武士道とは異世界に死ぬことと見つけたり!

Tonks

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038 近習(3)

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「そんなこたねえさ」

 間髪入れず返ってきたクリスの反駁に、五郎太は意表を突かれた。訝しげな眼差しを向ける五郎太に構わず、さも当然のことを言うようにクリスは尚も続けた。

「オマエがただの猪武者いのむしゃじゃねえってことはオレが一番よく知ってる。今はまだ無理だろうが、この国の事情がわかってきたら……そうだな、外交なんかも任せてみてえところだ」

「俺が外交だと!? なにをばかな、そのようなことできる道理が――」

「だってオマエ、あのエルゼベートを見事に篭絡ろうらくして見せたじゃねーか」

 予想もしなかった方角から飛んできた矢に、五郎太はまたしても意表を突かれた。思わずクリスの顔を見守る。だがそこにからかいめいた色はなく、逆に大真面目な表情でじっと五郎太を見つめている。

「エルゼ……殿とのことは男女なんにょの道ではないか。それがたまたま上手く運んだからといって俺に外交の才があるなどと、そんな妙な持ち上げ方をされてはたまらぬわ」

「まーた始まった。何がだ」

 いい加減呆れたと言わんばかりの、わずかに苛立ちさえ感じられる声でクリスは呟いた。横目で見る五郎太に挑むような眼差しを返したあと、クリスは視線を前に戻してふうとひとつ息をいた。

「あのおっかねえ妹をあんな風に手懐てなずけるがあるんなら教えてもらいてえくらいだっての。これはオレだけが言ってることじゃねえぞ? 帝国うちの廷臣なら誰もがそう思ってるだろうさ」

「……」

「言っとくがな、俺が最優先で取り組むべきこの国最大の問題と位置付けていたのは他でもねえ、あいつの婿選びだったんだ」

「……そうなのか?」

「ああ。情けねー話だが、この国はもうあいつなしには立ち行かねーんだよ。なにせ三年前に先皇オヤジがおっんで以来、軍事関係はぜんぶあいつにおんぶにだっこだからな。お蔭で今や、『エスペラスのエルゼベート』と言えば泣く子も黙るビッグネームになっちまった」

 そう言うクリスの声にはどこか忌々しそうな、もっと言えば畏怖するが如き響きがあった。

 血を分けた妹であるのに――などと五郎太は思わない。骨肉相食む乱世に、兄弟の確執などどこにでも転がっている話だからだ。

 実際、右大将様も家督を継いですぐの頃、弟君である勘十郎かんじゅうろう様を死に追いやっている。戦国の世において年の近い兄弟は――ここでは姉妹であるが――それ自体、潜在的な敵同士と言っても過言ではないのである。

「ガルトリアには攻め込まれるわ、サラディーには圧迫されるわ、そんな中、ガタガタの帝国騎士団でどうにかここまで持ちこたえてきたのは、戦の申し子みてえなエルゼベートの才覚と、あいつ自身の規格外れの精霊魔法の実力あってのことだ」

「……」

「だから間違ってもあいつをよその国には嫁に出せねえ。かと言って帝国にはあいつに釣り合う男なんか一人もいやしねえ。それでも先皇オヤジ亡き今、兄としてはそろそろお年頃のあいつに相手を見繕ってやらなきゃならねえ。この国を守るって使命感に燃えてるあいつのモチベーション下げねえ程度に、夢見る乙女を時めかせるような相手をな。その難問に、オレがどれだけ頭を悩ましてたかわかるか?」

「……ふむ」

「そいつをオマエがものの見事に解決してくれたんだ。決闘だけじゃねえ、あいつの言葉借りりゃ『信じられないほど知的でエレガントな小さな宴』によってな。そんなもん見せられたら、オマエの外交手腕に期待すんなっていう方が無理だろ」

「……成る程」

 色々と思うところはあった。だがそれらを呑み込んで五郎太は短くそう返した。

 茶の湯御政道ごせいどう――右大将様が敷かれたその大きな道にあって、確かに茶事は外交の手段として大いに活用されていた。そして己がこの国の人間でないことを思えば、エルゼとの和解のために茶会を催したのも外交には違いない。

 その外交の場で茶の湯が功を奏し、エルゼとの関係を良いものにするという成果を上げることができた……それをもってクリスが茶の湯に外交の手段としての有用性を見出したのだとすれば、為政者の着眼点としてそれは決して的外れではない。

 それに、思えば天王山の大戦おおいくさを前に高山右近様のもとへ遣わされたように、自分はお屋形様の下で既に外交に関わっていたのである。それはとりもなおさずお屋形様の目に、自分がそれを為し得る者であると映っていたということに他ならない。

 そう思い、五郎太は自説を捨てることにした。

 ……精々試してみるがよかろう、外交でも何でもやらせてみるがいい。半分自棄やけになってそう思う五郎太に、けれどもクリスは落ち着いた声で、噛んで含めるようにその話を続けた。

「ただ、それはあくまでオレの希望だ。エルゼベートとのことだってそう、オマエが望むならあいつを貰ってやって欲しいってことだった。……まあ、今さらだけどな」

「……」

「強引に取り込もうとしているわけじゃねえんだ。オマエの意志を捻じ曲げてまで廷臣にしようとは思わねえ。そのへんについては誤解して欲しくねえなあ」

「……ふむ」

「槍のことはまた別だ。あの槍、ジジイがたまげるくらい凄えもんだったんだな。……そんな槍を、オレ助けるために折らせちまった。だったらオレは持ってる材料ぜんぶ出してでも、その槍を元通り以上のもんにしてオマエに返すしかねえだろ」

 しみじみとそう言うクリスの言葉には誠意が滲み出ていた。実際の腹の内はわからない、だが少なくとも五郎太にはそう感じられた。

「……そういうことにしておこう」

 それ故に、五郎太はそう返すしかなかった。兎にも角にもクリスはあのときの約束を守り、摩利支天を元のあるべき姿に戻そうとしてくれているのだ。そればかりは認めてやらねばなるまい。

 だがそう思い得心しようとする五郎太の気持ちを裏切るように悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべ、どこか挑発するような口調でクリスは言った。

「あとまあ、あの槍はさっき言ってた実験の計画線上にあるんだなこれが」

「ん?」

「オマエの感覚からして、エリクシルで地竜はたおせるか?」

「鉄砲であの化物をか? 斃せぬ」

「術師がどんだけいてもか?」

「数の問題ではない。何万人いても斃せぬ」

「それだ。オマエの言う通り、おそらく錬金術師何万人揃えようが地竜は斃せねえ。だったらオレたちの手で、オレたちに味方する地竜をつくればいいじゃねえか、って話になるだろ」

「あの化物を作る? それはどういう――」

「おやおやあ? これはこれは」

 五郎太の問い掛けを遮って、背後から声がかかった。

 振り返ればそこにはあのときの侏儒こびと――エルゼとの果し合いを前に謎めいた歌を残して消えた道化の姿があった。
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