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035 攫われの皇女と幽霊屋敷での日々(2)
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エレネの話から祐人が次の標的に定めたのはカステリオ卿だった。
カステリオ卿の館は城から離れており、王宮の混乱は館まで及んでいない。逆に城の警備に人をまわして館は手薄になっていたから、忍び込んで探るには都合の良い状況だった。ルカは連日にわたって顔を変え姿を変え、煙のように館の内側に入り込んでは情報を吸い上げていた。
また、カステリオ卿は敬虔な精霊信徒で、毎週安息日になると町外れにある古びた教会に供も連れず一人で赴き、彼女だけのためにわざわざ精霊庁から遣わされる告解師を相手に告解――要するに懺悔を行う。護衛もなしに寂れた町外れまで出歩くのは、カステリオ卿自身が並外れた剣技と奇跡の使い手だからということもあるようだが、それ以上に告解というイベントに重きを置いているからだと祐人はみていた。
その告解の内容を盗み聞きするのはルカにとってたやすい仕事である。案の定、カステリオ卿は皇位を簒奪しようとしていることに加え、皇女二人を殺めようとしていることを何度も精霊に懺悔していたという。
ある意味、決定的な情報だったが、それは祐人にとって事実を追認するための材料でしかなかった。祐人が知りたかったのは、それをカステリオ卿が本当に自分一人の意志でやっているのかということだ。言い換えれば裏に別の誰かがいないか、それが知りたかったのである。
この手の争い事で重要なのはまず最初に、本当に戦うべき敵が誰かをはっきり見定めることだという哲学が祐人にはある。蜥蜴の尻尾と争っていても仕方がないのだ。
――カステリオ卿による皇位簒奪のシナリオ。彼女の背後にいてその絵図を描いたのは誰か?
だがそのあたりはルカが全力で探ってもなかなか目星い情報が掴めなかった。カステリオ公爵――つまり卿の母親にしてカステリオ公家の当主は存命だが、数年前に卒中で倒れてから簡単な意思の疎通も難しくなり、卿が実質的に公家の一切を取り仕切っている。
ちなみに病に倒れるまでの公爵は艶福家としてつとに名高く、カステリオ卿の父親が誰かもわからないらしい。祐人にしてみれば信じられない話だが、女性優位のこの世界でそうしたことは別に珍しくもないのだという。
いずれにしても、カステリオ卿は館の中のことから宮廷での方針に至るまですべてを自分一人で決定している。公家に仕える侍従長や宮廷内での側近からの助言を受け容れることはままあるようだが、基本的には独断専行を絵に描いたような人物なのである。
少なくとも皇位の簒奪などという大きなことを誰かに命じられてやる人間のようには思えないし、実際、そうした誰かの陰もない。やはり裏で糸を引いている者などいないのだろうか――進展のない調査に祐人がそう思い始めたとき、祐人の元に小さな鍵となる情報――一枚の羊皮紙がもたらされたのである。
◇ ◇ ◇
その羊皮紙とは、カステリオ卿が告解を行う教会の近くの林の中に捨てられていたのを、ルカが偶然拾ったものだった。ルカも最初は捨てられたままにしておくつもりだったのだが、何となく気になって持ち帰り、祐人に渡したのだ。
渡された当初、祐人もそれをたいした情報ではないと考え、流しかけたのだが、羊皮紙に書かれていた内容が祐人の気にかかった。
それはどうやら告解の内容をメモしたもののようだった。正確には告解の冒頭までを書き留め、書き損じたために反故となったメモである。そのため、書かれている内容など無きに等しいが、落ちていた場所からしてそれはカステリオ卿の告解の中身を記録しようとして書き付けられたものとみて間違いない。あの教会で告解を行う者はカステリオ卿の他にいないからだ。
――けれども、それはおかしいのではないかと祐人は考えた。
祐人が把握している限りこの世界における告解という行為は、あちらにおけるローマカトリック教会のそれと酷似している。要は信者が自分の犯した罪を告白し、告解師の耳を介してその告白を天へ伝えるというシステムだ。
もとより信者であったことなどなく、百科事典的な知識しか持ち合わせていない祐人が強く断言できるものではないが、ここでの告解師の役割はあくまで右から左へ信者の告白を素通りさせることであって、その告白を自分の中に留める必要はない……と言うより、留めてはならないのではないか。それがなぜ告解のメモなどというものが存在するのだろう?
