神様の料理番

柊 ハルト

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ショコラの接吻

08 ー 黄金のもなか

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 遠征出立の前日だというのに、この日の邸内は朝からバタバタと忙しかった。
 それもそのはずだ。フレデリクのムチャな注文により、使用人が三人しか居ないのに晩餐会を行うことになったのだ。
 アレクセイとフットマンであるブルックリンは買い出しに。食堂のセッティングは、執事のシュナウツァーが取り仕切っていた。庭師のブロンクスはエントランスや食堂の飾り付けを担当している。
 誠は朝食を済ますと、厨房にこもりきりになっていた。
 しばらくして買い出し部隊が戻って来ると、アレクセイは誠の助手に転職だ。いつも手伝ってくれるので、誠としても任せやすい。大まかな手順を説明して途中で分量などを伝えるだけで、簡単な料理はできてしまう。
 虎の巻も開いており、そこには完成図だけではなく途中の手順も切り貼りしているので、アレクセイは日本語を読めなくても写真を見たり誠に聞いたりしながら、着々と作業を進めていた。
 カフェなら下拵えや途中までの工程を済ませ、注文が入ったら料理を完成させる。晩餐会も同じような進行で良いのだろうが、いかんせん厨房の人数が足りない。それにオーブンやコンロの数も少ないのだ。
 温かいものは温かく、冷たいものは冷たく。いくら邸内が暖かく設定されていると言っても、夜になると一気に温度が下がる。食堂に案内されて、一息つけてもまだ体の芯は冷えているだろう。だから、一品目は温かいスープに決めていた。
 けれどスープをこれ以上煮詰めるわけにもいかないし、コンロも開けたい。こういう時は、マジックバッグがあって本当に良かったと思う。
 本来の使い方ではないだろうが、道具は使い方だ。使えるものは何でも使う。
 誠は出来上がったものからホイホイとバッグにしまっていった。
 昼食は簡単なもので済まそうかと思ったが、まだまだ客人を迎える準備は残っているのだ。しっかり食べなければと思い直し、ボリュームがあるものを出した。おやつの時間には軽く摘める物も出し、あっという間に約束の時間が近付いてきた。
 誠としては、ずっと厨房に居るつもりだったのだが、直前になってアレクセイにフレデリクからの連絡が入ったので断念した。
 何でも、料理の説明をして欲しいとのことだ。

「あー…マジか」
「忙しいのに、すまない」
「アレクセイが謝ることじゃないよ。手伝ってくれて、ありがと。後はゆっくり、席で料理を味わって」

 アレクセイと一緒に部屋に戻り、着替える。アレクセイはいつもの騎士団の制服に。誠は白いワイシャツに黒と紫の太いストライプのベストを重ね、腰にはサロンを巻き付けた。なんちゃってフロア店員の出来上がりだ。
 腕時計を確認すると、そろそろ誰か来てもおかしくない時間になっていた。
 階下に下りようと促すと、アレクセイはニヤリと笑ってから誠の唇にリップ音を立ててキスをした。

「忘れ物だ」
「…もう!」

 今日は朝からスキンシップが殆ど無かったので、すっかり油断していた。高鳴った胸を押さえつつ、誠はアレクセイの背中をパチリと叩いてやった。
 階段を下りると、アレクセイとはここで一旦お別れだ。一人で厨房に入ると、意外と広いことに今更気が付いた。

「…そう言えば、ここでは殆ど一緒だったからなぁ」

 誠はクスリと笑うと鍋をバッグから取り出して、前菜代わりであるスープの用意を始めた。
 今回も、最初はコース料理のように一品ずつ用意して、途中からはテーブルいっぱいに大皿を並べるつもりだ。
 ワゴンに皿を並べたところで、シュナウツァーが厨房に顔を出した。

「マコト様。皆様お揃いですよ」
「分かりました。俺は…一緒に行った方が良いですか?それとも、何品か出した時に?」
「いいえ、一緒に行きましょう。お客様達も、マコト様の顔を見たいでしょうから」

 ニコニコと笑うシュナウツァーの顔を見て、誠は少しだけ安堵した。
 アレクセイの部下を含めて八人と言っていたが、シュナウツァーの表情からして十中八九レビ達だろう。面倒臭い人物が来ているのなら、きっとシュナウツァーは注意してくれるはずだ。
 誠は肩の力を抜くと、ワゴンの片方をシュナウツァーに任せた。
 二台のワゴンが食堂に到着すると、テーブルの一番奥には邸の主であるフレデリクがどっしりと構えていた。失礼にならない程度に室内を見回すと、全員見たことのある顔ぶれが並んでいる。予想通りのレビ達以外には、アレクセイの副官であるカーマインに、ローゼスの仲間のカージナルも座っていた。
 アレクセイと視線が合うと、誠は小さく笑った。
 ワインの減り方を見ると、すでに乾杯を済ませたことが分かる。本当ならそれに合わせたオードブルを出すのが正解だろうが、今回はこちらに全て任されているので無視だ。
 それに、こちらの国ではテーブルに一気に皿を並べるという、中世フランスのスタイルが主流だ。フレンチやイタリアンなどのコースメニューの流れを無視していても、誰も気付かないのだ。
 シュナウツァーとブルックリンにスープの皿を任せ、誠はフレデリクに声をかけた。

「オニーチャン、料理の説明って、もうして良いの?」
「ああ、頼む」

 フレデリクは、ワイングラスを回す姿がいちいち似合っていて鼻につく。斜め向かいにローゼスが座っているので、余計にどこかの悪の帝王とその側近もしくは囚われの姫に見えて仕方が無い。
 そんな想像を追い出すと、誠は全員の前にスープが並んだことを確認してから説明を始めた。

「えー…僭越ながら、私、マコト・トオノが料理の説明をさせて頂きます」
「よっ!待ってました!」

 宴会での酔っ払いのような合いの手を入れたのはレビだ。すかさずルイージに頭を叩かれて静かになったが、場が和んだのは確かだ。誠は小さく息を吐き出してから、早く温かいスープを飲むように皆に促した。
 一品目は、コーンポタージュスープ。他の野菜は入れずにクルトンと乾燥パセリを浮かせた、地球ではお馴染みの形にしてある。
 次はやっとオードブルの出番だ。一口、二口で食べられる量の冷製パスタに、輪切りのトマトの上にチーズとバジルを散らしたミニピザもどき。そしてエリンギのバターソテーの三種にした。
 サラダは、大根とサーモンをイタリアンドレッシングで和えてある。カクテルグラス盛りつけてあるので、見栄えも良い。
 メインの魚料理と肉料理以降は、大皿のまま出して取り分けられるようにした。
 そこまでテーブルに広げたところで、フレデリクから声がかかった。

「マコト、そろそろ君も座ったらどうだ?」
「うん。遠慮なく、そうさせてもらう。もうお腹減って死にそう…」

 誠はサロンを外してバッグにしまうと、アレクセイの隣に座った。最初からその席が空席になっていたのは、誠の席と決まっていたからだろう。
 席に着くと、アレクセイがねぎらいの言葉をかけてくれた。

「お疲れ。手伝った時に見ているはずなのに、こうしてテーブルに並ぶと、より一層美味しそうに見えるな」
「ありがと。まあ、空腹は一番の調味料って言うからな」
「なるほどな。マコト、取り分けようか?」
「うーん…ちょっと待ってて」

 アレクセイに断ると、誠はバッグの中見を次々とワゴンに移し替えた。そしてシュナウツァーに、引き続き給仕と料理を出すタイミングを伝え、席に戻った。

「野菜か」

 納得したようにアレクセイが小さく頷いた。

「当たり。豆のも、チキンサラダもあるから」

 誠がそう答えると、アレクセイとは逆隣に座っていたカーマインが声をかけてきた。

「失礼。マコトさん、もうサラダはいただきましたが…」
「あれじゃあ少なかったんで、追加です。アレクセイ、食事バランスの話って、カーマインさんとオニーチャンにはしたの?」
「ああ」

 だとしたら、話は早い。誠はカーマインに、繰り返しになるだろうがアレクセイ達の体調の変化や騎士団の寮の食事、そして故郷では食事バランスの重要性をかい摘んで話した。
 カーマインはアレクセイの報告を聞いた時から興味を持っていたらしく、誠の話を熱心に聞いてくれた。

「なるほど…。寮の食堂デートをしていたのではないんですね」
「え…?」

 その言葉に固まると、カーマインはにっこりと笑った。

「騎士団内では、貴方とアレクセイ班長の噂でもちきりですよ。きっと、ジロジロと見られたんじゃないですか?」
「ええ…そうですけど」
「でしょうね。まあ、遠征から戻られる頃には噂は落ち着いていると思いますが…アレクセイ班長を見る限りは、無理でしょう」

 カーマインはアレクセイをチラリと見ると、溜息を吐いた。

「え…何でですか?」
「獣人はツガイ契約を済ませると、雰囲気が変わるんですよ。班長は…前よりも雄としての色気が増したように見受けられます。これではますます、班長を狙っていた団員達や、貴族の子息令嬢達が五月蝿くなるでしょう。前々から、アレクセイ班長のツガイは誰になるのだと、ことあるごとに噂になっていましてね。誰にも靡く様子が無かったので、皆、興味があるようですよ」

 誠はアレクセイを見た。やはり色気とフェロモンがマシマシになったのは、自分の見間違いではなかったようだ。
 アレクセイは誠が自分を見ていると分かると、ふんわりと笑った。
 やはり前よりも雄っぽさが増していて、クラリとしてしまう。ゆらゆらと揺られる尾の可愛らしさが変わっていないことだけが救いだ。
 食堂内が静かになっていたことに気付くと、誠は周りを見回した。

「やっぱり…」
「俺らの班長が、一つ上の男に…」
「いつかは契約をすると思ってたけど、やっぱりこの休暇中か…」
「恐るべし、ヴォルクの血…」

 皆の目は、アレクセイを向いていた。そして言いたい放題だ。普段からアレクセイを見ている面々だから、僅かな違いでも分かるのだろうか。
 フレデリクはくつくつと笑いながら、低く響く声でアレクセイを労った。

「良かったな、アレクセイ。脱童貞、おめでとう」

 その言葉で、食堂内は爆発した。
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