神様の料理番

柊 ハルト

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レモンの憂愁

12 ー 戦う料理番

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「何ですか」

 誠はむくれながらオランジュを見返す。

「…いや。あのアレクセが選んだツガイだから、たかがオーブンに変な仕掛けしててもおかしくないと思ってよ」
「たかが…?」

 聞き捨てならない言葉だ。
 誠にとって、オーブンは三種の神器に匹敵する家電…ここでは魔道具だが、とにかく必需品だ。スイーツの発展はオーブンと共に急激に進化したと言える。誠がこうしてパティシエでいられるのも、半分以上はオーブンのおかげと言っても過言ではないのだ。

「…オランジュ班長、取り消してください。たかがオーブンではありません。オーブンは皆の食文化を豊かにする素晴らしい道具です」

 誠の剣幕に後ずさったオランジュは、両手を上げながらすまんと謝った。
 視界の端でレビが急いで剣をバッグにしまったのが見えたが、誠はそこまで短絡的ではないはずだ。

「で?詳しい説明を頼む…と言いたいところだが、十中八九、原因はアイツか」

 煙が引いた厨房で見たものは、部屋の端に座り込んでいるラペルだった。ラペルはオランジュを確認すると、援軍が来たとばかりにオランジュに縋るような視線を向けた。

「オランジュ班長…!その人間は、やはり僕やアレクセイ様を陥れるつもりです!」
「ねぇだろ…」

 思わずといった様子でレビが呟いた。それが聞こえたらしく、ラペルはレビに噛み付く。

「アンタはその人間の仲間だから、そんなことが言えるんだよ!」
「あ?確かにマコトは俺達の仲間だけど、マコトは絶対ぇそんなことしねえよ。つーか、陥れるって何だよ。そんなことしてマコトに何の得があるんだよ。なあ?」

 こちらに話を振られたので、誠は頷いておいた。本当は「アレクセイの心を鷲掴みの得があるけど?」とちゃかしたい衝動に駆られたが、憤慨しているレビを前にそんなことは言えなかった。
 そして誠を庇うようにルイージも参戦してきた。

「レビの言う通りです。僕達もアレクセイ班長も、マコトさんを認めています。…まさかまだご自分がアレクセイ班長のツガイになれるとお思いで?そんなわけないですよね。班長のツガイになりたければ、僕達よりも強くなければ」

 そんなことは初耳だったが、アレクセイフリークの言い分としてはそうあって欲しいのだろう。誠はこっそりと自分の戦闘能力を授けてくれた牡丹と諏訪に感謝していた。
 ルイージの言い方にバカにされたと思ったのか、ラペルは立ち上がるとスクエアポーチから剣を取り出し、誠に突きつけてきた。

「そこの人間、僕と勝負しろ!勝った方がアレクセイ様のツガイだ!」
「嫌だよ」

 刃物を人に向けてはいけませんと習わなかったのだろうか。誠はイラっとしながら断った。
 そのせいで逆上したのか、ラペルは更に誠に剣を近付ける。喉元を狙っているのが分かったが、誠は冷静に言った。

「勝った方も何も、アレクセイと俺とはとっくにツガイだっつーの。つーか、神聖な厨房でオモチャ振り回してんじゃねぇぞ」

 剣を向けられても引かない誠にラペルはたじろぐ。
 誠はそのままラペルの側を通り抜けると、オーブンを確認した。辺りは黒焦げになっているが、オーブンだけは無事だ。メモを剥がして中身を確認すると、肉の塊は良い焼き加減になっていた。
 鉄板を引き出して肉を皿に移す。誠はその皿を持ったままオランジュに目を向けた。

「オランジュ班長。アレクセイが戻ってきたら夕飯にするんで、ここの片付けは頼んで良いですか?」
「え…あ、ああ。けどお前よぉ、とりあえず何が起こったのか説明してくんねぇか」
「あー…そうですね」

