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レモンの憂愁
04 ー 冬将軍と銀狼
しおりを挟む「おにーちゃーん」
フレデリクの背後から声をかけたが、当の本人はびくりともしなかった。もう少し驚いてくれても良いではないか。そう言うと、どうやら鱗のおかげで誠が来たことが分かっていたらしい。
面白くない。が、むくれていても仕方が無いので本来の目的を果たすべく、夕飯のこととローゼスは居るのかを尋ねた。
「ローゼスはお使い中だ。そのうち戻って来る。夕飯はそれからだな」
「丁度良かった。和食…って、俺の故郷の料理なんだけどさ。それで良ければ食べてよ」
「ほぉ…君の故郷の料理か。興味があるな。ありがとう」
「ん。どうしようか…そこのテーブルに並べとく?」
「ああ。そうしてくれ」
誠が応接用のテーブルセットに並べているとドアがノックされ、「失礼します」との声と共にローゼスが入室してきた。そして誠の姿を確認すると、「え?」と言ったきり動きを止める。
この反応が欲しかったのだ。誠はニヤリと笑うと、ローゼスに向けて手を振った。
「マ…マコト?どうして…何かあったのか?」
焦ったローゼスは書類を放り出すと、誠の傍に駆け寄った。そして傷の有無を確認しているのか誠の体をペタペタと触り始めた。
「ローゼス…マコトの体を触るのはやめなさい」
「でもフレデリク様。マコトが…」
「マコトは無事だ。以前教えただろう。マコトは固有の移動術を持っていると」
「あ…そうでした」
思い出したらしいローゼスは、誠から離れると書類を集めてフレデリクの元へ行った。変わり身の早さはやはり猫系獣人っぽい。チラチラとフレデリクを見上げながら頬を赤らめる仕草は、ローゼスがいかにフレデリクに惚れているかが良く分かった。
フレデリクはそんなローゼスの様子を知ってか知らずか、どこか誇らしげだ。誠と目が合うと、ニヤリと口元だけで笑ってみせた。
…野郎、気付いてやがる。
誠はそんな意地の悪いフレデリクに対して、内心毒を吐いていた。
「それでマコト。どうしてここに?」
書類をデスクに置いたローゼスが小首を傾げる。どこぞの騎士団員とは違い、輝くパールホワイトの髪はゆるくカーブを描いており、これぞ天使だと見間違えそうだ…口を開かなければ、と枕詞が付くが。
どれ、お兄さんがお小遣いをあげよう…そう言いたいのを我慢しながら、誠はテーブルを指差した。
「晩飯。ちょっと多めに作ったから、お裾分け」
「それ!さっきから気になってたんだ。ありがとう」
「おう。和食っつって俺の故郷の料理だけど、アレクセイ達も気に入ってくれたんだ。だから口に合うと思うけど、合わなかったらオニーチャンに食べてもらって」
「マコトの料理はどれも美味しいから大丈夫だ。ああ、あと先日はお菓子の土産をありがとう。僕の仲間も喜んでいたし、礼を言っておいてくれと頼まれてたんだ」
「そう?喜んでもらえて良かった」
誠とローゼスがニコニコと喋っていると、フレデリクはローゼスの背に手を回してエスコートをしてテーブルへと勧める。
「ローゼス、キリが良いから夕飯をいただこうか」
「はい」
和食に洋食器とフォークはまだ見慣れないが、二人が席に着くと誠は緑茶の用意をしてやった。紅茶に親しみがあるイギリスも、近現代になると中国茶が流行った時期がある。中国茶と日本茶は少し違うが、東洋と一括りにはできるはずだ。
強引な理論だが、せっかくなので二人には緑茶も味わって欲しい。湯呑みが無いのでティーカップに緑茶を注ぐと、珍しいからかフレデリクの眉が少し跳ねた。
「…これは?」
「これも故郷でよく飲まれてるお茶。緑茶って言って、紅茶とは製法が違うんだ。紅茶よりも渋みが強いかもだけど、和食と合うからどうぞ」
「ほぉ…」
フレデリクはカップを持ち上げると、少し揺らして色を確認しながら匂いを楽しんでいるようだ。
「フレデリク様は、お茶には拘りがあるんだ」
「そうなんだ。何か酒にも五月蝿そうだな」
こっそりと教えてくれたローゼスにそう言うと、なぜ分かったのだと驚かれてしまった。
