武士道とは異世界に死ぬことと見つけたり!

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041 近習(6)

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 思わせ振りなそのげんに、五郎太は返事を返さなかった。ただ不審の目でじっと、その言の主であるメロメを見つめた。

 そんな五郎太を認めたメロメは、はなからそうした反応が来ることがわかっていたかのように、小生意気な童女わらわめを思わせるいやらしい笑みを浮かべた。

「ねえ、お兄さんはどう思うの? 陛下はお兄さんのことからかってただけだと思う?」

「……」

 ……迂闊うかつには答えられぬ。おどけた調子を崩さないメロメの問いに、身構えるような思いで五郎太はそう思った。

 この者はクリスの秘密を知悉しているのか――五郎太の中に生じた疑念はそれだった。

 メロメの問いは先程の衆道についての話を混ぜ返そうとしているようにも聞こえた。だが、クリスが悋気ゆえに探りを入れていたのではないかと、五郎太にそう問うていると聞くこともできた。

 ……何れにしてもこの侏儒こびとは油断ならぬ、と五郎太は自分に言い聞かせる。エルゼとの果し合いを前に猥雑な言葉で煽り立てられ、斬りかからずにはいられなかったあのときの記憶は、まだ生々しく五郎太の中に残っていた。

 何よりこれは一人己ばかりの問題ではない。墓まで持ってゆくと約束した以上、この者が知ろうが知るまいが何としてもクリスの秘密を漏らすわけにはいかない――

「……ここまで付きうてきた限り、あやつに衆道のがあるようには思えぬが」

 果たして五郎太の口から出たのは、そんな当たり障りのない返答だった。

「ふうん、そうくるの」

 薄ら笑いを貼り付けた顔をそのままに、だが幾分きょうが削がれたようにメロメはそう返した。

 矢張り如何様いかようにも取れるげんである。五郎太はこの手の腹芸が得意な方ではない。このままこの者に付き合っていれば早晩が出ることは必定と思われた。

 ……まったく、俺も厄介な相手に目を付けられたものよ。そう思って、五郎太は大きくひとつ息をいた。

「……お主、勝手気儘を許されていると言ったな」

「ボク? うん、そうだよ。皇帝陛下とはもう長いからね。何をしても何を言っても、ボクだったらたいていのことは許されるのさ」

「俺の国には逆鱗という言葉があってな」

「ゲキリン? なにそれ?」

「竜という生き物がおって……ああ、勘違いするでないぞ。俺が屠ったあの物ノ怪とは違う。竜というは、あま駆けて雷を呼ぶ神の如き存在よ。その竜は総身を鱗に覆われておるのだがな、一枚だけ逆さまに生えておる鱗があるのだ」

「へえ! それでそれで?」

「その逆さまの鱗を逆鱗と言うてな。それに触れると竜は怒るのだ。激しく怒って、触れた者を八ツ裂きにする」

「……」

「故に俺の国ではな、天子様の怒りを逆鱗と申すのよ。天子様というはみかどのことだが、この国で例えるなら差し詰めクリスということになるのかのう」

「……」

「あやつにも逆鱗はあろう。お主は勝手気儘を許されておるのやもわからぬが、俺は違う。お主に付きうて軽はずみにあやつの逆鱗になど触れとうない。それ故、俺はお主のその話には付き合わぬ。金輪際、俺の前でそれについて話すな」

 わずかに声に殺気を込め、五郎太は冷たく言い放った。

 にやにやといやらしい笑みをそのままに、だが流石にどこかばつが悪そうな表情を浮かべて、「おお、こわいこわい」とメロメは呟いた。

「お兄さんは、なにかヘンな勘違いをしているんじゃないかなあ?」

「勘違いであれば仔細ない。何れにせよ、口は災いのかどであるによってお主も重々気を付けるが良い。かようなことで手打ちにされては詰まらぬであろう」

「そんなことないよ? いずれ陛下の堪忍袋の緒がきれて手ずからあやめていただくのがボクの昔っからの夢だからね」

 そう言ってメロメは満面の笑みを浮かべた。明らかに異常なその物言いに五郎太は絶句し、だがふと思いつくところがあって、また口を開いた。

諫臣かんしん――のようなものか」

「なにそれ?」

「主君を諫めて死を賜ることを専らの役割とする家臣のことよ。古く唐にそうした官職があったと聞く」

「へえ、面白いね! けど、ボクはそんなたいそうなもんじゃないよ」

 メロメはそう言ってひょっこりと五郎太の前に躍り出、あのときのようにひょこひょこと奇妙な舞を舞って見せる。

「前にも言ったでしょ? ボクは誰よりも愚かで誰よりもちんちくりんの宮廷道化師! 下品なことでも罵詈雑言でも、なんでもかんでも言い立てて、あの頭でっかちの皇帝陛下にほんのひとときでも笑っていただくのが使命なんでござぁい!」

 五郎太の周りを舞い踊りながら、幸若こうわかよろしく節までつけてその口上を言い立てる。

 好い加減辟易へきえきした五郎太が追い払おうと口を開きかけたところで、それを察したかのようにメロメは舞うのを止め、幾分真摯な顔で五郎太を見て言った。

「それに、気を付けないといけないのはお兄さんの方だよ?」

「気を付ける? 俺が何に気を付けろと言うのだ」

「殺されないように、だよ」

 先程の五郎太と同じようにかすかに殺気の籠った声で、けれども矢張り薄ら笑いを浮かべたままメロメは言った。

「リッテンドルフ選帝侯、ゲント侯、バルトリア辺境伯、モンテロザリオ伯――少なくともこの四人には、お兄さんにいなくなってもらいたいはっきりとした理由がある」

「……」

「エルゼベート様はいくさには滅法強いけど政治のできないお方だ。だからなんだかんだ言っても、誰もがエルゼベート様を陛下とセットで見てる。陛下の政治力あってのエルゼベート様、だってね」

九郎判官くろうほうがんと鎌倉殿か」

「え? なにそれ?」

「いや、こっちの話よ」

「……まあいいや。だから陛下から距離を置く人たちはみんなルクレチア様にすり寄るのさ。戦での強さと政治力、このふたつを兼ね備えてあの二人に対抗できるのは大公殿下のご令嬢であらせられるルクレチア様だけだからね」

「しかし、それでは話がおかしいのではないか?」

「なにがおかしいのさ」

「ルクレチア殿はクリスの許嫁いいなずけであろう。いずれ一所になるものを、まるで敵か何かのように」

「なにもおかしくなんてないよ。仲むつまじい貴族の夫婦なんて稀だからね。お兄さんの国はそうじゃないの?」
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