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ショコラの接吻
02 ー 新居
しおりを挟む平民街の市場に行くと、改めてここは王都だということが分かる。港街セーヴィルよりも多種多様な人々が流れを作り、朝ということもあってかパンを買い求める主婦(主夫)や冒険者が多いのは、どこも同じなのかもしれない。
並んでいる店や建物は三階建てのものがぽつぽつと見られた。クリーム色の漆喰で塗られた壁が多いのが、王都の建物の特徴だろうか。けれど、この街からでもよく見える王城の壁は白く、絵本の中から飛び出してきたような、まごうことなき「城」という佇まいだ。
市場は建物の店が並んでいる区画と、露店、屋台が集まっている区画が交互に並んでいて、長い通りを歩いていても飽きない。しかも王都と言うこともあって、国内各地や海外から輸入されている物も数多く並んでいた。これまで通ってきた村や町以外の特産品もあったので、誠はそれを目にする度に立ち止まってしまっていた。
それを何度か繰り返したところで、案内役のアレクセイの存在を思い出した。いや、目に入っているのだが、そこに居るのが当たり前になっているので改めて、といったところか。
「…ゴメン、アレクセイ」
「何がだ?」
通りの邪魔にならないところで止まった誠に、アレクセイは不思議そうに首を傾げた。
「いやぁ…俺ばっか楽しんでたから」
店を見て回っている間、話はしていた。していたのだが、アレクセイは相槌を打つか、腕を引く誠に笑みを浮かべながら着いて回っていたかのどちらかだった。
「見回り以外でゆっくりと店を見たことが殆ど無かったから、俺は楽しかったぞ。誠が楽しんでいれるなら、俺はそれが嬉しいんだ」
油断をしていると、こうしてアレクセイは恥ずかしくなるような台詞を投下してくる。分かっているはずなのに誠は未だに慣れず、頬をほんのり染めた。
これ以上口説き文句を放たれては敵わないと、誠は話題を変えた。
「…ん。アレクセイは何か買う物ある?」
「そうだな…特には無いぞ。装備の補充は、騎士団専用の商会があるしな。…ああ、そうだ。魔道具店に行く約束だったな。どうするマコト、今から行くか?」
「行きたい…けど、キャンプ飯の場所って、遠いの?お昼が遅くなりそうなら、後日とかでも良いよ」
魔道具店の規模にもよるが、きっと長居をしてしまうだろう。アレクセイは昼食を楽しみにしているようなのでそう提案すると、アレクセイの尾はゆらりと揺れた。
「少し遠出をして、現地で肉を確保しようと思っているんだ。今から行けば、昼頃には着くんだが…俺は遅くなっても良いぞ」
そうは言っても、アレクセイの耳は少しだけ後ろに寝ている。頑張って尾の角度を保ったつもりなのだろうが、耳までは感情を隠しきれなかったようだ。
それを見た誠はクスリと笑うと、これから移動しようと提案した。それを聞いたアレクセイの尾は元気に揺れ、耳もピンと立ち上がる。相当嬉しいのだろう。キャンプ地の予定を詳しく聞くと、その辺りで獲れるラビット系の魔獣肉を現地調達する予定らしい。
まだマジックバッグに大量の肉が残っていると言ったが、この時期のラビット系の肉は冬眠前なので脂肪が乗って美味しいとのことだ。どうやら銀狼は、兎肉をプレゼントしてくれるのだろう。
嬉しくなった誠は、早く行こうとアレクセイの手を握って城門に早足で向かった。
検問所で門番達にジロジロ見られたり驚愕の表情を浮かべられたりしたが、アレクセイはどこ吹く風だったので誠もそれに倣う。寮の食堂でも同じ表情を浮かべた団員を数多く見たのだが、本当にローゼスが言った通りなのだろうかと疑心暗鬼になってしまうが、それよりも今はキャンプ飯を作る方が先だ。
さっきから、何を作ろうか、そしてそれを食べたアレクセイの笑顔が見れるのか。誠はそればかり考えている。
城門から少し離れたところで、アレクセイは立ち止まった。ここからは獣身で移動だそうだ。自分も狐になろうとしたところで、誠は思いとどまる。
