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056 覚醒のホワイトナイト(3)
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結局、昌真にできたのは佐倉に連絡をとることだけだった。芸能界に詳しい知り合いということになると昌真にはそこしかあてが無かったのだ。
さすがに佐倉も事情は知っていたようで、メールでの短いやりとりのあと、例のクラブで会ってくれることになった。佐倉に会ってどうなる問題でもないようにも思ったが、藁にもすがるという言葉そのままの気持ちで、前と同じ午後七時に昌真は約束の場所へ向かった。
「――だからまぁ、回収しろだのなんだのって騒ぎ立ててもムダね。そんなんでスキャンダル揉み消せるくらいならどこの芸能事務所も苦労しないわよ」
「そうか……そうだよな」
前回と同じくカウンターでグラスを傾けながら、佐倉はのっけから容赦のない宣告を昌真に浴びせかけた。要するに件の週刊誌の出版社に抗議などしても全くの無駄、焼け石に水にもならないということである。
たぶんそうだろうと思ってはいたものの、昌真の受けたショックは小さくなかった。……ただ、変に慰めの言葉をかけられるよりよっぽどいい。
昌真にとって二度目となるクラブは前のときと何も変わらなかった。仕事中なのにスマホをいじっているバーテンダーも、音楽に合わせて踊っているまばらな外人たちも。
――ひときわ元気にはしゃいでいた女子の姿がないことだけが違っていた。彼女の姿がないだけで、まるで火が消えたようだと昌真は思った。
「責めないの?」
「え?」
「今日、責められるって覚悟してきたんだけど、私」
「責める? なんで俺が佐倉を」
「作戦の計画立てたの私じゃない。ライバル潰すために私がキミたちのことハメたとか思わないの?」
「思うわけないだろ、そんなこと」
「なんで?」
「だって、実際ハメてなんていないんだろ?」
「そうだけど」
「だいたい佐倉はあのとき言ってくれようとしてたじゃないか。俺たちがこうならないようにって……」
あの日、高岡への復讐をめぐる作戦会議の最後に佐倉は何かを言いかけ、だが何も言わなかった。『言っとくけどくれぐれも――』今思えば、佐倉がそれに続けようとした台詞は何となく想像がつく。……あの時点で佐倉はこうした展開になる可能性があることを察していたのだ。
俺が気づけなかったはずはない……気づかなければならなかった。そのことを思って、昌真はたまらない気持ちになった。
「……少し考えればこうなるかも知れないってことくらいわかったんだ。佐倉の話をちゃんと聞かないで、二人で馬鹿やって……」
「……」
「だいたい佐倉がもうやめたらって言ってくれたとき、やめるって言わなかったのがそもそもの間違いだったんだ。復讐なんてもうどうでもいいと思ってたのに……。なんで俺は高岡をハメることにあんなにこだわったんだろ」
「キミ、それわかんないの?」
「え?」
「なんでキミが高岡への復讐にこだわってたかなんて、そんなの決まってるじゃない。キミがあやかちゃんと離れたくなかったからよ」
少し呆れたような顔で何でもないことのようにそう言う佐倉に、昌真は頭が真っ白になり、何も言い返せなかった。
そんな昌真に佐倉は小さく苦笑いし、カクテルのグラスを手に取りながら言葉を継いだ。
「たぶんそれ以上に、あの子がキミと離れたくないと思ってたのもあるんだろうけどね」
「そう……か」
すとん、と何かが胸の中ではまった気がした。
考えてみればそもそもの最初から高岡への復讐などどうでもよかったのだ。無視して逃げることもできた、途中で関係を切ってしまうことも……。
それができなかったのはもうずっと前から――たぶん、会ったばかりの頃からあやかが好きだったから。
俺があやかに恋をしていたから。
……きっとそういうことだったのだ。
「キミも写真見たんでしょ? ごめんなさいだけど私、笑っちゃった。ホテルから腕組んで出てきたわけでもキスしてるわけでもないのに、あんな小学生が見ても『あ、この二人出来上がっちゃってる』てのがまるわかりの写真撮られちゃうなんてねぇ」
「……」
「あやかちゃんと一緒に写ってたのが高岡涼馬本人かどうかなんて問題じゃないのよ。キミたち二人が恋に落ちちゃったことが問題なの。自分たち以外なんにも目に入らなくなっちゃうくらいホンモノの、ね。だからあの記事書いた人は何も取り違えてなんかいないの。だってそうでしょ? 恋愛禁止のグループの子が恋愛してることをスクープしただけなんだから」
「……そうだな、整理できた」
自分は冷静だと思っていた。だが、まったく冷静ではなかったようだ。佐倉の指摘は耳に痛いが、まさにその通りだ。
俺たちの失敗は、俺たちが恋に落ちたこと――
まずはそれを認めよう。だがその上で、この問題を解決するために俺は何をすればいいのか。
「昌真クンは、あやかちゃんにアイドル続けてほしいの?」
さすがに佐倉も事情は知っていたようで、メールでの短いやりとりのあと、例のクラブで会ってくれることになった。佐倉に会ってどうなる問題でもないようにも思ったが、藁にもすがるという言葉そのままの気持ちで、前と同じ午後七時に昌真は約束の場所へ向かった。
「――だからまぁ、回収しろだのなんだのって騒ぎ立ててもムダね。そんなんでスキャンダル揉み消せるくらいならどこの芸能事務所も苦労しないわよ」
「そうか……そうだよな」
前回と同じくカウンターでグラスを傾けながら、佐倉はのっけから容赦のない宣告を昌真に浴びせかけた。要するに件の週刊誌の出版社に抗議などしても全くの無駄、焼け石に水にもならないということである。
たぶんそうだろうと思ってはいたものの、昌真の受けたショックは小さくなかった。……ただ、変に慰めの言葉をかけられるよりよっぽどいい。
昌真にとって二度目となるクラブは前のときと何も変わらなかった。仕事中なのにスマホをいじっているバーテンダーも、音楽に合わせて踊っているまばらな外人たちも。
――ひときわ元気にはしゃいでいた女子の姿がないことだけが違っていた。彼女の姿がないだけで、まるで火が消えたようだと昌真は思った。
「責めないの?」
「え?」
「今日、責められるって覚悟してきたんだけど、私」
「責める? なんで俺が佐倉を」
「作戦の計画立てたの私じゃない。ライバル潰すために私がキミたちのことハメたとか思わないの?」
「思うわけないだろ、そんなこと」
「なんで?」
「だって、実際ハメてなんていないんだろ?」
「そうだけど」
「だいたい佐倉はあのとき言ってくれようとしてたじゃないか。俺たちがこうならないようにって……」
あの日、高岡への復讐をめぐる作戦会議の最後に佐倉は何かを言いかけ、だが何も言わなかった。『言っとくけどくれぐれも――』今思えば、佐倉がそれに続けようとした台詞は何となく想像がつく。……あの時点で佐倉はこうした展開になる可能性があることを察していたのだ。
俺が気づけなかったはずはない……気づかなければならなかった。そのことを思って、昌真はたまらない気持ちになった。
「……少し考えればこうなるかも知れないってことくらいわかったんだ。佐倉の話をちゃんと聞かないで、二人で馬鹿やって……」
「……」
「だいたい佐倉がもうやめたらって言ってくれたとき、やめるって言わなかったのがそもそもの間違いだったんだ。復讐なんてもうどうでもいいと思ってたのに……。なんで俺は高岡をハメることにあんなにこだわったんだろ」
「キミ、それわかんないの?」
「え?」
「なんでキミが高岡への復讐にこだわってたかなんて、そんなの決まってるじゃない。キミがあやかちゃんと離れたくなかったからよ」
少し呆れたような顔で何でもないことのようにそう言う佐倉に、昌真は頭が真っ白になり、何も言い返せなかった。
そんな昌真に佐倉は小さく苦笑いし、カクテルのグラスを手に取りながら言葉を継いだ。
「たぶんそれ以上に、あの子がキミと離れたくないと思ってたのもあるんだろうけどね」
「そう……か」
すとん、と何かが胸の中ではまった気がした。
考えてみればそもそもの最初から高岡への復讐などどうでもよかったのだ。無視して逃げることもできた、途中で関係を切ってしまうことも……。
それができなかったのはもうずっと前から――たぶん、会ったばかりの頃からあやかが好きだったから。
俺があやかに恋をしていたから。
……きっとそういうことだったのだ。
「キミも写真見たんでしょ? ごめんなさいだけど私、笑っちゃった。ホテルから腕組んで出てきたわけでもキスしてるわけでもないのに、あんな小学生が見ても『あ、この二人出来上がっちゃってる』てのがまるわかりの写真撮られちゃうなんてねぇ」
「……」
「あやかちゃんと一緒に写ってたのが高岡涼馬本人かどうかなんて問題じゃないのよ。キミたち二人が恋に落ちちゃったことが問題なの。自分たち以外なんにも目に入らなくなっちゃうくらいホンモノの、ね。だからあの記事書いた人は何も取り違えてなんかいないの。だってそうでしょ? 恋愛禁止のグループの子が恋愛してることをスクープしただけなんだから」
「……そうだな、整理できた」
自分は冷静だと思っていた。だが、まったく冷静ではなかったようだ。佐倉の指摘は耳に痛いが、まさにその通りだ。
俺たちの失敗は、俺たちが恋に落ちたこと――
まずはそれを認めよう。だがその上で、この問題を解決するために俺は何をすればいいのか。
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