36 / 67
035 親睦のプライベートクラブ(2)
しおりを挟む
「薫ヶ丘って?」
「知らないの!? すっごく頭いい子ばっかり通ってる高校! みんな東大行っちゃう! みたいな!」
「……んなわけねえだろ。東大なんか学年でせいぜい二十人行ければいい方だ」
「でもすっごく頭いいとこ! そんな学校通ってるの! この人!」
「てゆうか、なんであやかちゃんが自慢げなの?」
「そんな人と知り合いなんて鼻が高いじゃん!」
「……普通逆だろ、この状況で鼻が高いってことなら」
「ホントそうよね。高校生なのにアイドル二人も侍らせちゃっていい身分ね、キミってば」
いい身分もクソもあるか。どうしてこうなった……と、出されたばかりのペリエを口に含みながら、昌真は相変わらず冗談のような状況に置かれた自分を思って深い溜息をついた。
そんな昌真を、佐倉はじっと覗き込むように見つめていたが、やがて視線をその奥のあやかに移しておもむろに口を開いた。
「ねえ、あやかちゃん。昌真クンってさ、さっきみたいに良い学校通ってるって話すると嫌がるでしょ」
「え、どうしてわかるの?」
「やっぱりね。……ふうん、そういうことか」
納得したように呟きながら佐倉はまたじろじろと昌真を見つめてくる。……佐倉が何を悟ったのか、昌真にはなんとなくわかった。その理解を裏打ちするように、隣からあの日の喫茶店を彷彿とさせる甘やかな呟きがもれた。
「すっごく勉強ができる男の子かぁ。そういう人と付き合ったことないし、ちょっといいかもね」
そう言ってカウンターの下で脚をぶらつかせる佐倉から目をそらして、昌真はフンと鼻を鳴らした。
あの日ラブホに連れ込まれる前だったらまだしも、貴様のおぞましい正体を目の当たりにした今の俺にそんな言葉が効くとでも思ったか。
……などと思いながらも、煩悩の犬であるところの昌真の脳内にはあの日見た一糸まとわぬ佐倉の姿がもやもやと蘇ってくる。その像を消すために頭をシェイクしようにも熱っぽい視線を向けてくる佐倉の前でそんなことができるはずもなく、今にもまた身体の一部が変形し始めるのではないかという焦りの中、古文における品詞分解のためのユーティリティ、未然形接続の助動詞を暗唱することで対処せざるを得なかった。
むずむずする蕁麻疹で死んださすらいの魔魔法師。……そう、こういったものはみんな語呂合わせで覚えてしまえばいいのだ。でもって終止形接続は――
「昌真クンはさ、アイドルと付き合いたいと思ったことないの?」
「ない」
「あら即答」
「その発想自体なかった」
「ああ、無理無理。この人、アイドル嫌いだから」
いかにも通ぶったすまし顔の前でひらひらと手を振ってあやかが言う。
「そうなの?」
「最初に会ったとき面と向かって言われちゃった。無料でチケットもらってもライブ行かないって」
「ふうん。でも、それなら逆にすごいかも。アイドル嫌いなくせに、現役アイドルの裸、二人も見ちゃうなんてね」
「ちょ……あやかのは見てねえって!」
「え? どういうこと!? マキちゃんのは見たの!? 信じらんない!」
「ああ、いや……それはだな」
「くーやーしーいー! こんなことならあたしも脱いどくんだった!」
「って、そっちかよ!」
気がつけばいつものノリである。他愛もない二人の掛け合いを佐倉はクスクスと笑いながら聞いていたが、やがて昌真に向き直ると少し改まった声で言った。
「ねえ、昌真クン。アイドル嫌いってことだけど、女子監獄のことはどう思う?」
「どう思う、っていうと?」
「こんな商売してるとアイドル嫌いの人に会うことって少ないのよね。アイドルが嫌いなキミの目から見て私たちのユニットってどうなのかな? って」
「ああ、そういうこと」
……なるほど佐倉らしい切り口の質問だ。アイドルに何の期待も幻想も持たない醒めきった視点での感想がほしいということなのだろう。ここはひとつ真面目に答えなければならない。そう思って昌真は頭の中に質問の答えを探した。
「……特に好きでも嫌いでもないかな。ただ檻で女の子守るのにうまい口実つけて売りにまでしてるってとこは評価できる。歌もキャッチーなの多くていいと思うよ。まあ言うほど聴いてないけど」
「はいはい! だったらあたしのところは!?」
当然のようにあやかが切り込んでくる。だが女子監獄の方とは違って、ロスジェネの印象は少し口に出しづらい。
「……正直に言うと、ジュークボックスってシステムはすごいと思うけど、ロスジェネ自体は好きになれない」
「えー! なんで!?」
「名前が嫌い」
「なんでなんで!? いい名前じゃん!」
「あ、ひょっとしてキミ、フィッツジェラルドとか読む人?」
「え? ああ……まあ、そう」
……さすがは佐倉といったところか、こんなところまで見抜かれてしまう。だがあやかの方はまだ納得がいかないようで、なぜロスジェネの名前が駄目なのかフィッシュなんとかというのはどんな魚かとやかましい。
こうなるとフィッツジェラルドが魚ではなく小説家の名前であることから説明しなければならないわけだが、例によっておかしな方向にいくだろうというのは容易に想像がつく。その辺を考慮し、あやかの質問には答えないまま、昌真は言葉を重ねた。
「世界観は悪くないと思うよ。好き嫌いはあるだろうけど、あのノスタルジックな曲調には世代を超えた需要があると思うし」
「そう! いい曲多いよ! ロスジェネ!」
「ただ、何と言っても恋愛禁止のルールだな。俺、あれ大嫌い」
「えー! 昌真は自分の推しの子に彼氏とかいてもいいのー!?」
「そもそも推しの子なんかいねえし。第一、上の方の子が恋愛沙汰になってもなんだかんだでお咎めなしだけど、下の方の子がそれすると一発でクビってのが不公平で気に入らない」
「またそうやってディスるし! もっといいとこないのー!?」
「知らないの!? すっごく頭いい子ばっかり通ってる高校! みんな東大行っちゃう! みたいな!」
「……んなわけねえだろ。東大なんか学年でせいぜい二十人行ければいい方だ」
「でもすっごく頭いいとこ! そんな学校通ってるの! この人!」
「てゆうか、なんであやかちゃんが自慢げなの?」
「そんな人と知り合いなんて鼻が高いじゃん!」
「……普通逆だろ、この状況で鼻が高いってことなら」
「ホントそうよね。高校生なのにアイドル二人も侍らせちゃっていい身分ね、キミってば」
いい身分もクソもあるか。どうしてこうなった……と、出されたばかりのペリエを口に含みながら、昌真は相変わらず冗談のような状況に置かれた自分を思って深い溜息をついた。
そんな昌真を、佐倉はじっと覗き込むように見つめていたが、やがて視線をその奥のあやかに移しておもむろに口を開いた。
「ねえ、あやかちゃん。昌真クンってさ、さっきみたいに良い学校通ってるって話すると嫌がるでしょ」
「え、どうしてわかるの?」
「やっぱりね。……ふうん、そういうことか」
納得したように呟きながら佐倉はまたじろじろと昌真を見つめてくる。……佐倉が何を悟ったのか、昌真にはなんとなくわかった。その理解を裏打ちするように、隣からあの日の喫茶店を彷彿とさせる甘やかな呟きがもれた。
「すっごく勉強ができる男の子かぁ。そういう人と付き合ったことないし、ちょっといいかもね」
そう言ってカウンターの下で脚をぶらつかせる佐倉から目をそらして、昌真はフンと鼻を鳴らした。
あの日ラブホに連れ込まれる前だったらまだしも、貴様のおぞましい正体を目の当たりにした今の俺にそんな言葉が効くとでも思ったか。
……などと思いながらも、煩悩の犬であるところの昌真の脳内にはあの日見た一糸まとわぬ佐倉の姿がもやもやと蘇ってくる。その像を消すために頭をシェイクしようにも熱っぽい視線を向けてくる佐倉の前でそんなことができるはずもなく、今にもまた身体の一部が変形し始めるのではないかという焦りの中、古文における品詞分解のためのユーティリティ、未然形接続の助動詞を暗唱することで対処せざるを得なかった。
むずむずする蕁麻疹で死んださすらいの魔魔法師。……そう、こういったものはみんな語呂合わせで覚えてしまえばいいのだ。でもって終止形接続は――
「昌真クンはさ、アイドルと付き合いたいと思ったことないの?」
