代行世界のカサノヴァ

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047 戴冠式前夜(2)

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 ――あかりのともらない部屋の中に、アイリアは一人立っていた。あの森の中で初めて出会ったときと同じ服を着て、あのときと同じ打ち拉がれた目で、じっと祐人を見つめていた。

 その眼差しを見ただけで、祐人はもう泣けそうになった。自分が彼女にどれだけ酷い仕打ちをしたのか、憔悴したその眼差しがすべて物語っていた。

「黙っていなくなってごめん。あの時は――」

「いや、私の方こそ謝らなければならない。本当に申し訳なかった」

 そう言ってアイリアは深々と頭を下げた。もう一度頭を上げたとき、その顔には何かにえるような表情が浮かんでいた。その表情のまま、アイリアは静かに切り出した。

「ユートが国政に強い意欲を持っていることはわかっていた。しかし……口にするのも情けないが、ユートを政治に参与させるだけの力を私は持っていなかった。先代の皇帝亡き今、この国で私が一番皇帝に近い立場だというのにおかしな話だ」

「……」

「あの時の私はどうすればユートを国政に近づけられるか考えて……いや、嘘は止めよう。国政に関わりたいというユートの思いを、私は無視していた。本当のことを告げれば、ユートが失望して私の傍から離れてしまうのではないかと思って……それがこわかった」

 そこでアイリアは大きくひとつ息をいた。それからまた祐人に向き直り、真剣な表情を作って、言った。

「ユートに助けられて城に戻ったのはいいが、私は不安で堪らなかった。その不安を誤魔化すために、私は貴方との愛に溺れた。ユートに抱かれている時だけ、私は不安を感じないでいられた。帝国を憂うユートの気持ちを無視し、宮廷の事情にかこつけてあんな欲望の捌け口のような扱いをしてしまい……これでは愛想を尽かされても当然だ」

 そう言ってアイリアは右手で顔を覆った。指の隙間から後悔がこぼれ落ちてくる……そんな表情に、祐人は言葉がかけられなかった。

「ユートがいなくなって初めて、私はそのことに気づいた。私の中でユートの存在がどれだけ大きくなっていたのかということも……。もう一度ユートに会えると知ってまず思ったのは、それを謝らなければならないということだった。ユートを引き上げるには私の力が足りなかった。……せめて包み隠さずありのままを言えばそういうことになる。本当に済まなかった。この通りだ」

 心底悔しそうな声でそう言うと、アイリアは深く頭を下げた。アイリアが頭を上げるのを待って、祐人が言葉を継いだ。

「事情はわかったよ。俺の方こそ、あのときは無理言ってごめん。普通に考えればそうだよな。どこの誰ともわからないような得体の知れない男が、たまたま皇女様を助けたからといって国政に食い込めるはずなんかない」

「……」

「アイリアとああいう仲になって、これならすぐ政治の場に加えてもらえるんじゃないかって、そんな図々しいこと考えていたのは俺の方だ。アイリアの気持ちを利用するようなことをして済まなかった。本当にごめん」

「……なら、お互い様だな」

 祐人の言葉にアイリアは少しだけ笑みを浮かべた。だが、すぐにその笑みを消して、言った。

「……ただ、こんなことを言うのは心底情けないのだが、あれだけ時間があったというのに、今もって宮廷にユートを迎える準備ができていない。そればかりか、事態はあの時に輪をかけて混迷を極めている」

「……」

「ユートも知っているだろう、第一皇女にして私の姉上であるエレネが何者かにより拐かされ、宮廷は大騒ぎになっている。姉上を推していた者たちは私を事件の首謀者とみなし、精霊庁への弾劾も辞さない構えだ。戴冠式は明日に迫っているのに、宮廷内の意思統一はおろか、私を推してくれていた者たちとの関係もあやしくなってきた」

 そう言ってアイリアは両腕で身体を抱くようにし、わずかに震え始めた声でなおも続けた。

「……正直なところ、ユートに助けてもらおうにも、何をどう助けてもらったらいいかさえわからない状況なのだ。精々収拾に努めてきたが、もうどうすることもできない」

「……」

「泣き言など言いたくない……泣き言など言いたくないが、私はもう疲れた。出会ったあの日に願ったように、ユートと共に消えてしまいたい。どこか遠くの国へ行き、そこで、ユートと二人で……」

 そこで詰まると、アイリアは声もなく大粒の涙を流し始めた。言ってはならないことを言ってしまった、そう思ったのだろう。

 祐人は、とても堪らなかった。……自分がいなくなったことで、アイリアはずっと一人で戦ってきた。

 ――だが、今日からは一人じゃない。

「準備なら全部、俺の方でやっておいたよ」

「……え?」

「アイリアに皺寄せがいってしまったようで申し訳なかった。お姉さん――エレネは俺のもとにいる。というか、実は俺があの塔からエレネを連れ出したんだ」

 呆然という言葉そのものの表情で、アイリアは声もなく祐人を見つめた。祐人はアイリアに一歩近づき、手を伸ばせば届く場所に立って、話を続けた。

「カステリオ卿――ロザリーの計略に引っかかって、エレネはあの塔に閉じこめられていた。だが間違っちゃいけない。エレネは何もアイリアのことを悪く思ってたわけじゃない。ただ奇跡を示せないアイリアが皇帝になったらきっと苦労するだろうと思って反対していただけだ」

「……姉上が」

「その気持ちにつけこまれて、エレネは皇位をロザリーに譲り渡そうとしていた。自分にも皇帝は務まらないと思ってな。もっとも、ロザリーは平和裏に禅譲を受けようとしていたんじゃない。アイリアとエレネを亡き者にして、その上で冠を受けようとしていたんだ。だがそのロザリーだって、我が身かわいさに簒奪を企てていたわけじゃない。力の無い者が皇位に就けばこの国は滅びる。それならば自分が皇帝となってこの国を建て直すしかない。さんざん思い悩んだ挙げ句に辿り着いた、それがロザリーの結論だったんだ」

「……」

「けど実際のところは、ロザリーも他のやつの思惑に踊らされていた。精霊庁だ。裏で糸を引いていたのは精霊庁だった。アイリアとエレネの諍いもロザリーの簒奪の企ても、元をたどれば全部連中が仕組んだことだった。俺からの情報提供で、ロザリーも遂にその事実に気づいた。罪を償いたいから殺してくれって言われたけど、俺はロザリーには生きて働いてもらった方がこの国のためになると思った。そう言って説得したら、ロザリーも今後の国政では全面的に俺の方針に従うことを約束してくれたよ」

「ユート、貴方は一体……」
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