神様の料理番

柊 ハルト

文字の大きさ
92 / 150
ショコラの接吻

02 ー 新居

しおりを挟む

 平民街の市場に行くと、改めてここは王都だということが分かる。港街セーヴィルよりも多種多様な人々が流れを作り、朝ということもあってかパンを買い求める主婦(主夫)や冒険者が多いのは、どこも同じなのかもしれない。
 並んでいる店や建物は三階建てのものがぽつぽつと見られた。クリーム色の漆喰で塗られた壁が多いのが、王都の建物の特徴だろうか。けれど、この街からでもよく見える王城の壁は白く、絵本の中から飛び出してきたような、まごうことなき「城」という佇まいだ。
 市場は建物の店が並んでいる区画と、露店、屋台が集まっている区画が交互に並んでいて、長い通りを歩いていても飽きない。しかも王都と言うこともあって、国内各地や海外から輸入されている物も数多く並んでいた。これまで通ってきた村や町以外の特産品もあったので、誠はそれを目にする度に立ち止まってしまっていた。
 それを何度か繰り返したところで、案内役のアレクセイの存在を思い出した。いや、目に入っているのだが、そこに居るのが当たり前になっているので改めて、といったところか。

「…ゴメン、アレクセイ」
「何がだ?」

 通りの邪魔にならないところで止まった誠に、アレクセイは不思議そうに首を傾げた。

「いやぁ…俺ばっか楽しんでたから」

 店を見て回っている間、話はしていた。していたのだが、アレクセイは相槌を打つか、腕を引く誠に笑みを浮かべながら着いて回っていたかのどちらかだった。

「見回り以外でゆっくりと店を見たことが殆ど無かったから、俺は楽しかったぞ。誠が楽しんでいれるなら、俺はそれが嬉しいんだ」

 油断をしていると、こうしてアレクセイは恥ずかしくなるような台詞を投下してくる。分かっているはずなのに誠は未だに慣れず、頬をほんのり染めた。
 これ以上口説き文句を放たれては敵わないと、誠は話題を変えた。

「…ん。アレクセイは何か買う物ある?」
「そうだな…特には無いぞ。装備の補充は、騎士団専用の商会があるしな。…ああ、そうだ。魔道具店に行く約束だったな。どうするマコト、今から行くか?」
「行きたい…けど、キャンプ飯の場所って、遠いの?お昼が遅くなりそうなら、後日とかでも良いよ」

 魔道具店の規模にもよるが、きっと長居をしてしまうだろう。アレクセイは昼食を楽しみにしているようなのでそう提案すると、アレクセイの尾はゆらりと揺れた。

「少し遠出をして、現地で肉を確保しようと思っているんだ。今から行けば、昼頃には着くんだが…俺は遅くなっても良いぞ」

 そうは言っても、アレクセイの耳は少しだけ後ろに寝ている。頑張って尾の角度を保ったつもりなのだろうが、耳までは感情を隠しきれなかったようだ。
 それを見た誠はクスリと笑うと、これから移動しようと提案した。それを聞いたアレクセイの尾は元気に揺れ、耳もピンと立ち上がる。相当嬉しいのだろう。キャンプ地の予定を詳しく聞くと、その辺りで獲れるラビット系の魔獣肉を現地調達する予定らしい。
 まだマジックバッグに大量の肉が残っていると言ったが、この時期のラビット系の肉は冬眠前なので脂肪が乗って美味しいとのことだ。どうやら銀狼は、兎肉をプレゼントしてくれるのだろう。
 嬉しくなった誠は、早く行こうとアレクセイの手を握って城門に早足で向かった。
 検問所で門番達にジロジロ見られたり驚愕の表情を浮かべられたりしたが、アレクセイはどこ吹く風だったので誠もそれに倣う。寮の食堂でも同じ表情を浮かべた団員を数多く見たのだが、本当にローゼスが言った通りなのだろうかと疑心暗鬼になってしまうが、それよりも今はキャンプ飯を作る方が先だ。
 さっきから、何を作ろうか、そしてそれを食べたアレクセイの笑顔が見れるのか。誠はそればかり考えている。
 城門から少し離れたところで、アレクセイは立ち止まった。ここからは獣身で移動だそうだ。自分も狐になろうとしたところで、誠は思いとどまる。
 本当は狐の姿になって、アレクセイと思い切り走ってみたい。けれどその姿を他人の目に晒すことは、面倒を呼ぶことと同じなのだ。
 そんな誠の内心を分かっているのか、大きな銀狼は誠の目の前で伏せた。ついついその艶やかな毛並みを撫でてしまう。

