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027 初夜(3)

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 エルゼベートの口から最初に出た言葉がそれであったことに、五郎太は安堵を覚えた。これが和議のための訪問であったとわかったからである。

 思えばクリスの采配で五分ごぶということになりはしたが、エルゼベートとの和解はまだであった。しこりを残さぬためであろう、今日のうちにそれを為しに来てくれたエルゼベートに感謝を覚えながら、五郎太は言葉を選んだ。

「お前様のせいではないわ。元はと言えばクリスが――」

「そうじゃなくて!」

 また大声が来て、五郎太の耳がきぃんとする。顔をしかめながら目を向けると、エルゼベートは怒ったような顔のまま眼前の薄闇を睨めつけていた。

「決闘のときのこと」

「……ん?」

「決闘で、あたしが柱の上に立ってたとき、『背中に羽がはえてる』ってあんた言ったでしょ?」

「……ああ、言ったやも知れぬが」

「実はあれ、ちょっと精霊魔法つかっちゃってたの」

 そう言ってエルゼベートは悄然とうなだれた。それからまた消え入るような声で、独り言のように続けた。

「気を抜くと精霊魔法つかっちゃうんだ、あたし。だからあんたにああ言われて、ドキッとした」

「……」

「走るのだってそう。精霊の力借りて速く走るの、もう身体に染み付いちゃってるの。だから……ごめんなさい」

 そこでエルゼベートははじめて五郎太に向き直り、深々と頭を下げた。

「なぜ、頭など下げられる」

「だって、あんた相手に精霊魔法なんてつかわないって言ったじゃない。それなのにあたし……」

 そう言って唇を噛むエルゼベートに、五郎太はふっと力が抜けるのを覚えた。

「今更であろう。そのようなこと、俺は気付いてもおらなんだわ」

「でも……!」

 尚も食い下がろうとするエルゼベートに、五郎太は親愛の情を込め、完爾かんじと笑いかけた。

「むしろその話を聞き、見事じゃと改めて感じ入っておる」

「見事?」

「精霊魔法とやらのことよ。使おうと思わずとも独りでに使つこうてしまう……それだけの境地に達するまでにどれほどの修練が必要であったものかと思うてな」

「……」

「繰り返しになるが、女であることの一事をもってその者を侮ることは金輪際致さぬ。己にそう戒めることができたが、俺にとって今日一番の収穫よ」

「やっぱり、おっきいなあ……」

 そんな呟きをもらしたあと、エルゼベートはまた前に目を戻した。そして幾分小さな声で、独り言のように言った。

「だったら、あたしの負けだって認めてくれる?」

「ん?」

「みんなの前ではさ、あたしの立場考えてあんなふうに収めてくれたんだよね」

「……まあ、そうなるかのう」

「そっち撤回しろとか言わないからさ、あたしたち二人の間では、あたしの負けだって認めてよ。じゃないとあたしの気が済まない」

「お前様がそう言われるのであれば、俺に異存などないわ」

「なら、決闘はあんたの勝ちってことで」

「うむ。俺の勝ちに相違ない」

 そう口に出して、五郎太の心を爽やかな風が吹き抜けていった。

 もとより、勝負に勝ったことが嬉しかったわけではない。命を懸けて死合った相手と分かり合えたこと――そして何より、その相手が世にもめでたい心映えの女丈夫であるとわかって、身体の疲れも心労も一息に吹き飛んだ気になったのである。

 気が付けばエルゼベートの口調は随分と砕けたものになっている。真剣に立ち合ったことで気心が知れたのか、あるいはあのあににしてこの妹ありと言ったところか。

 ……それにつけても一本気な女性にょしょうである。そう思って、再び前を向いてしまったエルゼベートの横顔を五郎太はつくづくと眺めた。惚れ直したと言っていい。

 もし己の宿痾しゅくあさえなければ、頼み込んででも嫁に来て欲しいところである。だがこうして男女なんにょ二人でひとつ部屋の中に過ごす今もこれ以上身を寄せることが能わぬ情けない男では、この見事な女性にはとても見合わぬだろう。

 そこでふと、エルゼベートが口を開いた。

「……負けちゃったから、約束は守んないとね」

「約束?」

「……約束した通り、あたし、あんたのお嫁になるわよ」

「……」

 エルゼベートの言葉に、五郎太は絶句した。

 そこではじめて、肌も露わな薄衣うすぎぬのみ身に纏った世にも美しい女性にょしょうと二人、夜の寝所に差し向かっているという事実に、五郎太は気付いた。

「さっき、こんな夜更けに何しに来たんだって聞いたよね」

「……ああ、聞いたが」

「そのために来たの」

 そう言ってエルゼベートは真っ直ぐに五郎太を見た。

「今夜あたしがここに来たのは、あんたのお嫁になりに来たの」
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