8 / 150
蜂蜜の吐息
05 ー ミョート村
しおりを挟む翌朝。太陽の光と同時に目が覚めた。
「んー…」
大きく伸びをしてから起き上がる。誠はベッドの上に敷いていたエアーマットを回収した。キャンプ用品の一つなのだが、持ってきていて正解だった。
シンプルな黒いシャツと、白黒のボーダーのカーディガンに着替える。こちらの世界では、ギリギリ馴染める…と思いたい服だ。
「アウトかセーフか…それが問題だ」
洋服屋も通りにあったのだが、あのチュニックの袖はいただけない。途中が膨らんでいて、とにかく邪魔だ。袖の短いものもあったが舞台衣装のようで、見るのは良いが自分が着るとなれば話は別だ。
ゴシパンや軽パン、モード系の服を好む誠には、耐えられない。見るのは良いが、着るのは嫌だ。それが誠にとっての、中世ヨーロッパの服装だ。
どうせなら近世ヨーロッパをモデルにしろよと、何度思ったことだろう。
「…もういいや。行こ」
誠は問題を放り投げ、食堂へと下りて行った。
冒険者が多く泊まるので、食堂は早朝から開いている。席はもう半分ほど埋まっていた。
チラチラと視線を感じるが、知ったことではない。
近くを通りかかった店員に、朝食を頼む。メニューは決まっているがスープの種類が選べるので、ポタージュスープを選んだ。
中世ヨーロッパもこの世界も、スープは基本的に硬いパンを浸して食べるためのものだ。
現代のコーンポタージュスープにはクルトンが浮いていたりするが、クルトンはパンを浸して食べていた名残なのだそうだ。
「お待たせしました」
「ありがとう」
前金制だったのでその場で代金を渡し、早速黒いライ麦パンをスープに浸して食べる。やっぱり少し硬くて、ボソボソしている。
「サワードウとか使って無いのか?」
サワードウとは、最も古いパン種の一つだ。三十世紀以上前から使われていたのが確認されている。ライ麦にはグルテンがあまり含まれていないため、イースト菌ではあまりパンは膨らまない。
しかし、サワードウなら野生の酵母と乳酸菌で自然発酵させられるので、しっかりと膨らみ、どっしりとした食べ応えのあるパンができ上がる。
パンの歴史を調べていた時に気になったので、誠は一度、兄と一緒に作ったことがある。
その時はライ麦と小麦粉を混ぜて作ったのだが、もっちりとした食感のパンができ上がった。
「うーん…」
ビールかワインの搾り滓でパンを発酵させているのか。
考えながら食べていると、いつの間にか朝食を全て平らげてしまっていた。
「ご馳走さま。鍵をお願いします」
運んでくれた店員に朝食の料金と部屋の鍵を渡し、誠はギルド方面へと向かった。
そして途中で穀物を扱う店を覗いてみたことにより、先程の疑問が解けた。
小麦粉の精製方法が甘いのだ。
小麦粒には「ふすま」と呼ばれる、表面部分を覆っているものがある。米でいうところの「糠」だろうか。
それを全部取り除いてパン種を作らなければ、色の黒ずんだボソボソの不味いパンになってしまう。
ふすま入りや全粒粉のパンを作るなら、イーストを入れた方が良い。
「小麦粉とイーストの問題…か?」
一概にそうとは言えないが、原因の一端を発見できたので良しとする。別に誠は、パン革命を起こすつもりはない。ただの好奇心だ。
それにマジックバッグの中には、近所のお気に入りのパン屋のパンを大量に入れてあるし、ドライイーストも入れてある。その気になれば、自分でパンを焼くことも可能だ。
疑問が一応解決したので、誠の足取りは軽い。
昨日目を付けていた家具店で、鼻歌を歌いながら屋台を見ていたのだが、店の親父が胡乱な目で誠を見ていたのは気のせいだろう。
「坊っちゃん、随分とご機嫌だな」
筋骨隆々な親父は、あまりにも熱心に見ていた誠に声をかけた。
「え?あ、はい」
「屋台に興味があるのかい?」
「あると言うか、出したいと思ってて」
見本としてタイプの違う台が四つ出ている。カスタム可能と張り紙があるので、これを使いやすいように各々注文するのだろう。
「ほー。若ぇのに感心だな。坊っちゃんは料理ができるのか」
「家庭料理の範囲内ですけどね。俺の専門は、お菓子の方です」
「そりゃ凄ぇな」
昨日ざっと屋台や店を見た限りでは、文献にあったような初期のクッキーや、乾パンのようなビスケットが売られていた。
「今は砂糖の流通がかなりあるからな。王都では料理人が、躍起になって新しい菓子を作ってるって話さ」
「へー。じゃあ、これからどんどん美味しい物が食べられるんですね」
「そうだな。この村には『はじまりの森』のおかげで、冒険者も商人もたくさん来るからなあ。ついでに王都の料理人もそのうち来るかもしれんぞ」
親父が言う通り、昨日見ただけでも人の流れが多かった。広場の屋台には村人の他に、冒険者も集まっていた。
「楽しみですね」
「おう。それで、この村の蜂蜜ももっと売れてくれりゃ、万々歳だ」
ワハハと豪快に笑う親父に気圧されつつも、誠は本題を切り出した。
「ところで親父さん。この屋台のカスタムなんですが…」
誠は台の上のみにガラスのケースがある屋台を指差す。スイーツを売る時は現品を見せてなんぼなので、誠は最初から目を付けていた。しかしガラスケースがある分、他よりも値段が高い。
窓ガラスは、中世ヨーロッパでは貴族や金持ちの商人あたりでしか手が出せなかったように記憶しているが、この世界ではその辺は適当なのだろう。
もう誠は、何が地球の歴史と錯誤していても、ツッコまないことにしていた。
「おお、それが欲しいのか?」
「んー…検討中です。もう少し、市場を見てから…かな」
「ほぉ…兄ちゃん、若いのに感心だな」
親父はニヤリと笑いながら、顎髭を撫でた。誠に対する呼び方も変わったことから、何か思うことがあったのだろう。
「まあ…。実家がカフェを営んでますし、一族も飲食店経営してるとこが多くて。身分がある方から一般のお客様まで様々なんで、お客様に満足してもらうためにリサーチは必須なんですよ」
「なるほどねぇ…。それで、兄ちゃんはこの屋台をどうカスタムするんだ?」
「そうですね…」
誠は参考になりそうなキッチンカーや、テイクアウト専門のコーヒー店などを思い出しながら「まずは…」と言いかけたが、その言葉は最後まで発することはできなかった。
「どう改装するんだ?」
耳元で、甘く低い声が響く。
耳を押さえながらバッと振り向くと、そこには銀色の神の化身とも思える人物が立っていた。
「あ…アレクセイ、さん…」
どうやらこの村の住人にも一目置かれているのか、店の親父も誠と同じく驚いた表情を浮かべている。そしてハッと我に返ると、姿勢を正す。
「王都騎士団の方、ようこそウチの店へ…」
「ああ。邪魔をしている」
アレクセイは誠の肩を抱き寄せながら、親父を見た。視線が合うだけで身がすくむのか、親父の緊張はさらに高まっていた。
「そちらの兄ちゃ…坊っちゃんと、お知り合いですか?」
「まあな。それよりマコト、屋台が欲しいのか?」
親父への対応を早々に切り上げたアレクセイは、マコトを見ながら小さく笑った。
またもや勝手なスキンシップを躱せなかった誠の胸中は、少し複雑だ。勘が鈍ったのか、警戒心が足りていないのか。
今夜から稽古を増やそうと、誠はコッソリ誓った。
「購入は考えてますが、どうしようかな…と」
「そうか。店主、このガラスケース付きの屋台を一台貰おう」
「え?アレクセイさんも、屋台に興味が?」
「いや、君にプレゼントだ」
「は?」
意味が分からない。どこの世界にたった二日しか会っていない相手に、ポンと高価なプレゼントをする人がいるんだろう。
お前は箱入りのボンボンかと思いながらも、誠は必死に止めた。
「ダメですよ、良く知らない相手にそんな高価な物与えようとするなんて!」
「君のヒトとなりは、昨日しっかり確認したはずだが」
「あんな短時間で?もしかして、アレクセイ様ってボンボンか?金持ってるからって、先々のことを考えずに人に奢るタイプ?そんなん、有象無象に集られるだけだから、止めた方がいいですよ」
「ボンボン…まあ、家は貴族だし、給料はそれなりには貰ってはいるが…」
「ほら!」
この男はきっと、新聞の勧誘を断れないタイプだ。そう決めつけた誠は、戦略的撤退を決める。
店の親父に「また来ますんで!あと、買う時は自分で買うんで、さっきのアレクセイ様
の戯言は聞かなかったことに!」と言いながら、アレクセイの背中を押して店から出た。
「まったく…」
誠は少し呆れながらも、広場に向かっていた。アレクセイはその隣でニコニコと尾を揺らしながらついて着ている。少しは反省しろと言いたい。
「マコト、それが君の素か?」
「あ、ヤベっ…」
慌てて口を押さえるも、後の祭りだ。
「…俺、口悪いんですよ。仕事の時は丁寧を心がけてるけど」
「そうなのか。けど、俺と話す時はそれでいい。敬語も要らない」
「でもアレクセイさんって、貴族なんですよね?」
「そうだが、君とはお互い素のままでいたい」
またいつの間にか肩に手を回され、そんなことを言われる。少々面倒臭いとは思わないでもないが、誠としても、他人なのにアレクセイほど気を許せるヒトは珍しい。
誠はアレクセイの頼みを受け入れた。
「…分かった」
「良かった。ありがとう、マコト」
