神様の料理番

柊 ハルト

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ショコラの接吻

02 ー 突撃隣のキャンプ飯

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「これは蛇肉…ただの蛇肉…」

誠は自己暗示をかけながら、蛇肉を一口大に切り分けていた。白焼きにしてやろうかと思ったが、蛇肉は鶏肉に近いと聞いたことがあるので予定は変更だ。
後ろではまだジェネラルサーペントの解体が続いているが、無視だ。
大きめのボウルに調味料を入れて、ただの蛇肉と思いたい蛇肉を漬ける。漬け込む時間を利用して、せっかくなので野菜のかき揚げを作ることにした。衣に使う冷水は、もちろん自前だ。
揚げ物が多いが、今日くらいは良いだろうと目を瞑る。
バーベキューグリルの上に天ぷら用の鍋を置いて、じゃんじゃん揚げていく。バッドが足りなくなったので、皆に平皿を提供してもらって油を切った。
そしてここからが、本番の蛇肉だ。漬け込むのは、十五分程で良い。誠の背後には、解体を終えて腹を空かせた獣達がずらりと並んでいる。危ないので一歩下がってもらうと、誠は油の温度を見てから蛇肉を揚げ始めた。
そう、ずっと作りたかった、唐揚げだ。醤油と生姜をよく効かせているので、ご飯が進むはずだ。
揚げていると、誠も涎が垂れてきそうになる。つまみ食いしたいのを我慢して、一度バッドに上げると後ろから手が伸びて来たので、問答無用で叩き落とした。
二度揚げすれば、更にカラっとジューシーになるのはもはや常識だ。誠は皿に人数分の唐揚げを盛ると、代表してアレクセイに渡した。

「一人一個だからな」
「やったー!」

両手でガッツポーズをしているレビの手の甲が赤い。つまみ食いをしようとした犯人はコイツだった。
熱いのか美味いのか、背後で悶絶している獣たちを他所に、誠はまた油との格闘を続けた。
主食は米とパンを選べるようにしたが、皆が選んだのは米だった。これは誠が「俺は米にする」と言ったからだ。誠が選ぶ物にハズレは無いと、皆が追随した結果だ。
皆が持ち寄った折りたたみテーブルには、遠征中と同じく皿が乗り切れない程になっていた。アレクセイが「祈りを」と言う前から、皆は指を組んで待っている。アレクセイも彼らの気持ちが分かるのか、小言を言わずに祈り始めた。
皆が真っ先にフォークを伸ばしたのは、やはり唐揚げだった。誠も途中で一つだけ味見をしてみたのだが、確かにこぞって買い求めたくなる肉だった。肉質が上品だし、脂もしつこくない。弾力もしっかりあって、噛めば噛む程に旨みが溢れてくるのだ。

「あー…美味いよー…」
「マコトさん、店出しましょう、店。唐揚げ専門店」
「俺もルイージに賛成。マコト君、店の資金の一部は持つぞ」
「あ、僕も僕も。貯金の全部、開店資金に注ぎ込みます!」

四人の熱意に押されっぱなしになり、笑うことしかできない。けれど、それも面白そうだと思うが、問題は醤油が足りるかどうかだ。
ただの夢物語だが、面白そうだねとアレクセイを見ると、アレクセイは黙々とフォークを動かし、唐揚げと米を交互に食べていた。誠の視線に気付くと、もぐもぐさせたままで何度も頷いた。

「…アレクセイのこんな姿、珍しいね」

きっとそれだけ、この銀狼は気に入ってくれたのだろう。
美味しい物を食べると無言になる人間は少なからず居る。誠の製菓学校時代からの友人である寺田もそうだ。きっと奴は結婚したら奥さんに「美味しかったら、美味しいって言ってよ!」と怒られることになるだろう。
いつもアレクセイは、ちゃんと「美味しい」と言ってくれるので、今回のことは気にならない。誠は自分の分の唐揚げを確保してから、焼き鳥を焼くために席から離れた。


唐揚げ出店派と焼き鳥出店派の戦いが止まらない。
誠は食後のお茶を飲みながら、その不毛な争いを見ていた。
所詮は夢物語なのだ。なぜなら醤油を買い付ける手段が無いし、他の国で売っているのか今のところ不明だからだ。そして誠はこの国の食事事情を大きく変える気も無い。
皆の胃袋をガッチリ掴んだ…いや、握り潰しそうな誠の隣で、アレクセイものんびりとお茶を飲みながら、ご機嫌に尾を揺らしていた。