見たままのイメージだと言わなかったのは誠の良心だった。
「…ふむ、美味いな。紅茶よりもほっとする感じだ」
「お。オニーチャン、良く分かってらっしゃる」
ローゼスも緑茶を気に入ってくれたようで、誠はほっとしながら勧められるままに席に着いた。自分のお茶も淹れて近状を報告し合っていたが、ラペルの話になるとそれまで微笑んでいた二人の表情が固まってしまった。
アレクセイから話は聞いていたが、二人も相当腹に据えかねていたようだ。
フレデリクは今まで集めていた不敬罪に当たる証拠を一気に向こうの家に叩きつけ、社会的に一族もろとも潰すと呟いている。やりすぎのような気もしたが、ローゼスも顔を合わせる度に自分の方が白くて綺麗だとか、少し可愛いからといって良い気になるな等のレベルの低い嫌味を言われ続けていたらしい。
それならオニーチャンがここまで怒るのも訳無いなと思いつつ、誠は先程のフレデリクの言葉を聞かなかったことにした。政治的に介入するつもりはないのだ。
「…それで。今回わざわざ来たのは、勇者について…だろう?」
夕飯を食べ終わり、フォークを置いたフレデリクはしっかりと核心を突いてきた。やはりこの兄弟を侮ってはならない。
誠が頷くと、フレデリクは、ふぅ…と長い息を吐いた。
「そうか。今から向こうに行くのか?」
「…それも分かってたんだ。何なのアンタとアレクセイって」
誠ががっくりとしていると、やっと何のことかが分かったらしいローゼスが誠の肩を掴んできた。
「お前は…!なぜ自ら敵陣のど真ん中に行こうとするんだ!僕の仲間もフレデリク様の配下も動いている。その報告を待っていれば良いだろう」
珍しく声を荒げるローゼスに、誠は肩を揺さぶられながら返した。
「こっちにも確認しなきゃなんないことがあるんだよ。それにアレクセイと、勇者の顔を確認するだけって約束したから、すぐ戻るし」
「それでも…!」
誠はローゼスの手を外すと、バッグから取り出した紙袋を三つ、その手に置いた。
「ほい、リンツァートルテ。切り分けといたから、そのまま食べれるぞ。偶数にしてるから分けやすいし」
「ありがと…って、僕は騙されないぞ!小さな子供じゃあるまいし」
「あっそ。じゃあ要らない?」
ニヤニヤしながら聞くと、ローゼスは誠に奪われる前にさっさとスクエアポーチに紙袋をしまった。
リンツァートルテはオーストリアの有名なケーキで、バターケーキとクッキーの中間のような食感が特徴だ。スパイスや、土台と格子状の上の生地に挟んである赤スグリのジャムが後を引く美味しさがある。
紙袋からその香りが漏れていたのか、ローゼスは鼻をひくひくさせながらスクエアポーチを気にしていた。よっぽど気になるのだろう。
その様子を見ながらフレデリクがにこにこと見ているのだが、どうしてもニヤニヤにしか見えなかった。
誠は空になった食器を片付けながら、そろそろ行くよと席を立った。まだ納得できないのかローゼスが何か言いたそうだったが、誠はローゼスの頭をぐちゃぐちゃと撫でてやった。
「…もう!誠まで僕の髪をぐちゃぐちゃにする!」
「あっはっは。ゴメンゴメン。何か撫でたくなんだよな」
「そうだろう。私のローゼスは愛らしいからな」
椅子に深く座り、どうだと言わんばかりのフレデリクに苦笑いをしながら、誠は一歩下がった。
「本当に、顔を見るだけだから。俺だったら同郷か違うかくらいは分かるだろ?違う世界の同じような文明社会の奴かもしんないけど。とりあえず確認したらすぐにアレクセイのとこに戻るし、そっから連絡するようにするからさ」
これ以上引き留められないと分かっているのだろう。ローゼスは少しだけ尾を膨らませながら、絶対に連絡をしろと誠を睨んでいた。
はいはいと返事をしながら手近な影に潜り込む。アレクセイにも二人にも"約束"をしたので、これは本当に顔を確認したらすぐに戻らなければならない。
慎重に行動すること、と自分に言い聞かせながら、アレクセイに教えてもらった領内の教会の近くを出口に決めていた。
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