「ん。そう言えば、連絡鳥って見なかったけど」
「ああ。店には入れない仕組みだから、店先で旋回していた」
「そうなんだ。それで…適当に歩いてるけど、どっか行きたい店ってあんの?」
昨日少しは村の中を見たと言っても、門扉と広場の間くらいだ。その間に気になる喫茶店を見つけたが、まだ入ってはいない。
どんな店に連れて行ってくれるのだろうと楽しみにしていたが、アレクセイから出た言葉は、誠の思考を若干停止させるものだった。
「我々が泊まっている館だ」
10
あなたにおすすめの小説
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
龍の寵愛を受けし者達
樹木緑
BL
サンクホルム国の王子のジェイドは、
父王の護衛騎士であるダリルに憧れていたけど、
ある日偶然に自分の護衛にと推す父王に反する声を聞いてしまう。
それ以来ずっと嫌われていると思っていた王子だったが少しずつ打ち解けて
いつかはそれが愛に変わっていることに気付いた。
それと同時に何故父王が最強の自身の護衛を自分につけたのか理解す時が来る。
王家はある者に裏切りにより、
無惨にもその策に敗れてしまう。
剣が苦手でずっと魔法の研究をしていた王子は、
責めて騎士だけは助けようと、
刃にかかる寸前の所でとうの昔に失ったとされる
時戻しの術をかけるが…
拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件
碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。
状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。
「これ…俺、なのか?」
何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。
《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》
────────────
~お知らせ~
※第3話を少し修正しました。
※第5話を少し修正しました。
※第6話を少し修正しました。
※第11話を少し修正しました。
※第19話を少し修正しました。
※第22話を少し修正しました。
※第24話を少し修正しました。
※第25話を少し修正しました。
※第26話を少し修正しました。
※第31話を少し修正しました。
※第32話を少し修正しました。
────────────
※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!!
※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
* ゆるゆ
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが、びっくりして憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
ノィユとヴィルの動画を作ってみました!(笑)
インスタ @yuruyu0
Youtube @BL小説動画 です!
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったらお話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです!
ヴィル×ノィユのお話です。
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました!
時々おまけのお話を更新するかもです。
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
大嫌いなこの世界で
十時(如月皐)
BL
嫌いなもの。豪華な調度品、山のような美食、惜しげなく晒される媚態……そして、縋り甘えるしかできない弱さ。
豊かな国、ディーディアの王宮で働く凪は笑顔を見せることのない冷たい男だと言われていた。
昔は豊かな暮らしをしていて、傅かれる立場から傅く立場になったのが不満なのだろう、とか、
母親が王の寵妃となり、生まれた娘は王女として暮らしているのに、自分は使用人であるのが我慢ならないのだろうと人々は噂する。
そんな中、凪はひとつの事件に巻き込まれて……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる