武士道とは異世界に死ぬことと見つけたり!

Tonks

文字の大きさ
上 下
42 / 50

041 近習(6)

しおりを挟む
 思わせ振りなそのげんに、五郎太は返事を返さなかった。ただ不審の目でじっと、その言の主であるメロメを見つめた。

 そんな五郎太を認めたメロメは、はなからそうした反応が来ることがわかっていたかのように、小生意気な童女わらわめを思わせるいやらしい笑みを浮かべた。

「ねえ、お兄さんはどう思うの? 陛下はお兄さんのことからかってただけだと思う?」

「……」

 ……迂闊うかつには答えられぬ。おどけた調子を崩さないメロメの問いに、身構えるような思いで五郎太はそう思った。

 この者はクリスの秘密を知悉しているのか――五郎太の中に生じた疑念はそれだった。

 メロメの問いは先程の衆道についての話を混ぜ返そうとしているようにも聞こえた。だが、クリスが悋気ゆえに探りを入れていたのではないかと、五郎太にそう問うていると聞くこともできた。

 ……何れにしてもこの侏儒こびとは油断ならぬ、と五郎太は自分に言い聞かせる。エルゼとの果し合いを前に猥雑な言葉で煽り立てられ、斬りかからずにはいられなかったあのときの記憶は、まだ生々しく五郎太の中に残っていた。

 何よりこれは一人己ばかりの問題ではない。墓まで持ってゆくと約束した以上、この者が知ろうが知るまいが何としてもクリスの秘密を漏らすわけにはいかない――

「……ここまで付きうてきた限り、あやつに衆道のがあるようには思えぬが」

 果たして五郎太の口から出たのは、そんな当たり障りのない返答だった。

「ふうん、そうくるの」

 薄ら笑いを貼り付けた顔をそのままに、だが幾分きょうが削がれたようにメロメはそう返した。

 矢張り如何様いかようにも取れるげんである。五郎太はこの手の腹芸が得意な方ではない。このままこの者に付き合っていれば早晩が出ることは必定と思われた。

 ……まったく、俺も厄介な相手に目を付けられたものよ。そう思って、五郎太は大きくひとつ息をいた。

「……お主、勝手気儘を許されていると言ったな」

「ボク? うん、そうだよ。皇帝陛下とはもう長いからね。何をしても何を言っても、ボクだったらたいていのことは許されるのさ」

「俺の国には逆鱗という言葉があってな」

「ゲキリン? なにそれ?」

「竜という生き物がおって……ああ、勘違いするでないぞ。俺が屠ったあの物ノ怪とは違う。竜というは、あま駆けて雷を呼ぶ神の如き存在よ。その竜は総身を鱗に覆われておるのだがな、一枚だけ逆さまに生えておる鱗があるのだ」

「へえ! それでそれで?」

「その逆さまの鱗を逆鱗と言うてな。それに触れると竜は怒るのだ。激しく怒って、触れた者を八ツ裂きにする」

「……」

「故に俺の国ではな、天子様の怒りを逆鱗と申すのよ。天子様というはみかどのことだが、この国で例えるなら差し詰めクリスということになるのかのう」

「……」

「あやつにも逆鱗はあろう。お主は勝手気儘を許されておるのやもわからぬが、俺は違う。お主に付きうて軽はずみにあやつの逆鱗になど触れとうない。それ故、俺はお主のその話には付き合わぬ。金輪際、俺の前でそれについて話すな」

 わずかに声に殺気を込め、五郎太は冷たく言い放った。

 にやにやといやらしい笑みをそのままに、だが流石にどこかばつが悪そうな表情を浮かべて、「おお、こわいこわい」とメロメは呟いた。

「お兄さんは、なにかヘンな勘違いをしているんじゃないかなあ?」

「勘違いであれば仔細ない。何れにせよ、口は災いのかどであるによってお主も重々気を付けるが良い。かようなことで手打ちにされては詰まらぬであろう」

「そんなことないよ? いずれ陛下の堪忍袋の緒がきれて手ずからあやめていただくのがボクの昔っからの夢だからね」

 そう言ってメロメは満面の笑みを浮かべた。明らかに異常なその物言いに五郎太は絶句し、だがふと思いつくところがあって、また口を開いた。

諫臣かんしん――のようなものか」

「なにそれ?」

「主君を諫めて死を賜ることを専らの役割とする家臣のことよ。古く唐にそうした官職があったと聞く」

「へえ、面白いね! けど、ボクはそんなたいそうなもんじゃないよ」

 メロメはそう言ってひょっこりと五郎太の前に躍り出、あのときのようにひょこひょこと奇妙な舞を舞って見せる。

「前にも言ったでしょ? ボクは誰よりも愚かで誰よりもちんちくりんの宮廷道化師! 下品なことでも罵詈雑言でも、なんでもかんでも言い立てて、あの頭でっかちの皇帝陛下にほんのひとときでも笑っていただくのが使命なんでござぁい!」

 五郎太の周りを舞い踊りながら、幸若こうわかよろしく節までつけてその口上を言い立てる。

 好い加減辟易へきえきした五郎太が追い払おうと口を開きかけたところで、それを察したかのようにメロメは舞うのを止め、幾分真摯な顔で五郎太を見て言った。

「それに、気を付けないといけないのはお兄さんの方だよ?」

「気を付ける? 俺が何に気を付けろと言うのだ」

「殺されないように、だよ」

 先程の五郎太と同じようにかすかに殺気の籠った声で、けれども矢張り薄ら笑いを浮かべたままメロメは言った。

「リッテンドルフ選帝侯、ゲント侯、バルトリア辺境伯、モンテロザリオ伯――少なくともこの四人には、お兄さんにいなくなってもらいたいはっきりとした理由がある」

「……」

「エルゼベート様はいくさには滅法強いけど政治のできないお方だ。だからなんだかんだ言っても、誰もがエルゼベート様を陛下とセットで見てる。陛下の政治力あってのエルゼベート様、だってね」

九郎判官くろうほうがんと鎌倉殿か」

「え? なにそれ?」

「いや、こっちの話よ」

「……まあいいや。だから陛下から距離を置く人たちはみんなルクレチア様にすり寄るのさ。戦での強さと政治力、このふたつを兼ね備えてあの二人に対抗できるのは大公殿下のご令嬢であらせられるルクレチア様だけだからね」

「しかし、それでは話がおかしいのではないか?」

「なにがおかしいのさ」

「ルクレチア殿はクリスの許嫁いいなずけであろう。いずれ一所になるものを、まるで敵か何かのように」

「なにもおかしくなんてないよ。仲むつまじい貴族の夫婦なんて稀だからね。お兄さんの国はそうじゃないの?」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

画仙紙に揺れる影ー幕末因幡に青梅の残香

冬樹 まさ
歴史・時代
米村誠三郎は鳥取藩お抱え絵師、小畑稲升の弟子である。 文久三年(一八六三年)八月に京で起きて鳥取の地に激震が走った本圀寺事件の後、御用絵師を目指す誠三郎は画技が伸び悩んだままで心を乱していた。大事件を起こした尊攘派の一人で、藩屈指の剣士である詫間樊六は竹馬の友であった。 幕末の鳥取藩政下、水戸出身の藩主の下で若手尊皇派が庇護される形となっていた。また鳥取では、家筋を限定せず実力のある優れた画工が御用絵師として藩に召しだされる伝統があった。 ーーその因幡の地で激動する時勢のうねりに翻弄されながら、歩むべき新たな道を模索して生きる侍たちの魂の交流を描いた幕末時代小説! 作中に出てくる因幡二十士事件周辺の出来事、鳥取藩御用絵師については史実に基づいています。 1人でも多くの読者に、幕末の鳥取藩有志たちの躍動を体感していただきたいです。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

7人のメイド物語

モモん
ファンタジー
理不尽な人生と不自由さ…… そんな物語を描いてみたいなと思います。 そこに、スーパーメイドが絡んで……ドタバタ喜劇になるかもしれません。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...