出て、雪明は少し驚いた。それが顔に出ていたのか、源一郎は怪訝そうに雪明を見る。
「なんだよ」
「いえ、源さんが珍しく、しおらしい事言ったと思って、少し驚きました」
素直に思った事を口にすると、源一郎はムッとしたように、
「世話になってんだから、それくらい思うだろ」
そう言って、雪明の黒髪を荒っぽくクシャリと掴んだ。
本人は撫でたつもりなのかもしれないが、それは撫でたというより髪を掴まれた感覚だった。
それでもその仕草に少しドキリとすると、誤魔化すように源一郎の手をやんわり払った。
「コーヒー淹れてきますから、座ってて下さい」
源一郎は言われた通り、革張りのソファに大きな体を沈めた。
(ゲイが嫌いなくせに)
なのに、頭を触られた事に雪明は動揺した。
マグカップにコーヒーを注ぐと、すっかり寛ぎテレビを見ている源一郎にコーヒーを手渡した。
「明日がピークみたいだな」
テレビの天気予報から目を離さず源一郎は言った。
「みたいですね。これより更に酷くなるって事ですか?」
「らしいな」
ほぼ同時にマグカップをテーブルに置くと、そのマグカップを源一郎がじっと見ているのに気付いた。色違いのペアのマグカップ。自分のはブルーで源一郎のはグリーンだ。
それは、こちらに来る前まで付き合っていた恋人の物だった。捨てられなかったわけではなく、ただ単に使えると思って取っておいた物だ。
見ればペアのマグカップだと分かるが、源一郎相手に言い訳するこもおかしな話だと思い何も言わなかった。
「お風呂、見てきます」
そう言って腰を上げた。
この密閉された空間に、源一郎と二人でいるはのは落ち着かない。
源一郎を見ると悔しいが、改めてタイプだと思ってしまうのだ。
お湯が出ている蛇口をぎゅっと、きつく閉めた。それは、自分の気持ちの蛇口を閉めるように。
カタカタと浴室の小窓が鳴って、少しぼうっとしていたのに気付き我に返った。
リビングに戻ると、
「お風呂どうぞ」
「ああ」
風呂場を案内すると、源一郎は雪明がまだいるのにも関わらず、上を脱ぎ始めた。あっという間に上半身裸になり、雪明は焦る。
「ちょ、ちょっと! まだ、俺いるから!」
「あ?」
源一郎は振り返ると、見事に割れた腹筋が目に入る。
「ああ……」
源一郎は雪明がゲイである事を思い出したのか、視線を上に向けた。
雪明はバスタオルを源一郎に投げつけると、慌ただしく脱衣所を出た。
(くそー……! いい体しやがって……!)
先程の源一郎の上半身が脳裏に焼きついている。
(あの体で抱かれたら……)
そんな思いが過ぎり、雪明は頭を大きく振った。
『俺はゲイが嫌いだ』
その言葉を思い出した途端、スンと気持ちが引いた。
(そうだ、あの人は俺が嫌いなんだ)
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