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045 練兵(2)

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 ――茶席を催したあの日以来、五郎太はこうしてエルゼと共に夜を過ごしている。五郎太としては周囲に気取られぬようにと細心の注意を払ってきた積もりだったが、クリスの言葉を思えばその夜這いは既に公然の秘事となっていると考えるべきなのかも知れない。

 もっとも、あのとき道化に見抜かれたように、五郎太はエルゼに指一本触れていない。

 ではひとつ部屋に夜を過ごす間、二人が何をしているかと言えば、専ら情報の交換である。エルゼが語るこの国の事情を五郎太が傾聴し、五郎太が語る日ノ本の事情にエルゼが耳を傾ける。そうした遣り取りのうちに互いの国のことを知り、同時に気心を通わせ合ってきたのだった。

 言うまでもなく、これは五郎太にとって僥倖と言うべき時間であった。この国に関する知見を深めることは、もとより五郎太の望むところだったのである。その一方でエルゼにとっても五郎太が語る日ノ本の事情は新鮮で興味が尽きないらしく、根掘り葉掘りといった熱心さで話をせがんでくる。

 結果、互いに触れ合えぬまま過ごす夜の時間はその実、二人にとってそれはそれで密やかなる愉悦の一時ひとときとなっていた。それが理由で、もし戸板に聞き耳を立てている者があれば何をそんなに喋ることがあるのかと呆れる程、毎夜の如く遅くまで話し込んでいるのである。

 就中なかんずく五郎太が興味を示したのは、矢張り鉄砲についてであった。

 五郎太との果し合いでエルゼが得物として用いていた連射の利く鉄砲は、この国では『エリクシル』という名で呼び習わされているのだという。特筆すべきは鉄砲鍛冶が打って造り上げるのではなく、仔細は不明だが『召還』という法術によってどこぞよりものであるということだ。

 そしてその際、受取の対価に金子きんすなりを支払うのではなく――この点についても五郎太には理解の及ばないところが多々あるのだが――エリクシルを受け取るその者自身に属する最も大事なものを奪われるのだという。

 エルゼにとって、それは黄金こがね色の髪だったということだ。エリクシルを受け取った際、それまでクリスと同じ黄金色だった髪が今の黒髪に変わり、以後どのような手段を用いてもその色を変えることができなくなったのだという。

 ただ、エリクシルの対価として奪われるものは必ずしも髪の色ではなく、人によって大きく異なるらしい。例えば口が利けなくなった者、片腕が不具になった者、果ては夫婦みょうとであった者にまつわる記憶の一切を持っていかれた者など、千差万別であるという。

 自分だったら何を持っていかれると思うかというエルゼの問いに対し、五郎太はしばし考えてお屋形様との想い出であろうと答えた。最も大事なものは何かと問われて五郎太に思い浮かぶものといえば、それにくはなかったのである。

 だがそんな五郎太の回答に、だったらそれは持っていかれないわね、とエルゼは言った。続けてわく、エリクシル創製の代償には、本人が思いもしなかった意外のものを持っていかれるのだと。

 エルゼ自身、当初は髪の色を奪われることなど予想だにしなかったのだという。喪ってはじめて、それが己にとってどれほど大切なものであるかわかったのだと。そしてエリクシルを受け取る際の対価としては、まさにそういったものが選ばれるのだと。

 他方、そうして得られるエリクシルは鉄砲としての性能もまちまちであり、日ノ本でのそれに毛が生えたような程度の低い代物から、掛け値なしの逸品と呼べるものまで、矢張り人によって千差万別であるということなのだ。

 付け加えれば、それを得るための代償が大きかったからと言って必ずしも性能が良いわけではない。命に関わるような対価を支払った挙句、使い物にならぬような粗悪品を掴まされることも、そう珍しいことではないらしい。

 エルゼの自己評価では彼女のエリクシル――果し合いで五郎太がその身に何発か食らったあの恐るべき鉄砲は、飛距離や命中精度などを考えるとまずまず良いものとのことだ。

 ただ、帝国の錬金術師団――クリスとの二人旅の終わりにあの草原で五郎太を瞠目せしめた鉄砲隊には、エルゼのものを凌駕するエリクシルを所持する面子が少なからずおり、とりわけ統領であるルクレチアの所有するそれがこの国では最も優れた鉄砲である――というのが、エルゼの忌憚なき見解ということのようだ。

「……でさあ、明日、やっぱりレーチェのとこ行くの?」
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