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050 神聖アウラリア帝国最後の日(2)
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「血迷われたか! そのようなことが赦されると――」
「司教殿に問う! なぜ今度の戴冠に限り大司教猊下がおいでにならなかったのか! なぜ法王聖下の文書すらないのか! 精霊庁にとって我々はその程度の存在でしかなくなったと考えて良いか!」
「それは……」
アイリアの問い掛けに、司教は答えられない。民衆はざわめくのをやめ、固唾を呑んでアイリアに注目している。なぜならアイリアの言葉は、民衆の想いをそのまま代弁したものだったからだ。
だが――だからこそ司教は答えられない。そんな司教に畳み掛けるように、アイリアは威風堂々と質問を重ねた。
「司教殿に問う! 法王聖下は真に我が国に皇帝権を託したいとお考えか! 本心では託すことなど望んでいないそれを、因襲ゆえに与えてくださっているだけなのではないか! 神託の皇帝権を授けられしこの国が今後も永きにわたり栄え続けると、精霊庁は本当にそう信じておられるのか! 建前はどうあれ、このような小国となり果てた我が国は皇帝権を託すに値しないと、それが精霊庁の本音なのではないか!」
あまりにもあからさまなアイリアの弾劾に、民衆は寂として声も出ない。誰もが心では思いながらも表だっては口に出せないでいたことを、場所もあろうに戴冠式の席で皇帝になるべき者が放言したのだ。
もちろん司教は答えられない。答えられるはずがない。
アイリアの言葉には一切迷いがなかった。台本も何もなかったが、そんなものは必要なかった。祐人に言えと言われたそれは、アイリアにとっても言いたくて堪らないことだったからだ。皇帝となる身ではうかつに口に出せない、だが死ぬ前にでも誰かに大声で言ってやりたいとかねてから思っていた胸の内を、洗いざらいぶちまけてもいいと言われた。そのことでアイリアの心は羽が生えたように軽くなった。
だからこそ、アイリアの言葉には魂がこもった。今のアイリアはただ冠を被せられるために出てきた女ではない。精霊の代弁者たる司教に真っ向から対峙する、この場に詰めかけた民衆の代弁者だった。
「答えられぬようならそれが精霊庁のお考えであると受け止める! 皆の者よ! これが精霊庁の意思だ! 自分たちのあるべき姿に固執し、因襲にがんじがらめになり、何ひとつ変えようとしない教条主義の権化だ! だが皆の者よ! 同じことが我々にも言えるのではないか!? 過去の栄光に縋り、黴の生えた権威を守り続け、四方に迫る脅威を前に何もできない、何も変わろうとしない! 我々は生まれ変わらねばならない! 三百年余の永きにわたり保ったこの国――神聖アウラリア帝国を、今ここに滅ぼそう! 精霊の託宣などもう必要ない! 私、アイリア=エウレリウス=アウラリアは、ここに自らの意思により王として立つことを宣言する! だが聞け、皆の者よ! 王として立つのは私ばかりではない!」
アイリアの言葉に呼応するように、王宮の正門からアイリアと同じ皇帝の正装に身を包んだ女が進み出た。静まりかえっていた民衆はそれを見てざわめきはじめた。
それはエレネだった。アイリアの隣に並んだエレネは、穏やかな表情で凛然と民衆に宣告した。
「わたくし、エレネ=エウレリウス=アウラリアは、ここにおります妹、アイリア=エウレリウス=アウラリアと共に、この国の王となることを宣言します! 二人で手を取り合い、車の両輪となってこの国の未来を切り拓いてまいります! わたくしたちは今ここに、新生アウラリア王国の建国を宣言します!」
最初は小さなざわめきだった。だがそれが新たな王となった二人の名を連呼するシュプレヒコールとなるまでに時間はかからなかった。
その熱にあてられながら、アイリアとエレネは自分たちがひとつめの賭けに勝ったことを知った。その賭けに自分たちを向かわせた一人の男の読みが正しかったことを、はっきりと目に見える形で思い知らされたのだ。
◇ ◇ ◇
『わたくしとアイリアが両王として並び立つ……そのようなことが』
『ああ、そうだ。何か問題あるか?』
『いえ……ただ、先例がないのではないかと』
『新国家に先例も何もあるか。まあ、遠い昔に似たような例がないわけじゃないみたいだけどな』
『遠い昔……そうか! 姉上、ローラリア両王です!』
『ローラリア両王……! そうでした。帝国の前身となったローラリア王国の礎を築いたのは、比翼の鳥と謳われた二人の王』
『それだ。そっちは夫婦だから、厳密には一緒じゃないけどな。不仲を噂されていたアイリアとエレネが両王となって二人で統治する。このインパクトは大きいはずだ。それだけじゃないぞ。アイリアとエレネが統治する新しい王国の要となるのは――』
「司教殿に問う! なぜ今度の戴冠に限り大司教猊下がおいでにならなかったのか! なぜ法王聖下の文書すらないのか! 精霊庁にとって我々はその程度の存在でしかなくなったと考えて良いか!」
「それは……」
アイリアの問い掛けに、司教は答えられない。民衆はざわめくのをやめ、固唾を呑んでアイリアに注目している。なぜならアイリアの言葉は、民衆の想いをそのまま代弁したものだったからだ。
だが――だからこそ司教は答えられない。そんな司教に畳み掛けるように、アイリアは威風堂々と質問を重ねた。
「司教殿に問う! 法王聖下は真に我が国に皇帝権を託したいとお考えか! 本心では託すことなど望んでいないそれを、因襲ゆえに与えてくださっているだけなのではないか! 神託の皇帝権を授けられしこの国が今後も永きにわたり栄え続けると、精霊庁は本当にそう信じておられるのか! 建前はどうあれ、このような小国となり果てた我が国は皇帝権を託すに値しないと、それが精霊庁の本音なのではないか!」
あまりにもあからさまなアイリアの弾劾に、民衆は寂として声も出ない。誰もが心では思いながらも表だっては口に出せないでいたことを、場所もあろうに戴冠式の席で皇帝になるべき者が放言したのだ。
もちろん司教は答えられない。答えられるはずがない。
アイリアの言葉には一切迷いがなかった。台本も何もなかったが、そんなものは必要なかった。祐人に言えと言われたそれは、アイリアにとっても言いたくて堪らないことだったからだ。皇帝となる身ではうかつに口に出せない、だが死ぬ前にでも誰かに大声で言ってやりたいとかねてから思っていた胸の内を、洗いざらいぶちまけてもいいと言われた。そのことでアイリアの心は羽が生えたように軽くなった。
だからこそ、アイリアの言葉には魂がこもった。今のアイリアはただ冠を被せられるために出てきた女ではない。精霊の代弁者たる司教に真っ向から対峙する、この場に詰めかけた民衆の代弁者だった。
「答えられぬようならそれが精霊庁のお考えであると受け止める! 皆の者よ! これが精霊庁の意思だ! 自分たちのあるべき姿に固執し、因襲にがんじがらめになり、何ひとつ変えようとしない教条主義の権化だ! だが皆の者よ! 同じことが我々にも言えるのではないか!? 過去の栄光に縋り、黴の生えた権威を守り続け、四方に迫る脅威を前に何もできない、何も変わろうとしない! 我々は生まれ変わらねばならない! 三百年余の永きにわたり保ったこの国――神聖アウラリア帝国を、今ここに滅ぼそう! 精霊の託宣などもう必要ない! 私、アイリア=エウレリウス=アウラリアは、ここに自らの意思により王として立つことを宣言する! だが聞け、皆の者よ! 王として立つのは私ばかりではない!」
アイリアの言葉に呼応するように、王宮の正門からアイリアと同じ皇帝の正装に身を包んだ女が進み出た。静まりかえっていた民衆はそれを見てざわめきはじめた。
それはエレネだった。アイリアの隣に並んだエレネは、穏やかな表情で凛然と民衆に宣告した。
「わたくし、エレネ=エウレリウス=アウラリアは、ここにおります妹、アイリア=エウレリウス=アウラリアと共に、この国の王となることを宣言します! 二人で手を取り合い、車の両輪となってこの国の未来を切り拓いてまいります! わたくしたちは今ここに、新生アウラリア王国の建国を宣言します!」
最初は小さなざわめきだった。だがそれが新たな王となった二人の名を連呼するシュプレヒコールとなるまでに時間はかからなかった。
その熱にあてられながら、アイリアとエレネは自分たちがひとつめの賭けに勝ったことを知った。その賭けに自分たちを向かわせた一人の男の読みが正しかったことを、はっきりと目に見える形で思い知らされたのだ。
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『ああ、そうだ。何か問題あるか?』
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