神様の料理番

柊 ハルト

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レモンの憂愁

01 ー 三種の味覚

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「さて…と」

 フレデリクの元へ突撃して数日。五班の進み具合や王都へ帰還している部隊の日程の兼ね合いもあり、誠達は次に進んだ村で足止めを食らっていた。
 ただでさえイレギュラーな討伐遠征だ。フレデリクは他の部隊とかち合わないように効率的に討伐範囲を割り当てたいらしいが、おそらくその理由は半分正解で、隠している半分は、ただでさえ団内で噂になっている誠の存在を、他の団員に見せないようにしているのだろう。
 噂は一人歩きするものだ。きっと王都に戻る頃には、誠の噂は別人になっているだろう。そうなれば余計にアレクセイが荒れるのが目に見えている。フレデリクは自分だけではなくアレクセイも守りたいのだろうと、誠は邪推していた。
 誠は作業台に、村で買ってきた野菜をゴロゴロと並べた。そして次に、オスカーとドナルドに貰ったカボチャと栗も出す。
 せっかくアレクセイがくれた休日だ。亜種が出現しない限りは、好きにして良いと言われたので、この時間を無駄にするわけにはいかない。
 それにここ最近は、イレギュラーな事件が発生したのだ。アレクセイだけではなく、誠もストレスが溜まっている。アレクセイと違って小出しに爆発しないのは、ただでさえ厄介な身内が居るので、それと比べるとだいたいは瑣末な事なのだ。
 それに心が充実しているからなのか、自分の中で大事なものの線引きがハッキリした気がする。
 昔は性格的なものもあり、すぐにイライラしては他の妖怪や神使と衝突をしていたが、今ならアレクセイ達や実家のカフェのご飯をバカにされる以外は穏やかな気持ちで接することができそうだ。
 誠はついつい鼻歌を歌いながら、食材の選別をしていた。
 昼食はそれぞれに弁当を持たせたので作る必要はない。晩ご飯の仕込みをすれば、数時間はずっとスイーツを作っても良いのだ。
 朝からスポンジは焼いていた。パイ生地も作っておいた。何ならパンも追加で焼いた。

「…ふふふ」

 思わず笑いが零れてしまう。
 こちらに来てからたまに自分でも忘れそうになるが、誠は神様の料理番でありパティシエだ。決して魔獣を討伐してそれを調理する騎士団の料理番ではない。たった二、三ヶ月こんな生活が続いただけなのに、ずっとこうして生活していたような気になるものだから、困ったものだ。

「俺って無駄に適応能力があった…とか?」

 それもあるだろうが、一番の要因はアレクセイというツガイが見つかったからだろう。遠野の一族のことで、うだうだ考えていた頃が懐かしいと思いながら、誠は秋の味覚の皮を次々と剥いていった。
 今の時期は、村や町によって季節は晩秋や初冬の間をウロウロとしている。買える物はしっかり買い込み、これで冬を越す算段をつけている。
 店先に保存食が並びだしたので興味本位で買ってみたが、少し塩気が多かったりスパイス過多だったりだ。店員も基本的にはスープに入れると言っていたので、良い出汁になるだろう。
 誠の場合はマジックバッグがあるし、日本で買い込んだり餞別として貰った食材が大量にあるので保存食は作らない。けれど干し芋くらいは作りたいところだ。
 思い立ったが吉日なので、糖度の高そうなさつま芋はすでに蒸しており、厨房内どころか食堂まで良い匂いが漂い、朝食時には獣達の目がキラキラとしていた。
 この村の騎士団逗留用の邸は最近改装を終えたらしく、厨房も食堂も綺麗だ。誠はがぜん、やる気に満ちていた。
 裏漉しなどは自らの手で行うが、時短できるものは時短するに限る。風の力や狐火をいくつも使い、同時進行で作業を行っていた。
 おやつの時間になると、ゾロゾロと皆が戻って来た。フレデリクから移動のゴーサインが出るまでは、比較的ゆっくりできるからだ。王都へ帰還途中の討伐部隊が通ったばかりなので、この辺りの魔獣の間引きはいつもの半分以下で良いのだ。
 夜は夜でいつものように見回りを行うが、それまでは各自、自由時間となっている。途中で合流したらしく五人一緒に戻って来たので、誠は出迎えるとそのまま食堂で座るように勧めた。

「え。何、何?マコト、もしかして…」

 そこら中に、朝以上に甘い匂いが漂っている。レビははちきれんばかりに尾を振りながら、期待のこもった目で誠を見ていた。それはルイージも同じで、アレクセイも素直に尾を振っている。
「せっかくだから、おやつにしようと思って。…アレクセイ、良い?」
 一応は、討伐の旅の途中だ。自ら中弛みを勧めているようで気が引けるが、毎回ではないので許して欲しい。
 もしかして怒られるかと思ったが、意外とアレクセイはすんなり許可を出してくれた。

「…この匂いだ。ダメだと言ったら皆に恨まれるだろう」
「確かに」
「それに、俺も食べたいしな」

 そう言いながら、ふっとアレクセイは笑っていた。彼らはまだまだ元気な年頃とはいえ、今回は通常任務外の遠征だ。疲れも溜まるし、娯楽も無い。アレクセイの発言は本音だろうが「この村に滞在中だけだ。出発したら切り替えろ」と言っていたので、この時間をガス抜きに当てたいのだろう。
 皆がさっさと食堂に向かったあと、誠はアレクセイの袖を引っ張った。

「何だ?」
「ん。お疲れ様」
「…ああ」

 少し照れた様子のアレクセイは、誠的にはツボだ。首に両手を回して屈ませると、誠はほんのり染まっているその頬に素早くキスをしてから、逃げるように厨房に向かって行った。
 ワゴンには三種類のスイーツをすでに用意してある。人数分のコーヒーカップを乗せ、ゆっくり押しながら食堂に向かった。
 大きめのテーブルにはすでに皆が着席していた。アレクセイからの熱視線を意図的に無視して、バッグからコーヒーサーバーを取り出してカップに注いだ。
 全員にコーヒーを出すと、本日のスイーツの出番だ。

「もう秋も終わるから、その前に秋のスイーツを作りたかったんだ」
「秋のスイーツと言うと…栗とかですか?」

 耳をピクリと反応させたルイージが聞いた。

「そ。あとは…お楽しみ?」

 当てられてしまったので、先にモンブランをワゴンから取り出した。
 これは以前フレデリク邸で出したことがあるのだが、皆の視線が痛い。それだけ気に入ってもらえていると思うと、誠は嬉しかった。

「も…モン…モン…」

 フォークを握りしめながらレビが呟いている。

「何モンモン言ってんの?ルイージに悶々してるって言わなくても、皆知ってるよ」

 その様子がおかしくて茶化すと、違ぇよ!と即座に否定された。

「このケーキの名前だよ。何だっけ?」
「ああ、モンブランな。地球にある山の名前が付いてんの。この白い粉砂糖が雪みたいだろ?発祥地の言葉で『白い山』って意味があるんだって」
「へー。面白いな」
「だろ?しかもモンブランは、いろんな種類があるんだ。この前作ったのは土台をスポンジにしたけど、今回はメレンゲにしたんだ」

 実家のカフェで出しているモンブランは、土台をスポンジのものにしている。一年を通して提供しているが、ハロウィンの時期になると季節限定で紫芋を使った紫のモンブランが登場するのは余談だ。
 しっとりとしたクリーム。サクサクのメレンゲの土台。その食感の違いに驚きつつも美味い美味いと食べている皆の前に、頃合いを見計らって次の皿を用意した。
 次はさつま芋とリンゴのパウンドケーキだ。夕飯が入らなくなるからと店で出すのと同じ大きさに切ろうとしたが、ブーイングが起こった。甘い物は別腹らしい。そして最後はカボチャのプリンだ。
 皆はどれも美味しそうに食べてくれた。そして野菜もスイーツになることに驚いているようだった。そしてオスカーとドナルドは、自分が差し入れしたものを使ったと知ると、嬉しそうにしていた。
 片付けはいつも通り、アレクセイが手伝ってくれた。と言っても、洗浄魔法をかけるだけなのですぐに終わる。使った食器を棚に戻していると、作業台にティーカップが用意されていた。

「マコトも一息つかないか?」
「アレクセイがお茶淹れてくれんの?」
「ああ」

 ケトルからはポコポコと小さな音が聞こえてきている。アレクセイはコンロの火を止めると、スクエアポーチから茶葉が入ったガラス瓶をいくつか取り出した。

「どれにする?」
「んー…じゃあ、ジャスミン」
「分かった」

 ガラス瓶を開けると、微かにジャスミンの香りが鼻腔を擽る。お湯を注ぐと、次第にその香りは濃くなっていった。

「…良い匂い」

 カップに注がれたジャスミンティーは、淡く色付いている。アレクセイの香りと似ているので、誠はジャスミンティーが以前よりももっと好きになった。それを自分のツガイが淹れてくれるので、それだけで誠は幸せになれる。
 お手軽な性格になったもんだと思うが、そんな小さな幸せで笑えるのだ。そんな自分は嫌いではない。

「美味しい」
「良かった。さっきのお礼…にはならないだろうが、ありがとう。本当に、どれも美味しかった」
「いや、俺にとっては、十分お礼になってるよ。なあ、まだこの村に滞在するんだよな?」
「ああ。遅れている部隊があるから、少なく見積もっても四、五日は居るだろう。何か気になることでも?」
「気になるっつーか、干し柿と干し芋を作りたくて」
「ホシガキ…ホシイモ…?」

 アレクセイは首を傾げた。
 それはそうだ。干し柿は日本から中国の間の国々で作られている物だし、干し芋にいたっては十九世紀に日本で製法が確立された物だ。
 誠は冬の保存食の一つだと教えてやり、実物をバッグから取り出してアレクセイに見せてやった。

「…ほぉ。ドライフルーツと同じなのか」
「そ。近くの山に成ってたから、摂ってきちゃった」

 見つけた時に、丁度木こりのおじさんが居たので採って良いかの確認をしている。この辺りには昔から柿の木があって、しかも熟れても渋いので誰も食べないそうだ。
 柿の野生種は中国、朝鮮半島、そして日本に広く分布している。ヨーロッパに類似したこの国でも生っているのが何となく不思議だ。
 確か十六世紀に柿はヨーロッパに渡ったと思うが、ルシリューリクの作った世界なので、自生していても驚かない。
 試しに干し柿と干し芋を食べてもらうと、ゆらゆらと銀色の尾が揺れていたので気に入ったのだろう。干し柿はカロリーが高くビタミンCが干す段階で少なくなるが、栄養価は高い。

「元は渋いのか。だが、このホシガキは甘いな」
「干すことで甘くなるし、旨みも凝縮されてるんだよ。で、これ作りたいんだけど」
「そうだな。手伝おう」

 その言葉を待っていた。誠は庭で討伐した魔獣の記帳や解体をしていたレビ達を巻き込み、干し柿と干し芋を量産することに成功した。
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