神様の料理番

柊 ハルト

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蜂蜜の吐息

15 ー ミョート村

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 一夜明けると、ミョート村はまた元の活気を取り戻していた。
 王都騎士団が大々的な改革を行なった際に、森が近い村の安全面も大きく見直されたらしく、年に一度は避難訓練を行っているそうだ。村の住民達や冒険者達の対応が早かったのは、その訓練が生かされた結果だ。
 それに、はじまりの森の近くに住むということは、もたらされる恵が多い代わりにそれなりの覚悟が必要だ。村人が強いのも、被害が無かった一端を担っているのだろう。
 フレデリクとローゼスはオーガの亜種を引き取り、昨夜のうちに王都へと召喚陣より帰還している。その前に、クッキーは忘れずにローゼスに渡してやった。彼は甘い物好きらしく、物凄く喜んでくれていた。
 何でもローゼスは休暇中なので蜂蜜を買いに来ただけなのに、今回の事件に巻き込まれてしまったそうだ。何とも可哀想なタイミングだが、彼が居たからこそ、住民が避難した後の館を任せられたし、そこに人員を割かなくても良かったのだ。
 そして夜明けと共に、館内には王都騎士団の調査班数名が増えた。オーガの亜種がどのように発生したのかを調査するために、王都騎士団から派遣されたそうだ。

「騎士団は、大変な仕事だな」
「そうだな。一番大変なのは、移動中の飯だな」

 誠の言葉を拾ったアレクセイは、真剣な顔で言った。

「マジックバッグ持ってるなら、料理入れとけば良いだろ」
「最初はそうしていたのだが、皆の食う量が量だからな。寸胴鍋をいくつも用意すると、他の物が入らなくなるんだ」
「飯か、生活用品と装備か…」
「そうだ。問題だろう」
「そうだな」

 奴らは一体どれほど食べるのだろうか。
 誠は王都への旅路が、少しだけ不安になった。
 広場にはいくつか屋台が出ていたので、誠はアレクセイと一緒に朝食を摂っている。
 オーガを倒したとは言え、まだ村の警戒態勢は解かれていない。
 宿に戻れなかったので、誠は館の客室を勧められた。そして団員達とのコミュニケーションを図るためにも、自分達の交代員が到着するまで館で過ごしてくれとアレクセイに半ば懇願されたため、そのまま客室を使うこととなった。


 そのまま広場でアレクセイと別れた誠は宿に出向き、以降の宿泊をキャンセルした足で市場へと向かった。
 夕方までは自由時間だ。と言うよりも、アレクセイは団員や調査班達と共に、オーガの亜種が発生したであろう場所の特定や、周辺の調査を行わなければならないので、誠が居てもあまり役には立たないのだ。
 アレクセイはそうとは言わなかったが誠はそれが自分で分かっているので、自ら留守番役をかって出た。留守番と言うよりは、食堂のお兄さんと言った方が正しい。
 一宿一飯の恩という言葉があるが、正しくそれだ。
 リバウンドを制する者はゲームを制す。胃袋を掴む者は集団を制す。
 誠はそのことによって、マウントを取るつもりは無い。ただ、アレクセイ班の中で自分の役目を作っておきたかったのだ。それと、多少なりとも迷惑をかけるであろう彼らへの謝礼の意味もある。
 誠は青果店と肉屋に立ち寄った。
 アレクセイが食べる量は大体把握したが、他の連中はどのくらい食べるのだろうか。
 食費はアレクセイから預かっているので、そこから野菜も肉も大量に購入する。主食となるパンや小麦粉などは、更に大量に購入した。
 昼ご飯は村の外で食べた。兄が作ったおむすびセットだ。インスタントの味噌汁も用意した。
 腹を満たした後は、また薬草採取だ。少しでも自分の資金を増やしておきたい。
 途中で料理やサラダに使えるハーブを何種類か見つけたので、誠は嬉々として採取した。
 館に戻ったら、夕飯の準備だ。何しろ人数が多い。
 実家のカフェで人数を捌くことは慣れているが、いかんせん誠はデザートが主なので勝手が違う。時間が余れば焼き菓子でも作れば良いと、誠はバッグから食材と、虎の巻のバインダーを取り出した。

「洋食はダメ、和食はもっとダメ…だよなぁ。どーすっかな」

 アレクセイは日本風に改造された洋食を気に入ってくれたが、他のメンバーは分からない。それに、この世界の味付けが好みの人も居るはずだ。
 作る料理は、あまり差異の無い料理にした方が良いだろうか。

「スパイスなら…インド料理?あとは…東南アジアか、南米とかでも良いかもしれないな」

 数回しか作ったことがないが、きっと大丈夫だろう。誠はそう自分を納得させ、目的のページを開いた。
 作るのは、チリとアルゼンチンの料理。どちらもスパイスを多く使う料理か、塩胡椒などのシンプルな料理もある。この世界の材料で作れるので、彼らも食べやすいだろうとのチョイスだ。
 幸いなことに、この館の厨房はスパイスが揃っている。誠はそれらの瓶を見て、にんまりと笑った。
 生地を捏ねている間に、野菜をサイコロ状に風を使って切り刻む。オーブンの他にグリル台もあったので、羊の魔獣だというコットンシープの肉を回し焼きするのも、手動ではなく風だ。これは兄もよくやる手で、かなりの時短と人件費の削減になっている。