 誠は溜息を一つ吐いてから、ラペルを冷めた目で一瞥した。

「この肉を守るために、蓋を開けるなっていうメモを貼って更に結界を張ってたんですよ。そんだけです。あとは…多分そいつが何かしようとしてたんじゃないですか?俺の結界は強固なんで」
「ち、違います班長!その人間はアレクセイ様や班長に、得体の知れないものを食べさせてるんですよ。僕はそれを阻止しようと…!」
「どういうことだ?」

 慌てるラペルにオランジュは疑問の目を向けた。

「料理人なんて言ってるけど、僕は見たんです。知らない粉を入れたり、黒い液体を入れたりしてました!」

 何を言っているんだと誠は首を傾げながらレビ達を見ると、同じく首を傾げていたレビとルイージは少し考え、ああ、と納得がいったように手を叩いた。

「それってマコトの故郷の調味料っつーやつじゃないの?」
「…そう言えばそうですね」
「そうなのか?」

 オランジュはレビ達に聞いた。レビやルイージも、アレクセイと比べると回数は少ないが誠の調理の手伝いをしているし、謎の粉扱いされたコンソメや黒い液体と言われた醤油を何度も見ている。
 国が違えば使っている調味料やスパイスの配合などが違うことを知っていたらしいオランジュは納得すると、ガシガシと頭をかいてまた溜息を吐いた。

「…これは完全にラペルの早とちりだな。お前よぉ、マジで勘弁してくれよ。どうすんだよこの惨状をよぉ」

 改めて厨房を見るが、もはや誰もがここが厨房だったとは思えない状態だ。
 シンクやコンロは原型を留めておらず、ひしゃげた金属の塊が壁にへばりついている。真ん中にあったはずの作業台もそうだ。消し炭が残っているくらいだし、食器棚も燃え残った木と割れた食器が散乱していた。
 オランジュでなくとも頭を抱えたくなるだろう。ここを復旧させるのに、どのくらいの時間と費用がかかるのか分からない。まだ明日の朝食をここで作りたかったので、誠も密かに頭を抱えたくなった。
 もうこのまま何事も無かったかのように夕飯の場に着きたい。そう思っていたのだが、窓から煙を逃したことにより、それを見た団員達がゾロゾロと邸に戻って来てしまった。

「大丈夫か!何があった?」
「うわっ!厨房が…」

 団員達はまず厨房を見てから、誠の持っている肉をチラチラと見る。当たり前だ。そろそろ夕飯の時間だからだ。腹を空かせているのは何もレビ達だけではない。
 誠が肉を守ろうとバッグにしまおうとした時、銀色の閃光が辺りに走った。

「マコト、無事か!?」

 集まっていた団員達を押しのけるように厨房に入って来たのは、銀狼姿のアレクセイだった。一体森のどこまで行っていたのか。息は荒く、被毛には枯れ草や種が絡まっている。それ程までに急いで駆けつけて来てくれたのが、誠は嬉しかった。

「おう、アレクセイ。肉は無事だよ」
「肉はどうでも…いや、君が無事で良かった」

 食材をどうでも良いと言えば誠が怒ると思ったのか、言い直したアレクセイは誠の傍に寄った。そしてマズルを誠の顔に寄せ、ペロリと舐め上げてから人型になった。
 コートには先程の草や種が付いている。アレクセイははっと気付くと、洗浄魔法をかけて綺麗にした。

「邸から上っていた煙の原因は…ここか?何があったんだ」
「オーブンに結界張ってたんだけど、それを攻撃したバカが居たんだよ」

 今度こそ皿をバッグにしまうと、誠は簡潔に説明した。肉は守らなければならない。それはこの班での鉄則だった。
 アレクセイはそれを聞くと、オランジュを睨んだ。

「…オランジュ班長」
「な、何だよ」
「分かっていますよね。処分を」

 静かに言ったアレクセイだが、そこに怒りが含まれているのは誰もが分かっていた。
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