「そう言えば、メニューは決めたのか?」

目の前の争いを見ないようにしているのだろうか。いや、アレクセイのことだから、勝手に争わせているのだろう。
アレクセイは誠を見つめる。

「メニューって…ああ、家にお邪魔する時のか」

誠はいつもの癖で家と言った後で気が付いた。家ではない、きっと…いや、おそらく…絶対に「これが貴族の屋敷です」と言わんばかりの家屋に決まっている。しかも漫画で表すなら、屋敷の背後に「どーん」という文字も付いているだろう。
公爵家で、しかもスカーレットはかなりの大きさだろう商会を持っている。金が無いはずがない。
アレクセイは誠が「家」と言ったことにクスクス笑っていた。

「家…ね。確かに家だが」
「そんな笑うことないじゃん。屋敷持ってる奴なんか、知り合いに居ないっつーの」

邸ではなく、大きな宿は見たことがある。それはもちろん、牡丹が経営している温泉宿だ。
それに神戸や横浜に現存する偉人館を見たことがあるが、だいたいが屋敷というより邸そのものだけだったし、現存する日本の○○邸などと呼ばれている屋敷は、広い庭園があるが日本家屋だ。
西洋の屋敷を見るのは旅行関係のテレビ番組やホームページ等が主なので、とっさに「屋敷」と言う言葉が出るわけがないのだ。

「すまんすまん、言い方が可愛くてな。…王都にある"家"は、タウンハウスだ。領地の屋敷とは比べ物にならないくらい小さいぞ」
「へー。でも俺基準だと、絶対広いし大きいと思う。断言できる」

金持ちのボンボンが。と、悪態をつきながら、誠はアレクセイに当日作るメニューを伝えた。隠すようなことではないので、その声は当然、彼らに聞こえている。
妙に静かになったそちら側を見ると、レビ達としっかり目が合った。合ってしまった。
どいつもこいつも、キラキラとした目をしている。これはこの場で話したアレクセイが悪い。
誠はアレクセイを見た。

「…材料、どうする?」

アレクセイはレビ達の顔を見回し、最後に誠を見た。

「各自、今日と同じく一品持ち込み…で、かまわないか?」
「了解。だってさ」

レビ達を見ると、一同はなぜか誠達を拝んでいた。

「…最初から、普通に誘えば良いのに」

小声でアレクセイにそう言うと、アレクセイはニヤリとどこかの腹黒ショタコン帝王を彷彿させるような笑みを浮かべた。

「この方が、マコトのありがたみが増すだろう?」
「…お前さぁ」

きっと自分がノーと言えば誘わないつもりだったんだろう。けれど誠が彼らを気にかけているから了承した、ということか。
誠はもう、彼らから認められている。
たかが食事。されど食事。アレクセイは恩を着せるようなことを彼らにしないはずだし、こんな冗談を素面で言うタイプでもない。
その発言の真理は何だろうと、誠はアレクセイのアイスブルーを覗いていた。
探られているのが分かったのか、アレクセイは誠の肩を抱き寄せると耳元で低く呟いた。

「俺が君と言う最高のツガイを得たことで、騎士団内が騒がしい。アイツらにも根掘り葉掘り聞く奴が、もう現れているそうだ。だが、アイツらが公爵邸の晩餐に招かれるくらい、俺と、そして公爵家と親しいと分かると、聞き出せなくなる」
「…普通、逆じゃね?」

親しいのなら、詳しい話を知っていると思われるだけだろうが、どうやら違うようだ。
爵位などを盾に無理矢理聞き出そうとする輩には、「ヴォルク公爵」と言う剣を振りかざすことができる。つまり「俺の後ろにはヴォルク公爵家が控えてますが、それでも聞きたいですか?」と対抗できるそうだ。
そして爵位を振りかざさなくても、ただ単にしつこい者には「これ以上はスカーレット夫人に口止めされているので」との言い訳も立つ。
手紙やアレクセイなどからの伝聞でも良いと思うが、"直接"夫人から言われたとなると、相手も引き下がるしかなくなるらしい。
どれだけスカーレットは強いのか、聞きたいような聞きたくないような。そんな気持ちになった誠は、ただ「そうか」としか言えなかった。
スカーレットの名は、水戸の御隠居の印籠か何かなのだろうか。
明日に迫った個人的調理大会もしくはただの食事会を前に、誠ができるのはメニューを組み替えることだけだった。
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