「デザートはどうしよう。作ろうかな…作りたいな…」

 作業台に置いた腕時計を確認すると、もう夕方だ。村の門が閉まる前には戻って来ると聞いているが、はっきりとした時間は分からない。
 誠は購入した物を思い浮かべた。
 日本と季節は同じなので、この村には秋の味覚が出回っている。誠は青果店で、これからが旬のリンゴと、さつま芋も売っていたので、それらを購入していた。
 この村でさつま芋に出会えるとは思っていなかったのだ。これは誠の、完全なる衝動買いだ。
 十五世紀末にコロンブスが新大陸を発見し、そこからさつま芋をスペインの女王へ献上した。それがきっかけでヨーロッパ中に広まったのだが、この世界での経緯は謎だ。
 かと言って、さつま芋に罪はない。美味いは正義だ。

「蜂蜜が特産だしなぁ…」

 いっそスイートポテトを作ってやろうと思ったが、誠はリンゴとさつま芋の甘煮を作ることにした。それはデザートなのかと言われると微妙だが、優しい甘さは疲れて帰って来るだろう彼らの気分をほっとさせられるはずだ。
 さつま芋のアク抜きをしている間に、リンゴをくし切りにする。コトコトと弱火で煮込んでいると、厨房内は甘い香りが広まった。それに引き寄せられるかのように、アレクセイ達が食堂にゾロゾロと入って来るのがカウンター越しに見えた。
 怪我人は誰もおらず、全員無事のご帰還だ。

「お帰り。もう晩ご飯食べれるけど、どうする?」

 誠がそう聞かなくても、団員達の顔を見れば分かる。けれど、これは様式美というやつだ。
 アレクセイの尾はご機嫌に揺れている。レビやドナルドもそうだ。犬系の獣人は分かりやすくて良い。
 他の団員達も、皆一様に鍋や作業台に目が釘付けになっていた。

「すぐにでも食べたいのだが、大丈夫だろうか?」

 アレクセイが代表して誠に聞いた。誠はもちろん、と答えたが、持っていた菜箸を団員達に突きつける。

「その前に、うがい手洗いをすること。もしくは、洗浄魔法だな。綺麗にしてから晩飯だ」

 誠が良い終わるや否や、団員達は一斉に洗浄魔法を己にかけたのは言うまでも無い。
 配膳の手伝いは、熊獣人のドナルドに頼んだ。今回のメニューに蜂蜜を使っているからではない。彼がこの中では一番年下だからだ。
 総勢二十一人が、食堂の一角を占拠している。せっかくの広さなのに厨房の近くの席に固まっているのは、テーブルの中央に置かれた大皿が目当てだろう。
 大皿には、メインは羊魔獣の肉が乗っている。最初は取り分けて各自の前に用意しているが、後は自由に取ってほしい。
 量も人数も多いので、この状態はちょっとしたパーティーみたいだと誠は思った。
 皆に皿が行き渡ったのを確認すると、アレクセイが「祈りを」とだけ言い、指を組んだ。食前の祈りだ。
 皆が一斉に祈ると、それだけ祈りの光が強くなる。誠は目を細めながら、光の行方をそっと追った。

「今回の料理も美味そうだな」
「だったら良いけど。ま、食べてみてくれよ」

 誠の隣を当たり前のように陣取っているアレクセイは、勧められるや否や、真っ先に羊にフォークを伸ばした。
 ちなみに他の団員達は、アレクセイが食べ始めるのを待っている。獣の習性か団員としての規律かは不明だが、見た目は普段の料理に近くても匂いが違うので食べるのを躊躇している、という訳でもなさそうだ。
 現にレビなんかはアレクセイを見ながら、今にも涎を垂らしそうになっている。

「美味い…味付けは塩とニンニクか?他の香りもあるな。焼いた肉にしか見えないが、我が国の料理とこれほどまでに違うとは…」
「肉の焼き方もいろいろあるからね。この緑のソースをかけても美味しいと思うよ」

 ソースは好きなようにかけてくれと、小さなボウルに入れてスプーンを突っ込み、大皿の周り四ヶ所に置いている。もちろん、かけなくても十分に美味しい。
 アレクセイはそのボウルを取って、たっぷりとソースをかけた。

「これは…!」

 ワインビネガーを主としたそのソースの緑色の正体は、大量に刻んだパセリだ。チミチュリという名前で、主にアルゼンチンでいろいろな料理に使われているソースである。ニンニクが入っているが、大量のパセリのおかげで翌朝の口臭も悲惨なことにならないだろう。
 他の香味を入れる場合もあるが、誠はあえてスタンダードなものにした。
 そしてメインの肉料理は、スペイン語で「焼かれた物」を意味するアサード。南米でもパラグアイ以南で食されるものだ。
 ブロック肉を燻すようにじっくり焼くので、肉の旨みがしっかりと閉じ込められている。
 誠は焼く前に、薬草採取の途中で見つけたローズマリーとニンニク、塩、オリーブ油を塗っていた。アレクセイは半分正解していたことになる。

「くっそ美味ぇ!何これ!野営中に食べる肉と全然違うぞ!」
「このソースも、少し辛みがありますが肉と合います。パセリが入っているから口の中がスッキリしますし、肉もたくさん食べられそうですね」
「…美味い。もう王都に帰りたくない」
「これが班長の…」

 最後の奴は、何を言おうとしたんだろう。
 誠はがっついている連中をチラリと見て、苦笑いしていた。大食い選手並のスピードで、皿から料理が消えていっている。

「…もっと作れば良かったかなぁ」

 まだ羊のブロック肉はあと二つ、グリルの上で出番を待っている。この様子だと足りないかもしれない。
 誠は彼らの手を、羊から他に分散させることにした。

「皆、他のも食べてみてよ。ヒクイドリも美味しいと思うけど」

 肉屋で見かけたので買ってみたヒクイドリは、日本ではダチョウの別名だ。この世界では本当に火を食べるらしい。鑑定ではダチョウ肉に似ていると出たので、使えると思ったのだ。
 ヒクイドリは、チリ料理のポジョ・アルベハドにした。本来は鶏肉と野菜の煮込み料理だ。
 誠は塩胡椒で焼いたヒクイドリを、サイコロ状に切った野菜と一緒にトマトペーストと白ワイン、鶏ガラスープと一緒に煮込んだ。
 本来のポジョ・アルベハドもクミンやオレガノなどのスパイスも使うので、彼らも受け入れやすいと思ったのだ。
 米やフライドポテトと一緒に食べたりするが、誠は米の代わりにパンを添えている。

「美味い…美味いぞ…」
「これがヒクイドリか」

 羊よりかは声が少ないが、皆の反応は上々だろう。むしろ黙々と食べている。
 スープはレンズ豆のスープにした。これには肉を入れていないが優しい味わいなので、箸休め代わりに彼らは肉と肉の間に食べていた。
 いつの間にか、この空間には言葉を発する者が居なくなった。皆、真剣に己の皿と向かい合っている。ある種の新興宗教のようだ。
 この時点で大皿の羊は消滅していた。

「あの…コットンシープだっけ。まだ食べる?」

 誠が恐る恐る聞くと、皆の視線が一斉に誠に集まる。
 一瞬ビクッと反応してしまったが、それに気付いたアレクセイは、誠の背中にそっと手を添えた。

「マコト…」
「あ…ありがと。何?」
「ヒクイドリのおかわりも頼む」
「…ああ、うん」

 やや期待ハズレなアレクセイの発言に、誠は少し気が抜けてしまった。
 いや、自分は何を期待していたんだろう。美味いの一言で十分だったはずだ。
 誠は自分の気持ちに首を傾げながら、誠は厨房に向かった。



「マジか…」

 あれだけ用意しておいた料理は、豆の一粒も残らなかった。
 誠は呆気に取られながら、テーブルの上の食器をアレクセイとドナルドに手伝ってもらいながら回収し、食後にと用意しておいた甘煮を出した。盛り付ける気力が無かったので、大皿でだ。

「無理して食べなくても良いからなー」

 一応そう注意したが、大皿が置かれると同時に争奪戦が始まった。

「テメェ盛り過ぎだろうが!」
「お前は、俺よりコットンシープ食ってたじゃねぇか!」
「リンゴばっか取るなよ!」
「誰だ俺の足踏んだのは!」

 怒号が飛び交う。
 疲れた時には甘い物と言うし、甘い物を好む男性は多いと思うのだが、まさかこんな状況になるとは思わなかった。誠は先に取り分けておいた甘煮を、アレクセイにそっと渡した。

「ここに戻って来た時の甘い香りは、これだったのか」
「そう。リンゴとさつま芋の甘煮。この村の蜂蜜で煮たんだ」
「…これも美味いな。甘過ぎなくて良い」

 アレクセイは目の前の醜い争いが見えていないのかのように、優雅に食べている。
 王都騎士団はその半数以上が貴族から構成されると聞いていたので、食事中カトラリーの音はほとんどしなかった。騎士団の食事風景なら、もっとワイルドなんだろうなと思っていた誠は、感心していたのだ。
 それが、今はどうだ。

「子供か…」
「すまない、マコト。普段はもっと…」
「…うん。皆、疲れてるのか」
「それもあると思うが、マコトの作る料理が美味過ぎてな」
「そう言って貰えて良かったよ。一応、プロですから」

 誠は空になった皿を見て、ニッコリと笑った。
 料理に満足してもらえた笑顔は、やはり見ていて嬉しい。それに、自分の料理の腕は何とかこの世界で通用することが、実際に証明されたのかと思う。
 明日は家具店と商業ギルドに行こうと、誠は翌日の予定を立てた。
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