「ない」
「あら即答」
「その発想自体なかった」
「ああ、無理無理。この人、アイドル嫌いだから」
いかにも通ぶったすまし顔の前でひらひらと手を振ってあやかが言う。
「そうなの?」
「最初に会ったとき面と向かって言われちゃった。無料でチケットもらってもライブ行かないって」
「ふうん。でも、それなら逆にすごいかも。アイドル嫌いなくせに、現役アイドルの裸、二人も見ちゃうなんてね」
「ちょ……あやかのは見てねえって!」
「え? どういうこと!? マキちゃんのは見たの!? 信じらんない!」
「ああ、いや……それはだな」
「くーやーしーいー! こんなことならあたしも脱いどくんだった!」
「って、そっちかよ!」
気がつけばいつものノリである。他愛もない二人の掛け合いを佐倉はクスクスと笑いながら聞いていたが、やがて昌真に向き直ると少し改まった声で言った。
「ねえ、昌真クン。アイドル嫌いってことだけど、女子監獄のことはどう思う?」
「どう思う、っていうと?」
「こんな商売してるとアイドル嫌いの人に会うことって少ないのよね。アイドルが嫌いなキミの目から見て私たちのユニットってどうなのかな? って」
「ああ、そういうこと」
……なるほど佐倉らしい切り口の質問だ。アイドルに何の期待も幻想も持たない醒めきった視点での感想がほしいということなのだろう。ここはひとつ真面目に答えなければならない。そう思って昌真は頭の中に質問の答えを探した。
「……特に好きでも嫌いでもないかな。ただ檻で女の子守るのにうまい口実つけて売りにまでしてるってとこは評価できる。歌もキャッチーなの多くていいと思うよ。まあ言うほど聴いてないけど」
「はいはい! だったらあたしのところは!?」
当然のようにあやかが切り込んでくる。だが女子監獄の方とは違って、ロスジェネの印象は少し口に出しづらい。
「……正直に言うと、ジュークボックスってシステムはすごいと思うけど、ロスジェネ自体は好きになれない」
「えー! なんで!?」
「名前が嫌い」
「なんでなんで!? いい名前じゃん!」
「あ、ひょっとしてキミ、フィッツジェラルドとか読む人?」
「え? ああ……まあ、そう」
……さすがは佐倉といったところか、こんなところまで見抜かれてしまう。だがあやかの方はまだ納得がいかないようで、なぜロスジェネの名前が駄目なのかフィッシュなんとかというのはどんな魚かとやかましい。
こうなるとフィッツジェラルドが魚ではなく小説家の名前であることから説明しなければならないわけだが、例によっておかしな方向にいくだろうというのは容易に想像がつく。その辺を考慮し、あやかの質問には答えないまま、昌真は言葉を重ねた。
「世界観は悪くないと思うよ。好き嫌いはあるだろうけど、あのノスタルジックな曲調には世代を超えた需要があると思うし」
「そう! いい曲多いよ! ロスジェネ!」
「ただ、何と言っても恋愛禁止のルールだな。俺、あれ大嫌い」
「えー! 昌真は自分の推しの子に彼氏とかいてもいいのー!?」
「そもそも推しの子なんかいねえし。第一、上の方の子が恋愛沙汰になってもなんだかんだでお咎めなしだけど、下の方の子がそれすると一発でクビってのが不公平で気に入らない」
「またそうやってディスるし! もっといいとこないのー!?」
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。


極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」
ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。
蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。
これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。
一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる