神様の料理番

柊 ハルト

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ミルクの優しさ

01 ー スイスかフランスか

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 門番に冒険者カードを見せて無事に村に入った誠は、急かすように背後を振り返る。アレクセイは胸元からチェーンにぶら下げた小さなプレートを、門番の持つ魔道具らしき物に照合させていた。

「さっきのって、何?」

 プレートをしまいながら誠の元にやって来たアレクセイは、誠のために再びそのプレートを
 出してくれた。先には小さな赤い石が埋め込まれている。
 よく見ようと、誠はそっとプレートに触る。まだアレクセイの体温が残っているのに気付いき、何だか恥ずかしくなった誠は手を離そうとしたが、プレートを持っている手は上からアレクセイに握られ、離せなくなってしまった。

「このプレートの石には、個人情報が記憶されている。先ほどは、俺が確かに騎士団員だと門番に確認してもらってたんだ。色の石は自由に選べるのだが、マコトの目と同じだろ?」
「うん…そうかな」
「ああ。綺麗な深い赤だ」

 アレクセイは、どちらの色のことを言っているのだろう。目を覗き込まれているせいで、誠には分からない。
 何度か瞬きをしていると、アレクセイの後ろから申し訳なさそうな声が聞こえてきた。

「あの…班長、すみません。全員揃いましたが…」

 いつも元気なレビだが、こういう時に駆り出される係なのだろうか。声がかかった瞬間に、一瞬魔力が漏れたアレクセイのレビを見る目は、怒りに燃えていた。



 これから村長と会わなければならないアレクセイ達とは、少しの間、別行動になる。
 当たり前だが誠は騎士団員でないので、村長との会見の場にまで同行することはできない。過保護が爆発したアレクセイは、せめてドナルドを警護に残そうとしていたが、誠は全力で止めた。
 大通りの奥にあるというルシリューリクの石像を待ち合わせ場所に決め、渋るアレクセイと別れた誠は、店を冷やかしたいのを我慢して先に所用を済ませておくことにした。
 まず向かったのは、冒険者ギルドだ。
 ミョート村のギルドより、建物は小さい。利用者と建物の大きさは比例するのか、掲示板にはあまり依頼が貼られていなかった。あったとしても牧場付近の魔獣討伐だとか、チーズ作りの手伝いなどだ。
 そう言えば、と誠は腰に手を当てる。
 浮かれて良く見ていなかったが、門に並んでいたのは荷馬車を引いた商人が数人居た気がする。通りには冒険者の姿は少なかった。
 この村は冒険者よりも商人の方が、訪れる数が多いのかもしれない。

「どうすっかなぁ…」

 自分が受けられるレベルの依頼を見る。チーズ作りを手伝ってみたいが、数日間拘束されてしまう。一人での旅ならその依頼を受けるだろうが、アレクセイ達と一緒なので諦めて、今まで通り薬草採取と、今回はゴブリン退治も受けてみようと決めた。
 受付の職員に教会の場所を聞き、誠はギルドを出た。
 そう。次は本命の、教会に行かなければならないのだ。
 ミョート村には教会が無かったので忘れそうになっていたが、誠の本来の目的は、ルシリューリクに「神様の料理番」の力を使って作られた料理を献上することだ。
 館に居る時に時間を見つけてはスイーツなどを作っていたので、物だけはある。
 教えてもらった道を辿ると、小さいながらも立派な教会に行き着いた。この村は信者が多いのか、村人や少し良い服を着た人が出入りしている。
 誠は人の流れに沿って、教会の中に入っていった。
 中では二人の神父が、礼拝者から食料や寄付を受け取っている。等間隔で並んでいるベンチには、熱心に祈っている信者が数人居た。
 誠はそれを見ながら、奥にある祭壇に近付いて行った。
 祭壇の向こうにはルシリューリクであろう像が、信者を見下ろすように立っている。どう見ても逞しい若者の像にしか見えないのだが、それがこの宗教共通のルシリューリク像なのだろうか。実物に二回会ったことのある誠は、少しイラッとしてしまった。

「こんにちは。お祈りですか?」

 像を睨むように見ていた誠は、その声にハッとする。
 信者に喧嘩を売りに来たのではないのだ。誠は笑みを浮かべながら、顔を声の主に向けた。

「はい。お祈りを、と」
「そうですか。あなたの祈りは創造神ルシリューリク様の御力になります。あなたに神のご加護があらんことを」
「ありがとうございます」

 誠は神父の話に適当に合わせ、ベンチに座って祈るふりをしながら教会内の構造をこっそりと確認していた。夜中に忍び込むためだ。
 さすがにこの場で馬鹿正直に神父にスイーツを披露すれば、後々面倒なことになるのは目に見えている。司祭やらの信仰具合によっては王都の大聖堂に閉じ込められる可能性がある以上、迂闊な行動を起こせない。
 近くに座っていた信者が席を立ったので、誠もそれに続いて席を立ち、また人の流れに沿って教会を後にした。

「はー…教会って苦手だな」

 多信仰の国で育ったからなのか、誠は一神教の施設が苦手だ。遠野の基本は諏訪だが、家業が家業だけに、いろんな神に祈り、そして食を捧げている。それが当たり前なので、どうしても一神教の感覚が分からないのだ。
 誠は少しだけ「café 紺」に来店する面々が懐かしくなった。

「…よし!チーズ見にいこう、チーズ」

 気分を切り替えて、食品を扱う通りに向かう。これから楽しいことが、待っているのだ。
 けれど、ふと両手が自由なことに気が付く。そして、少し寒いことにも。
 この一週間以上、隣にアレクセイが居ることが、当たり前になっていた。そして、いつの間にか手を繋がれている。手が寒いと思う暇も無かった。

「あーあ。見事に絆されちまってやんの」

 誠は両手をコートのポケットに押し込み、歩みを早めた。
 目的の通りは、様々な匂いが混じっていた。どこからかチーズの香りが漂ってくる。チーズ料理の店が、近くにあるからなのかもしれない。
 夕飯はチーズ料理の店に行くことになっているので、今は我慢だ。食べたい気持ちを押し留め、誠は近くのチーズ店に入った。
 店内では、ホールチーズが種類毎にどん、と積まれている。カフェではカットされた物しか使わないので、誠の目には新鮮に映る。
 チーズの種類には明るくないので鑑定を使って一つ一つ見るが、日本で食べられている物や、聞いたことのある物が多い。計り売りもしていたので、誠は少量ずついくつか買い、店を次々と見て回った。
 他の食料を粗方補充したところで、またチーズ店に入る。そこのガラスケースの中には、誠が慣れ親しんでいるチーズが鎮座されていた。

「クリームチーズ…だと…」

 驚いて固まってしまう。
 地球でのクリームチーズの歴史は浅く、一八七二年にニューヨークで、乳製品加工業者が生クリームと全乳で作ったのが始まりと言われている。
 まさかここで会えるとは思っていなかったクリームチーズを前に誠が固まっていると、店員のおばさんが話しかけてきた。

「いらっしゃい。クリームチーズに興味があるのかい?」
「え?はい、そうです。料理とかで、よく使ってます」
「そうかいそうかい、嬉しいねえ。これは村の酪農家が神の天啓を受けて作った物でね、王都でも人気だそうだよ」
「へー…天啓…」

 一体どういうことだろう。ルシリューリクの啓示は、司祭や神子に降ろされると思っていたが、一般市民にも降りるのか。
 誠は疑問に思ったが、考えても仕方の無いことだ。創造神が創った世界は、創造神の物だ。介入する気は無い。

「お姉さん、クリームチーズください」

 店員は王都で買えると言っていたが、この村で買った方が絶対に安い。誠はキロ単位でクリームチーズを買い込み、そしてアレクセイからの連絡もまだ無いので、時間が来るまで薬草採取をすることにした。
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