神様の料理番

柊 ハルト

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バターの微笑み

03 ー 初めての屋台

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「トマーって、ドワーフのトマーか?」

 夕飯時。屋台がどうだったか聞かれたので掻い摘んで皆に話すと、トマーは有名なのかレビが食いついてきた。

「そうだけど。隣で金物の露店出してたよ。レビ、知り合い?」
「いや、こっちが一方的に知ってるだけだ。そのトマーが俺の知ってるトマーなら、先の戦争時代に名を馳せた、名工トマーだろう。戦後からは金物屋に転身して、各地を回ってるって聞いたことがあるけどな」
「へー。じゃあ、今はこの領で生活してるのかな」

 ドワーフもエルフも物語と一緒で長寿らしい。妙な接点があったものだと、誠は一人頷いていた。
 夕食の皿を片付けながら、誠は明日からの予定を練っていた。いや、練らなければならないのは生地だ。
 今日一日で、数日分を予定していたクッキーは完売してしまった。いくらアレクセイ効果があったとはいえ、誠としてはまさかという結果だったが、アレクセイ達は口々に、
「マコトの菓子ならすぐ売れる」
「俺も買いたかった」
「むしろ班長のそんな姿を見たかった」
「僕も次は買いに行きます」
 との感想をくれた。トマーや午前中に売った客の中にも常連客になってくれそうな人が居たし、時間がある時に一気に作っておけば今後が楽だろう。
 誠は自分用の小麦粉をドンと出すと、気合いを入れ直した。
 クッキー生地を休ませている間にメレンゲクッキーを。そしてメレンゲクッキーで使わなかった卵黄は、スイートポテトに回すことにする。帰りに市場を覗いてみると、サツマ芋がまとめ売りをされていたので、誠は当たり前のように大量に購入したのだ。生クリームも隣の領が酪農地だそうで、この領でも出回っている。

「…スイートポテト祭りか」

 それでも消費し切れないので、ビスコッティも作ってみる。
 ビスコッティとは二度焼きを意味する言葉で、ザクザクした硬い食感が楽しめるイタリアの庶民的な焼き菓子だ。十九世紀後半に作られたカントゥッチが、ビスコッティの最初のレシピらしい。
 コーヒーや甘口のデザートワインに浸して食べると美味しいのだが、誠はコーヒーを片手にビスコッティを食べるアレクセイを想像してしまい、それを無理矢理頭から追い出した。
 スイートポテトは意外にも日本発祥の洋菓子だ。元々さつま芋に鶏卵と砂糖を混ぜ、サツマ芋の皮に盛って料理としていたものが、一八八七年に小さく作って表面に卵黄を塗って焼く菓子に変わった。そして戦後、有名な菓子店数店がスイートポテトを売り出したことによって、全国に定着したのだ。
 ミョート村からこの街まで、サツマ芋はそのまま焼くか、サラダ、スープの具材としか利用されていなかったので、これは皆のおやつとお供え物用だ。
 夜の定期報告が終わったらしいアレクセイが厨房に顔を出す頃には、甘い香りが別館の上の階にも流れていた。

「何か手伝おうか?」

 誠が毎回言うので、アレクセイは厨房に入る前には洗浄魔法を自らかけることが癖付いたようだ。身綺麗になったアレクセイは、クッキー型でせっせと型抜きをしている誠の横に立った。

「マジで?じゃあ、型抜きお願いしようかな」

 これも自分達なりのスキンシップの一種だろうかと、誠はアレクセイにクッキー型を渡しながら考える。疲れているはずなのに、アレクセイは誠と一緒に居たがる。
 誠はいつもなら一日の大半を厨房で過ごす生活をしている。こちらの世界に来ても、それは殆ど変わっていないので、アレクセイの空き時間は彼が自ら動かねば、こうして一緒の時間を意図的に増やすことはできない。
 夜のスキンシップが増えたのは、ここ数日だ。朝食と夕飯は一緒に摂っているが、それでも一緒に居られる時間は短い。
 誠が自ら動けば良いのだろうが、今は少し時間が足りない。アレクセイに甘えていると思いつつも、楽しそうにクッキーの型抜きをしているアレクセイを見ていると、素直に「ゴメンね、ありがとう」との言葉が出てきた。

「なぜだ?俺は楽しんでやっているし、少しでもマコトの手伝いができるから嬉しいんだが」
「でもさぁ…もう少し、ゆっくりした時間を取りたいとか思わない?」

 クッキー型を、花の形に変える。好きな星形は、アレクセイに譲った。

「お互い、仕事の時間が違うだろう。確かにそんな時間を取りたいとは思うが、君と過ごす時間はどんな時でも素敵な時間だと俺は思うぞ」
「なっ…」

 誠の頬が、一気に赤くなった。まさかの口説き文句が、この場で出てくるとは思わなかったからだ。
 そんな空気ではなかったはずだが、アレクセイは隙あらば誠を口説こうとする。もうツガイになっているのに。
 そんな甘い言葉を聞き慣れていない誠は、こういった空気に弱いと気付かされる。いや、アレクセイが言うから、弱いのかもしれない。地元でナンパしてきた神使や妖怪などの言葉は、甘いどころか誠をイラだたせるだけだった。

「…甘~い」

 いつの間にか、厨房の入り口にはトーテムポールができていた。レビ達だ。

「お前ら…何か用か」

 一気に甘い空気を霧散させたアレクセイが聞くと、代表してレビが手を上げた。

「サツマ芋らしき甘い匂いのせいで、俺達眠れません!」
「ああ…ここに居ると、匂いに慣れるからなぁ」

 誠はオーブンを見る。そろそろ焼き上がる頃だろう。

「夜遅いから、少しだけな」

 冷めても美味しいが、焼きたてのスイートポテトも美味しい。飲み物は、ホットミルクにしようか。
 焼き上がるまで、あと少し。
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