神様の料理番

柊 ハルト

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まずは…

01 ー プロローグ

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 二十代後半の青年を異界への扉から異世界へと送り出した直後、白を基調としたこの神域にある大きな邸内の大広間では、二柱の神と一人の三十代前半だろう青年が、それぞれ違う表情を浮かべながら対峙していた。

「ルシリューリク、先程の『あっ!』と言うのは一体…?」

 ここの主である関東を統括する男神は、目の前でヘラヘラしている異世界の神、ルシリューリクに対して地を這う様な声で問いかけた。室内に差し込む光の加減で、黒にも紺色にも見える髪の毛がサラリと音を立てながら統括の神の肩から胸元にかけて滑り落ちる。
 その一歩後ろでは、黒い細身のスーツをきっちりと着ている青年が、ルシリューリクに対して「このゴミ虫が」と言わんばかりの目を向けている。
 一見するとただの小学校中学年の男の子に見えるルシリューリクは、極限まで機嫌が悪くなっているであろう神と青年に対して、ニコニコしながらすっとぼけた。

「えー?僕、そんなこと言ったっけ?」
「お主、まだ若いであろうに、もう耄碌してしもうたのか。お主が『神の料理番』が必要だと駄々を捏ねるから、我らは仕方無しに誠をそちらの世界に送ったのだ。まだお主の世界は不安定だが安全に送り届けると言う約束であったであろう」

 統括の神は眉間を思いきり寄せながら子供に向かって凄むが、背後からの絶対零度の冷気が凄い。統括の神は、怒りながらも背中に冷や汗をかくという矛盾する体験をしていた。
 そもそもの原因は、目の前のクソガキだ。
 統括の神は、送り出した誠という青年の一族…特に遠野の祖達に大恩があり、かつ自分の料理番としても重宝しているので、それはそれは丁寧に旅支度に必要な物を用意した。背後で控える青年、陰陽省職員の相模もそうだ。
 あのクセの強い遠野一族にしては物腰が柔らかく、そして料理のリクエストもよく聞いてくれる。彼と彼の兄は、そんな遠野の祖の血が色濃く出ている割には、遠野一族の潤滑剤的な立ち位置なので、統括の神と相模にとってはありがたい存在なのだ。
 それに、『神様の料理番』という職業はとかくいろんなモノに狙われやすい。兄弟揃って祖の血が特に色濃く出ており、そのため特別目をかけている。
 遠野は一族の結束が強く、先祖返りの者は特に祖達の庇護下に入る。なので、遠野を敵に回すと厄介なのだ。
 その厄介を見事引き寄せたのが、目の前に、居る。
 遠野の兄弟だけでも戦力はかなり大きいが、問題は遠野の祖だ。未だに健康で若い姿を保ち、かつ片方だけでも戦力過多なのに、両方揃うともう手がつけられない。小さな神域なぞ神ごと跡形もなく吹っ飛ぶだろう。
 恐らく、ルシリューリクも平手一発で消滅するだろうと統括の神はみている。

「当初の"約束"はすでに"契約"として成っている。覆されることはない。諦めろ。貴様が何をミスしたのか知らぬが、送り出した誠に傷一つでもつけてみろ。あの遠野一族からの報復は免れぬぞ」

 そう怖い表情を浮かべながら統括の神が忠告したが、ルシリューリクは若さゆえの全能感なのか元からチャランポランなのか、まだヘラヘラとしながら大丈夫だとたかを括っている。

「やだなー、ちゃんと僕の世界に到着してるから大丈夫だよ。それに僕は神だよ。その遠野一族?そんな一族が僕にどうやって攻撃するのさ。これだから、地球の神って歳ばっか喰ってて頭硬いのが多いんだから~」
「なっ…!貴様…」

 その言い草に瞬間的に怒りが頂点に達した神は、ルシリューリクの胸ぐらを掴もうとした。しかしそれは、青年にその腕を掴まれたことによって阻まれてしまう。

「相模…何ゆえ邪魔をする…」
「神よ。百十五年前の神議りで決まったことをお忘れですか。"神間の、正当な理由なき暴力は禁止"と」
「しかし…」

 引き下がらない統括の神を相模はギッと睨み、その耳元に顔を寄せる。

「先に約束を破ったのは向こうです。"神は契約を破ることは出来ない"。貴方も知っているでしょう。それに、我々はことの顛末を遠野の祖に報告する義務があります」

 そう小声で言うと、相模は元の位置に戻った。
 相模のおかげで頭が冷えた神は、髪をバサリと後ろに払う。

「相談事は終わった~?僕を傷付けるイコール、向こうの世界の破壊だからね。丁重に扱ってよね。じゃあ、そろそろ向こうに戻るね~」

 最後までヘラヘラしっぱなしだったルシリューリクは、そう言いながら神域から消えて行った。
 残された神と相模は、同時に溜息を吐く。

「クソッ…だから創造神などと言う神は面倒臭い」
「そうですね。この地球とは成り立ちが違いますから、どうしても自己中なのが多いので本当に面倒臭いです死ねば良いのに」

 笑顔なのだが目の奥が笑っていない相模は、息を吐くのと同じように毒を吐き出す。
 明治の頭に廃止になったが秘密裏に復活した陰陽省だが、近年新たな業務となったものの中に「異世界に無理やり召喚された地球の人間を連れ戻す」というものがある。相模は職員になった当初から統括の神の付き人の様な立ち位置だが、そういった業務も兼ねているために行く先々の異世界でいろんな神を見ている。そのため、創造神は相模の地雷だ。自己中が多いので、話が進まないからだ。

「相模よ…お主、怖いぞ」
「は?何がですか?とにかく誠君のご家族に説明へ…いや、先に出雲の温泉宿ですか。先程の顛末を伝えに行かないと」
「…何も悪いことはしておらぬのに、怒られるのは我らか」
「ええ、それが中間管理職と言うものでしょう。本当に無事に誠君が到着しているのか疑わしいですが、落ち着いたら携帯鳥居で連絡をくれると信じましょう。ほら、行きますよ。牡丹さんか諏訪様が間違って島根を爆心地にしないためにも…!」
「確かにな。しかし、中国地方の地形が変わるのを抑えるのは我の仕事…か」
「ええ、ええ、そうですよ。頑張ってくださいね。手土産の菓子折りはもう用意していますので」

 どこから出したのか、相模はしっかりと高級洋菓子店の紙袋を手にしている。

「はー…流石よの」

 仕事の早い相模に関心しながら、神は相模と共に出雲の温泉宿へと向かった…誠の無事を祈りながら。ついでに、自分達が五体満足でこの神域に戻れることも祈りながら。

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