12 / 50
011 二人旅(1)
しおりを挟む
かくして二人連れの道行きとなったわけだが、初めて共に明かした夜の色づいた遣り取りなどなかったかのように、その道中は何とも情趣のないものであった。
行けども行けども代わり映えのしない野っ原で、五郎太一人であればずっと同じ場所を彷徨っているのではないかという疑念に囚われていたことだろう。だがそんな単調な景色の中にも何か目印のようなものがあるらしく、クリスは随所で馬を進める方角を指し示してくれた。
クリスが口にした通り、出立から人の姿を目にするまでに三日を要した。もっとも、それだけかかったのは馬を攻めなかったこともある。一昼夜駆けさせた後にあの物ノ怪との死闘があった。その上、どちらかといえば華奢な身体とはいえクリスという新たな荷を加えて北斗を駆けさせるのは、五郎太にとってどうにも忍びなかったのである。
三日三晩の無聊も手伝って、道すがら五郎太は己が今いるのがイスパニアであるという推察の確証を得るために何彼とクリスに質問を投げかけた。それに対するクリスからの回答には五郎太の推察を裏打ちするものもあったが、逆に疑いを抱かせる類のものも少なくなかった。
そんな問答を続けるうち、五郎太は推察の検証を抛擲した。結局のところ、五郎太の側にイスパニアについての知識が圧倒的に足りないのだ。何よりここがイスパニアだとわかったからといって何になろうという諦念が五郎太に考えるのを止めさせたのである。
どの道、都合良く日ノ本へ向かう船など見つかるとも思えない。切支丹伴天連に同行させてもらえばあるいは……という思いがないわけではないが、五郎太の同行などまず認めてはもらえぬだろう。五郎太自身が切支丹になりでもすれば別かも知れない。だが信心しておらぬ神を方便のため信じると偽るなど、到底、五郎太にできることではない。
それにつけても、気候が穏やかなのは勿怪の幸いであった。季節は春の終わりということで暑くもなく寒くもなく、雨にも降られなかったため星空天井の夜営に辛苦することもなかった。
もとより五郎太にとって野宿は茶飯事である。こと戦にあっては屋根のある営所の方が珍しいのであるから、一日二日の草枕などどうということはなかった。ただ、クリスも同じくそれを苦としなかったのが五郎太には少し意外だった。
あの物ノ怪に襲われていた場所で何をしていたかという五郎太の問に、領内を視察していたのだとクリスは返答した。それはとりもなおさず、クリスの領国が馬で三日行けどもめぐりきれぬ広大さであることを意味する。
蓋し、クリスは日ノ本でいうなら少なくとも大名にあたる者と考えていいのだろう。それがたまさか遭遇した素性もわからぬ牢人と鼻歌まじりの気安さでこんな出鱈目な旅をしているのだから恐れ入る。五郎太への態度や言動も、明らかに大名のそれではない。
もっとも、右大将様の若かりし頃がまさにそうであったと聞く。氏素性の判然せぬ輩を含め下々の者とつるんでばかりで、それが御父上様との軋轢を生んでいたとも。背中合わせで馬に跨り、のんびり旅の風情を楽しんでいるように見えるクリスに、やがて五郎太はそうした右大将様のごとき懐の広さを感じるようになった。
出会いが出会いだっただけにどうしても軽い目で見てしまいがちだが、あるいは見た目よりもずっと大きな人物なのかも知れない……などと考えはじめた頃には、互いの他に語り合う者とていない数日間を過ごしたこともあり、五郎太はクリスをあたかも長年の友――と言うより止む無く付き合っている腐れ縁のような目で眺めるようになっていた。
行けども行けども代わり映えのしない野っ原で、五郎太一人であればずっと同じ場所を彷徨っているのではないかという疑念に囚われていたことだろう。だがそんな単調な景色の中にも何か目印のようなものがあるらしく、クリスは随所で馬を進める方角を指し示してくれた。
クリスが口にした通り、出立から人の姿を目にするまでに三日を要した。もっとも、それだけかかったのは馬を攻めなかったこともある。一昼夜駆けさせた後にあの物ノ怪との死闘があった。その上、どちらかといえば華奢な身体とはいえクリスという新たな荷を加えて北斗を駆けさせるのは、五郎太にとってどうにも忍びなかったのである。
三日三晩の無聊も手伝って、道すがら五郎太は己が今いるのがイスパニアであるという推察の確証を得るために何彼とクリスに質問を投げかけた。それに対するクリスからの回答には五郎太の推察を裏打ちするものもあったが、逆に疑いを抱かせる類のものも少なくなかった。
そんな問答を続けるうち、五郎太は推察の検証を抛擲した。結局のところ、五郎太の側にイスパニアについての知識が圧倒的に足りないのだ。何よりここがイスパニアだとわかったからといって何になろうという諦念が五郎太に考えるのを止めさせたのである。
どの道、都合良く日ノ本へ向かう船など見つかるとも思えない。切支丹伴天連に同行させてもらえばあるいは……という思いがないわけではないが、五郎太の同行などまず認めてはもらえぬだろう。五郎太自身が切支丹になりでもすれば別かも知れない。だが信心しておらぬ神を方便のため信じると偽るなど、到底、五郎太にできることではない。
それにつけても、気候が穏やかなのは勿怪の幸いであった。季節は春の終わりということで暑くもなく寒くもなく、雨にも降られなかったため星空天井の夜営に辛苦することもなかった。
もとより五郎太にとって野宿は茶飯事である。こと戦にあっては屋根のある営所の方が珍しいのであるから、一日二日の草枕などどうということはなかった。ただ、クリスも同じくそれを苦としなかったのが五郎太には少し意外だった。
あの物ノ怪に襲われていた場所で何をしていたかという五郎太の問に、領内を視察していたのだとクリスは返答した。それはとりもなおさず、クリスの領国が馬で三日行けどもめぐりきれぬ広大さであることを意味する。
蓋し、クリスは日ノ本でいうなら少なくとも大名にあたる者と考えていいのだろう。それがたまさか遭遇した素性もわからぬ牢人と鼻歌まじりの気安さでこんな出鱈目な旅をしているのだから恐れ入る。五郎太への態度や言動も、明らかに大名のそれではない。
もっとも、右大将様の若かりし頃がまさにそうであったと聞く。氏素性の判然せぬ輩を含め下々の者とつるんでばかりで、それが御父上様との軋轢を生んでいたとも。背中合わせで馬に跨り、のんびり旅の風情を楽しんでいるように見えるクリスに、やがて五郎太はそうした右大将様のごとき懐の広さを感じるようになった。
出会いが出会いだっただけにどうしても軽い目で見てしまいがちだが、あるいは見た目よりもずっと大きな人物なのかも知れない……などと考えはじめた頃には、互いの他に語り合う者とていない数日間を過ごしたこともあり、五郎太はクリスをあたかも長年の友――と言うより止む無く付き合っている腐れ縁のような目で眺めるようになっていた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説

四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判
七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。
「では開廷いたします」
家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる