神様の料理番

柊 ハルト

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ミルクの優しさ

01 ー キャンプ飯

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 あの夜から一週間後、無事にアレクセイ達の後任がミョート村に到着したので、引き継ぎを済ませたアレクセイ班と誠は次の村へと移動していた。
 調査班の面々はオーガ出現の調査終了の目処が全く立たないので、まだまだ居残りだそうだ。誠はその一週間で彼らの胃袋をしっかりと掴んでいたので、村を立つ朝には盛大に泣かれてしまったことは、記憶に新しい。
 そして誠はその間に商業ギルドで登録を済ませ、屋台ではなく脚付きのカラーボックスに近い家具を買った。屋台の台を挟んで売るよりは、試食で客を引きやすいようにボックスの隣に立って商品を売る作戦にしたのだ。

「はー…見渡す限りの草原だな」

 村を立ってから約半日。誠はアレクセイの隣を歩きながら、変わり映えしない周辺を見てそう言った。
 王都騎士団が秋に行う魔獣討伐は巡回ルートが決まっており、王都周辺からはじまりの森へと向かう。通過する領地の騎士団達と合同で討伐を行うのは先発のアレクセイ班のみだが、次から次へとアレクセイ率いる一班の残りのメンバーや他の班が少人数グループを組んで森を目指している。
 討伐ルートから漏れていた魔獣の集団が急に村などを襲っても、被害は最小限に抑えられるのでいつからかこういうローテーションがとられるようになったそうだ。
 各グループの連絡は、連絡鏡という魔道具で取っているらしい。ローゼスが王都に居るはずだったフレデリクと素早く連絡を取れたのは、このおかげだった。
 誠はアレクセイに実物を見せてもらったのだが、どう見ても女性が持つようなファンデーションのコンパクトで、開くと片方には鏡、もう片方には魔法陣が描かれていて、その中央には魔石が埋め込まれていた。
 誠は密かに、昔のアニメの変身コンパクトかと思ってしまった。

「王都は森のずっと西なんだよな」
「そうだ。向こうに見える山を越えるんだ。越えてからは、街ばかりだな」
「へー」

 誠と手を繋ぎながらも、アレクセイは周囲への警戒を怠らない。
 前方を行くコヨーテ獣人のレビは、犬獣人のルイージと漫才を繰り広げている。その後ろでは、熊獣人のドナルドがその様子をニコニコしながら見ており、鷹獣人のオスカーはドナルドの隣を歩いたり、空を飛んだりしていた。
 こうして後ろから見ているとただの楽しそうな旅のように見えるが、ひとたび魔獣の気配を感知すると、彼らは一変する。
 アレクセイの指示を目視し、まずはレビとルイージが弾丸のように飛び出して行く。獲物が大物だと、空中からはオスカーが、地上ではドナルドがどっしりと構えているので、隙が無い。
 それにしても、と、誠は改めて彼らを見る。

「イケメンばっかかよ」
「マコト、何か言ったか?」

 誠はこのイケメン集団の中でも一際輝いている隣のイケメンを見上げた。
 その銀色のイケメンは誠と目が合ったのが嬉しいのか、銀色の尾を振っている。

「いや、別に。向こうの山には、何があるのかなーって」

 誠は誤魔化すように、繋いでいる手をブンブンと振ってやった。
 ここからでは、越える予定の山の標高は分からない。誠は登山の自信は無いが、途中で寄るという村で出会えるだろう特産物に思いを馳せた。



「今日はここまでにしよう」

 アレクセイが指示を出す。
 順調に進んだので、少し早いが山の麓で一泊してから山を登るように予定を組み替えたのだ。
 山から流れている川が近い。誠はその川を覗くと、川底に短い黒い線を見つけた。

「川魚だ…!」

 正直、肉ばかりで飽きていた。
 マジックバッグには兄特製の魚料理も入っている。誠が館で世話になっていた間、食事を用意するのは朝と晩だけだったので、昼食にその魚料理を食べることが多かった。しかし、朝も肉、夜も肉と、とにかく肉だらけの料理ばかりだったので、そろそろ魚を調理したくなっていたのだ。

「マコト」

 川を覗き込んだまま動かない誠の背後から、アレクセイが声をかける。
 誠が振り向くと、その手には釣り竿が二本握られていた。更に後ろからは、ドナルドも釣り竿を片手に続いている。

「一緒にどうだ?」

 アレクセイが釣り竿を、ひょいと上げる。
 それを見た誠はにんまりと笑い、釣り竿を受け取った。
 誠を真ん中にして 三人で川辺に座り、釣り糸を垂らす。この世界にも折り畳みの小さな椅子はあるようで、アレクセイもドナルドも自前の椅子をマジックバッグに入れていた。

「何か討伐の遠征って、もっと過酷なんだと思ってた」

 釣り竿を少し上下させながら、誠が言った。
 少し後ろからムードメーカーである、レビのはしゃいでいる声が聞こえる。テントの設営は、今回は彼らの番のようだ。
 アレクセイは彼らの様子を見てから、少し笑った。

「そうだな。そんな時もある。今回はオーガの亜種以外は楽なものだ。それに、いつも気を張り詰めていると、疲れるからな」
「なるほろ。切り替えがしっかりしてるのか」
「ああ、遊びではないからな。とは言え、こういう雰囲気は討伐班のリーダーにもよる…かな」
「そうそう。カーマインさんの時は、レビさんでも道中は無言ですよ」

 ドナルドが笑いながら、会話に加わった。
 彼は秋の討伐の参加は二回目だが、前回はアレクセイ班ではなく、カーマインがリーダーの班だったらしい。

「カーマインさんって?」
「一班の副官です。班長よりも団員歴が長いんですけど、現場主義らしくて、班長の副官以上には行かない方ですね。あ…あの方も"氷の帝国"の住人ですよ」

 最後の方は、誠にこそっと伝えられた。
 それを聞いて、アレクセイをチラッと見た誠は吹き出してしまった。
 氷の帝国の件は団員達の共通認識なのか、常ににこやかなルイージでさえ黒豹帝王のことを「氷の帝王」と称していた。そして「氷の貴公子」がアレクセイで、他にも「氷の女帝」が居ると、その時に教えてもらっていた。

「じゃあ、そのカーマインさんが氷の女帝なのか」
「そうです。僕らは氷の帝国の、哀れな下僕なんです」
「可愛そうに。仕方が無いから、君には蜂蜜クッキーを贈呈してやろう」
「ありがたき幸せ!」

 誠とドナルドが即興で上官部下ごっこをしていると、少し拗ねたアレクセイが聞いてきた。

「随分と俺の班員達と打ち解けたな」
「うん。皆、いい奴だしな。それに、ドナルドは大きいけど弟キャラだし、何か可愛い」
「そうか。俺も可愛いぞ」

 真顔でアレクセイがそう言うので、誠はまた吹き出した。
 ドナルドは、そんなアレクセイを見て固まっている。

「班長がそんな冗談を…」
「冗談ではないぞ。俺の尻尾は可愛いんだ。マコトも気に入っている」
「え…まぁ…うん。フサフサでフワフワだしな」
「ほらな」

 ドヤ顔を見せるアレクセイに、ドナルドは固まったままだ。
 誠はそんな二人をスルーし、釣り竿を引き上げた。魚がかかっていた。
 ある程度数が釣れたので、誠は先にその場から離れた。アレクセイとドナルドは食料確保のために、もう少し粘るそうだ。
 焚き火の近くには、誰かが出してくれた調理台がある。誠はオスカーに聞いて、それを借りることにした。

「何か手伝おうか」
「おう、お願い。魚を三枚に捌いてほしいんだけど…できる?」
「大丈夫だよ」

 誠はオスカーをアシスタントに、調理を開始した。
 今晩のメニューは、川魚とレンズ豆のトマト煮だ。オスカーが用意してくれた寸胴鍋に適当にカットした材料を入れ、調味料を入れる。スパイスはバジルとタイム、胡椒にした。魚が淡白なので、スパイスは少し多めに。香り付けにはローズマリーを使用する。

「はー…相変わらず美味そうだけど、マコト君って豆が好きなの?」

 切り終えた魚を盛ったバッドを誠に渡しながら、オスカーが聞いてきた。
 誠はそれを受け取り、鍋に入れる。

「好きでも嫌いでもないけど、結構使うなぁ。豆類は栄養価が高いのに低カロリーだし、いろんな色があるから、彩も綺麗じゃん。あとは…ミョート村で安く買えたんだよ」
「なるほど…。俺ら、めっちゃ食うからな。食費は大事だな」
「そうそう」

 上からワインビネガーをふりかけて蓋をした。

「後は煮込むだけなんだけど…」

 焚き火にはトライポッドが準備されている。トライポッドとは三脚、もしくは四脚の焚き火用の調理器具だ。火を跨ぐようにセットし、脚を束ねている頂点から鎖などについたフックを垂らして、それに鍋などを吊り下げて調理するのだ。
 さすがに重いので、鍋を吊り下げるのはオスカーにお願いした。
 もう一品作ろうかと調理台に戻ったところで、誠は辺りが静かなことに気が付いた。

「なあ、オスカー。レビとルイージは?」
「狩りだろうな、多分」
「マジかよ。元気だな、アイツら。それで…何か獲って来ると思うか?」
「そうだな…あの二人の鼻があるから、獲って来るだろ」
「そうかー。うーん…」

 誠は少し考えた後、バッグからナスとズッキーニ、パプリカを取り出した。そして味の決め手となる瓶を、ドンと作業台に置いた。
 オスカーはその瓶を手に取り、まじまじと見ている。

「これって、粒マスタードだよな?」
「正解。実家のカフェのオリジナルの配合だから、レシピは秘密な」
「マジか。教えてもらおうと思ったのに」

 ミョート村のスパイス店で売っていたのは、乾燥された白と茶色の粒マスタードだった。誠は速攻でそれらを購入した。
 今後使うだろうと、館に居る時に水で戻して調味料を混ぜて完成させたのが、その瓶の中身だ。フレッシュなスパイスの香りは、癖になる。
 早々に出番が来るとは思わなかったが、それもこれも主食が肉という彼らのために野菜を食べさせるためなのだ。
 軽口を叩きながら野菜をサイコロ状に切っていると、誠周りにはいつの間にか戦利品を携えた野朗共が集まっていた。
 イケメン集団だが、むさ苦しい。
 皆、誠よりも上背があるので、圧迫感が凄いのだ。誠は当たり前のように隣を陣取っていたアレクセイを、少し睨んだ。
 鍋が煮えたら、食事の時間だ。
 配膳はドナルドに任せ、誠はグリルで黒パンを炙っていた。
 館に居た一週間でスターターは完成したのだが、いかんせんパンを捏ねる時間が無い。誠は皆にパンを配り、席に着いた。

「祈りを」

 アレクセイ達から上る祈りの光も、彼らの盛大な食欲も、この一週間で見慣れたものだ。
 相変わらず上品に、だが大量に食べるアレクセイを横目で見ながら誠は、今日の料理も気に入ってくれて良かったと、一人で悦に入っていた。
 視線を感じたのか、アレクセイが誠を見る。そして、何かに気が付いたのか、手を伸ばしてきた。

「…何?」
「パンくず。付いていたぞ」

 アレクセイは誠の口の端を優しく拭うと、その指を誠に見せつけるようにゆっくりと舐める。
 その指から目が離せなかった誠は、瞬時に顔を赤く染めてしまった。

 夜番は交代で行う。順番はクジで決めてあったので、最初の番になっている誠は、アレクセイと一緒に焚き火を囲んでいた。
 これから約三時間は、アレクセイと二人きりだ。
 妙に意識をしてしまう。
 大判の毛布に二人で一緒に包まりながら、誠はアレクセイの肩に頭を預けていた。隙間無くピッタリと寄り添い、そして手を繋ぐ。こんなに心が満たされていることは、今までなかったように思える。
 アレクセイのおかげだ。
 誠はそう認めるしかなかった。

「マコトが隣に居るから、夜番は暖かいな」

 アレクセイが呟く。
 それは自分も同じだと伝えるように、誠は繋いだ手に少しだけ力を込めた。
 しかし。

「アレクセイ…」
「何だ?」

 低い声で名前を呼ばれたことを不思議に思ったのか、アレクセイは少し戸惑っている。

「あのさぁ…尻尾振ってるせいで、毛布が捲れて寒いんだけど」
「…すまない」

 こうして良い雰囲気を自らぶち壊してしまったアレクセイの尾は、夜が明けるまで動くことはなかった。
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