「マコト、上に乗れ」
「うん。ありがと」
「落ちるなよ」

 アレクセイが人型だったら、絶対にニヤリと笑っているだろう。「落ちないよ」と言いながら強めに毛を引っ張ってから、誠はアレクセイの背中に乗った。
 セーヴィルに移動した時よりもアレクセイの足取りはゆっくりだったので、誠はその分、風景を楽しめた。
 少し向こうにある道には、冒険者や商人らしき大小の荷馬車が何台も行き来しているのが見える。誠は夜の落ち着いた時間も好きだが、こうして活発な朝の光景も好きだ。短い生の時間を精一杯生きている人々の活気は、妖怪や神々にはあまり見られないものだからだ。
 アレクセイは時折早く走ってみたり大きくジャンプしたりして、誠を飽きさせないようにしてくれた。
 途中で休憩を挟み、着いた目的地は林の入り口だった。腕時計を確認すると、そろそろ長針と短針がてっぺんを示そうとしている。これから調理を始めると、丁度良い時間になるだろう。
 そこから少し入った少し拓けたところで、アレクセイは足を止めて人型に戻った。

「この辺りは冒険者達がキャンプを張る場所なんだ」
「へぇ。だからちょっと拓けてるし、焚き火の跡があるんだな」
「ああ。無闇に木を切ったり草を焼いたりすると、魔獣の行動ルートが変わって、周辺の村や町に被害を及ぼす可能性があるからな。その辺りは冒険者でもしっかり考えて行動してくれているようだ」

 誠はいくつかある焚き火跡の一つを選ぶと、その近くに作業台を置いた。手に剣を持ったアレクセイは、その様子をじっと見ている。

「ん?どした?」
「いや…。マコトと二人でキャンプというのも、楽しいだろうな」
「そうだね。でも今って、危険な時期なんじゃないの?」

 日本でも、秋の山は冬眠に入る前の熊や、好物のサツマ芋などを探す猪に出会うと危険だ。やはり国や世界が違っても、秋の山は危険というのは同じなのだろう。幸いこの辺りはなだらかな地形だが、林と言ってもかなり広いようなので、いろんな生物が生息しているだろうことが予想される。

「危険だな。だから、初夏はどうだ。星も綺麗に見えるだろう」
「良いね」

 この世界にも人工的な明かりはあるが、東京の夜よりは暗いだろう。星が好きなら、一度は都会を離れて山で一夜を過ごしてみると良い。田舎の海岸でも良い。星の数や見え方が全く違うからだ。
 誠は山にキャンプに出かける時は、夜になると必ず、ぼーっと星空を見上げている。夜になると輝く宝石達に想いを乗せた太古の人達の気持ちが、少しだけ分かるようだ。
 この世界の初夏の夜空は、どんなふうなんだろう。想像するだけでも楽しいし、それを提案してくれたのがアレクセイということも嬉しかった。

「マコト。俺はしばらく離れるが…」
「うん。気ぃ付けてな。行ってらっしゃい」
「……」

 誠がそう挨拶をすると、なぜだかアレクセイは真っ赤になっていた。どうしたのかと尋ねると、その言葉でこれから二人の生活が始まるのだと、しっかり自覚したそうだ。

「…これからは、その言葉が毎日聞けるんだな」

 まだ頬の赤いアレクセイは、口元を手で覆ったまま言う。

「だね。…良い家、探そう」

 アレクセイが、あの物件を断ってくれて良かったと、誠は切に思う。誠が家を探すポイントは二つ。キッチンが広いことと、龍脈が真下とは言わないでも近くを通っていることだ。家は小さくても良い。欲を言えば、実家と同じく家庭菜園をしたいので、ちょっとした庭付きを希望だ。

「ああ」

 短く言ってから、アレクセイは踵を返した。元気に揺れている尾を見送ってから、誠は調理を開始した。

「兎肉かー。ソテーとかかな」

 捌くのはアレクセイに任せよう。誠は他の料理に取り掛かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

龍の寵愛を受けし者達

樹木緑
BL
サンクホルム国の王子のジェイドは、 父王の護衛騎士であるダリルに憧れていたけど、 ある日偶然に自分の護衛にと推す父王に反する声を聞いてしまう。 それ以来ずっと嫌われていると思っていた王子だったが少しずつ打ち解けて いつかはそれが愛に変わっていることに気付いた。 それと同時に何故父王が最強の自身の護衛を自分につけたのか理解す時が来る。 王家はある者に裏切りにより、 無惨にもその策に敗れてしまう。 剣が苦手でずっと魔法の研究をしていた王子は、 責めて騎士だけは助けようと、 刃にかかる寸前の所でとうの昔に失ったとされる 時戻しの術をかけるが…

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

処理中です...