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それは一年前、雪明と源一郎のファーストコンタクトでの出来事だった。
慣れたように源一郎はカウンターに座った。入ってきた瞬間、雪明は目を奪われた。あまりにもタイプだったからだ。一八〇センチはありそうな長身、ジャケットを脱いだベスト姿が非常によく似合っており、白いシャツ越しにでも分かる太く逞しい腕。硬そうな毛質の黒髪は短髪に切られており、顎には少し髭を蓄えていた。目は鋭く切れ長で、一見堅気に見えない強面の面構えだった。
座ると同時にタバコに火を点ける。
「ご注文は?」
雪明はコースターを置き、おしぼりを源一郎に差し出すと少し困惑した顔で雪明は見ていた。
「ギムレット」
「かしこまりました」
その当時の雪明は当然シェーカーを振る技術はなく、叔父の芳雄にギムレットの注文を伝えた。芳雄は源一郎に気付くとにこりと笑みを浮かべ、シェーカーを振り始めた。
芳雄は出来上がったギムレットをコースターに置くと、
「甥の雪明です。先週からここに住み込みで働く事になりました」
そう言うと、源一郎は芳雄の隣にいる雪明と芳雄を交互に目をやった。
「平野雪明です」
ぺこりと頭を下げると源一郎は、
「真中だ」
表情を変える事も愛想を振りまく事なく、そう一言名乗った。
「皆んなには源さん、とか源ちゃんって呼ばれてるけどな」
三つ隣の席にいた常連客の一人である佐々木が口を挟む。
「この街で一番でかい幸真建設っていう会社の専務様だよ」
佐々木は揶揄うように言った。
幸真建設は県内でも有数の建設会社で、源一郎はそこの取締役の次男なのだという。
タバコに火を付けるその指の長さと大きな手に雪明は見惚れた。
雪明と源一郎の目が合うと、源一郎は睨むようにこちらを凝視し雪明も目を逸らす事なく、暫し睨み合いのように視線を交わした。
(こっち側の人間かもしれない)
ふと、雪明は同属の勘が働いた。
源一郎の射抜くような黒い瞳が、自分を値踏みしているような、自意識過剰かもしれないと思いつつも誘っているように見えたのだ。
だが、それは単に雪明の思い過ごしだと知らされる。
二回目の来店、源一郎のあの射抜くような視線を感じた。雪明は、カウンターに座る源一郎の前に立つと、男にしては白く細い指を源一郎の右手にそっと絡めた。
「良かったら、今晩どうですか?」
薄っすらと笑みを浮かべつつ、源一郎の顔色を伺った。
源一郎はみるみる顔を青くし、雪明に触れられている右手が小刻みに震え始めた。
(えっ? )
次の瞬間、荒々しく雪明の手を払いのけた。
「おまえ、ゲイか?」
その目は怒りなのか据わった目をし、背筋に氷が入られたように、ひやりとした。
「俺はゲイが嫌いなんだよ」
今度は全身がカッと熱くなった。
(し、しまった……!)
自分の勘違いだった事に気付くと、恥ずかしさで全身の毛穴が開いたように、変な汗が吹き出してきた。
源一郎の軽蔑したような眼差しに、耐えきれず雪明は目を逸らした。
「す、すいません……てっきりそうかと勘違いしてしまいました……」
そう言って、源一郎に頭を下げた。
「てっきり? まるで俺があんたを誘ってたみたいな言い方だな」
源一郎は鼻で笑うと、ウイスキーの入ったグラスに口を付けた。
「あなたの目が誘っているように見えました」
「ふざけるな。自意識過剰かよ」
「気を悪くさせて、申し訳ありません」
雪明は体を折り、丁寧に頭を下げた。
だが、顔を上げた瞬間、
「でも、あんな目で見られたら勘違いもします。誘ってるつもりがないなら、あんな目で見ないでください」
そう言い放った。
「何?」
源一郎の顔が明らかに引き攣っていた。
「おまえが勝手に勘違いしといて、責任転換するんじゃねえよ!」
ガタン! と勢い良く椅子から源一郎は立ち上がる。周りの客も叔父の芳雄も何事かとこちらに目を向けている。
「だから……その気もないのに、思わせぶりな表情するのやめた方がいいって忠告してるんですよ。そんな目で見てたら、また勘違いされますよ」
「よ、余計なお世話だ! ホモヤロー!」
「ホ、ホモ……!?」
「気持ち悪いんだよ!」
「――っ!」
言った瞬間、源一郎はハッとし口を手で覆った。
源一郎の言葉に雪明は明らかに傷付いた表情を浮かべていた。
「マスター、チェックして」
芳雄に声をかけると、源一郎は焦ったように店を出て行った。
慣れたように源一郎はカウンターに座った。入ってきた瞬間、雪明は目を奪われた。あまりにもタイプだったからだ。一八〇センチはありそうな長身、ジャケットを脱いだベスト姿が非常によく似合っており、白いシャツ越しにでも分かる太く逞しい腕。硬そうな毛質の黒髪は短髪に切られており、顎には少し髭を蓄えていた。目は鋭く切れ長で、一見堅気に見えない強面の面構えだった。
座ると同時にタバコに火を点ける。
「ご注文は?」
雪明はコースターを置き、おしぼりを源一郎に差し出すと少し困惑した顔で雪明は見ていた。
「ギムレット」
「かしこまりました」
その当時の雪明は当然シェーカーを振る技術はなく、叔父の芳雄にギムレットの注文を伝えた。芳雄は源一郎に気付くとにこりと笑みを浮かべ、シェーカーを振り始めた。
芳雄は出来上がったギムレットをコースターに置くと、
「甥の雪明です。先週からここに住み込みで働く事になりました」
そう言うと、源一郎は芳雄の隣にいる雪明と芳雄を交互に目をやった。
「平野雪明です」
ぺこりと頭を下げると源一郎は、
「真中だ」
表情を変える事も愛想を振りまく事なく、そう一言名乗った。
「皆んなには源さん、とか源ちゃんって呼ばれてるけどな」
三つ隣の席にいた常連客の一人である佐々木が口を挟む。
「この街で一番でかい幸真建設っていう会社の専務様だよ」
佐々木は揶揄うように言った。
幸真建設は県内でも有数の建設会社で、源一郎はそこの取締役の次男なのだという。
タバコに火を付けるその指の長さと大きな手に雪明は見惚れた。
雪明と源一郎の目が合うと、源一郎は睨むようにこちらを凝視し雪明も目を逸らす事なく、暫し睨み合いのように視線を交わした。
(こっち側の人間かもしれない)
ふと、雪明は同属の勘が働いた。
源一郎の射抜くような黒い瞳が、自分を値踏みしているような、自意識過剰かもしれないと思いつつも誘っているように見えたのだ。
だが、それは単に雪明の思い過ごしだと知らされる。
二回目の来店、源一郎のあの射抜くような視線を感じた。雪明は、カウンターに座る源一郎の前に立つと、男にしては白く細い指を源一郎の右手にそっと絡めた。
「良かったら、今晩どうですか?」
薄っすらと笑みを浮かべつつ、源一郎の顔色を伺った。
源一郎はみるみる顔を青くし、雪明に触れられている右手が小刻みに震え始めた。
(えっ? )
次の瞬間、荒々しく雪明の手を払いのけた。
「おまえ、ゲイか?」
その目は怒りなのか据わった目をし、背筋に氷が入られたように、ひやりとした。
「俺はゲイが嫌いなんだよ」
今度は全身がカッと熱くなった。
(し、しまった……!)
自分の勘違いだった事に気付くと、恥ずかしさで全身の毛穴が開いたように、変な汗が吹き出してきた。
源一郎の軽蔑したような眼差しに、耐えきれず雪明は目を逸らした。
「す、すいません……てっきりそうかと勘違いしてしまいました……」
そう言って、源一郎に頭を下げた。
「てっきり? まるで俺があんたを誘ってたみたいな言い方だな」
源一郎は鼻で笑うと、ウイスキーの入ったグラスに口を付けた。
「あなたの目が誘っているように見えました」
「ふざけるな。自意識過剰かよ」
「気を悪くさせて、申し訳ありません」
雪明は体を折り、丁寧に頭を下げた。
だが、顔を上げた瞬間、
「でも、あんな目で見られたら勘違いもします。誘ってるつもりがないなら、あんな目で見ないでください」
そう言い放った。
「何?」
源一郎の顔が明らかに引き攣っていた。
「おまえが勝手に勘違いしといて、責任転換するんじゃねえよ!」
ガタン! と勢い良く椅子から源一郎は立ち上がる。周りの客も叔父の芳雄も何事かとこちらに目を向けている。
「だから……その気もないのに、思わせぶりな表情するのやめた方がいいって忠告してるんですよ。そんな目で見てたら、また勘違いされますよ」
「よ、余計なお世話だ! ホモヤロー!」
「ホ、ホモ……!?」
「気持ち悪いんだよ!」
「――っ!」
言った瞬間、源一郎はハッとし口を手で覆った。
源一郎の言葉に雪明は明らかに傷付いた表情を浮かべていた。
「マスター、チェックして」
芳雄に声をかけると、源一郎は焦ったように店を出て行った。
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