本当は狐の姿になって、アレクセイと思い切り走ってみたい。けれどその姿を他人の目に晒すことは、面倒を呼ぶことと同じなのだ。
そんな誠の内心を分かっているのか、大きな銀狼は誠の目の前で伏せた。ついついその艶やかな毛並みを撫でてしまう。
「マコト、上に乗れ」
「うん。ありがと」
「落ちるなよ」
アレクセイが人型だったら、絶対にニヤリと笑っているだろう。「落ちないよ」と言いながら強めに毛を引っ張ってから、誠はアレクセイの背中に乗った。
セーヴィルに移動した時よりもアレクセイの足取りはゆっくりだったので、誠はその分、風景を楽しめた。
少し向こうにある道には、冒険者や商人らしき大小の荷馬車が何台も行き来しているのが見える。誠は夜の落ち着いた時間も好きだが、こうして活発な朝の光景も好きだ。短い生の時間を精一杯生きている人々の活気は、妖怪や神々にはあまり見られないものだからだ。
アレクセイは時折早く走ってみたり大きくジャンプしたりして、誠を飽きさせないようにしてくれた。
途中で休憩を挟み、着いた目的地は林の入り口だった。腕時計を確認すると、そろそろ長針と短針がてっぺんを示そうとしている。これから調理を始めると、丁度良い時間になるだろう。
そこから少し入った少し拓けたところで、アレクセイは足を止めて人型に戻った。
「この辺りは冒険者達がキャンプを張る場所なんだ」
「へぇ。だからちょっと拓けてるし、焚き火の跡があるんだな」
「ああ。無闇に木を切ったり草を焼いたりすると、魔獣の行動ルートが変わって、周辺の村や町に被害を及ぼす可能性があるからな。その辺りは冒険者でもしっかり考えて行動してくれているようだ」
誠はいくつかある焚き火跡の一つを選ぶと、その近くに作業台を置いた。手に剣を持ったアレクセイは、その様子をじっと見ている。
「ん?どした?」
「いや…。マコトと二人でキャンプというのも、楽しいだろうな」
「そうだね。でも今って、危険な時期なんじゃないの?」
日本でも、秋の山は冬眠に入る前の熊や、好物のサツマ芋などを探す猪に出会うと危険だ。やはり国や世界が違っても、秋の山は危険というのは同じなのだろう。幸いこの辺りはなだらかな地形だが、林と言ってもかなり広いようなので、いろんな生物が生息しているだろうことが予想される。
「危険だな。だから、初夏はどうだ。星も綺麗に見えるだろう」
「良いね」
この世界にも人工的な明かりはあるが、東京の夜よりは暗いだろう。星が好きなら、一度は都会を離れて山で一夜を過ごしてみると良い。田舎の海岸でも良い。星の数や見え方が全く違うからだ。
誠は山にキャンプに出かける時は、夜になると必ず、ぼーっと星空を見上げている。夜になると輝く宝石達に想いを乗せた太古の人達の気持ちが、少しだけ分かるようだ。
この世界の初夏の夜空は、どんなふうなんだろう。想像するだけでも楽しいし、それを提案してくれたのがアレクセイということも嬉しかった。
「マコト。俺はしばらく離れるが…」
「うん。気ぃ付けてな。行ってらっしゃい」
「……」
誠がそう挨拶をすると、なぜだかアレクセイは真っ赤になっていた。どうしたのかと尋ねると、その言葉でこれから二人の生活が始まるのだと、しっかり自覚したそうだ。
「…これからは、その言葉が毎日聞けるんだな」
まだ頬の赤いアレクセイは、口元を手で覆ったまま言う。
「だね。…良い家、探そう」
アレクセイが、あの物件を断ってくれて良かったと、誠は切に思う。誠が家を探すポイントは二つ。キッチンが広いことと、龍脈が真下とは言わないでも近くを通っていることだ。家は小さくても良い。欲を言えば、実家と同じく家庭菜園をしたいので、ちょっとした庭付きを希望だ。
「ああ」
短く言ってから、アレクセイは踵を返した。元気に揺れている尾を見送ってから、誠は調理を開始した。
「兎肉かー。ソテーとかかな」
捌くのはアレクセイに任せよう。誠は他の料理に取り掛かった。
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