ルカと二人でしばらく考えてみたが、納得のゆく結論は出なかった。信心が皆無であるばかりか一時期は精霊を呪ってさえいたというルカに、告解の深いところはよくわからないということだ。ただ良家の子女であれば小さい頃から宗教的な教育を受けるし、そのあたりの事情も熟知しているだろうと付け加えるのを忘れなかった。つまり、エレネに聞いてみろということだ。
そのアドバイスに従い、事情を説明して羊皮紙を見せると、エレネは信じられないといった面持ちで羊皮紙を受け取り、それがいかにあり得ないものであるかを珍しく強い調子で祐人にうったえた。
――告解とは信者が精霊に罪を打ち明けるものであり、告解師はあくまで精霊の代理に過ぎない。打ち明けた罪が告解師の中に留まるなど、仮にそのようなことがあれば信仰の本質が失われることになる。
エレネの話を要約すれば、概ねそういうことのようだった。その話を聞き終わったとき、祐人の中にひとつの疑念が生まれていた。疑念と言うより、それはほぼ確信に近かった。
――この件の黒幕は精霊庁ではないか。
これ以降、祐人はその仮説を検証するための作業に没頭することになる。
カステリオ卿の館は城から離れており、王宮の混乱は館まで及んでいない。逆に城の警備に人をまわして館は手薄になっていたから、忍び込んで探るには都合の良い状況だった。ルカは連日にわたって顔を変え姿を変え、煙のように館の内側に入り込んでは情報を吸い上げていた。
また、カステリオ卿は敬虔な精霊信徒で、毎週安息日になると町外れにある古びた教会に供も連れず一人で赴き、彼女だけのためにわざわざ精霊庁から遣わされる告解師を相手に告解――要するに懺悔を行う。護衛もなしに寂れた町外れまで出歩くのは、カステリオ卿自身が並外れた剣技と奇跡の使い手だからということもあるようだが、それ以上に告解というイベントに重きを置いているからだと祐人はみていた。
その告解の内容を盗み聞きするのはルカにとってたやすい仕事である。案の定、カステリオ卿は皇位を簒奪しようとしていることに加え、皇女二人を殺めようとしていることを何度も精霊に懺悔していたという。
ある意味、決定的な情報だったが、それは祐人にとって事実を追認するための材料でしかなかった。祐人が知りたかったのは、それをカステリオ卿が本当に自分一人の意志でやっているのかということだ。言い換えれば裏に別の誰かがいないか、それが知りたかったのである。
この手の争い事で重要なのはまず最初に、本当に戦うべき敵が誰かをはっきり見定めることだという哲学が祐人にはある。蜥蜴の尻尾と争っていても仕方がないのだ。
――カステリオ卿による皇位簒奪のシナリオ。彼女の背後にいてその絵図を描いたのは誰か?
だがそのあたりはルカが全力で探ってもなかなか目星い情報が掴めなかった。カステリオ公爵――つまり卿の母親にしてカステリオ公家の当主は存命だが、数年前に卒中で倒れてから簡単な意思の疎通も難しくなり、卿が実質的に公家の一切を取り仕切っている。
ちなみに病に倒れるまでの公爵は艶福家としてつとに名高く、カステリオ卿の父親が誰かもわからないらしい。祐人にしてみれば信じられない話だが、女性優位のこの世界でそうしたことは別に珍しくもないのだという。
いずれにしても、カステリオ卿は館の中のことから宮廷での方針に至るまですべてを自分一人で決定している。公家に仕える侍従長や宮廷内での側近からの助言を受け容れることはままあるようだが、基本的には独断専行を絵に描いたような人物なのである。
少なくとも皇位の簒奪などという大きなことを誰かに命じられてやる人間のようには思えないし、実際、そうした誰かの陰もない。やはり裏で糸を引いている者などいないのだろうか――進展のない調査に祐人がそう思い始めたとき、祐人の元に小さな鍵となる情報――一枚の羊皮紙がもたらされたのである。
◇ ◇ ◇
その羊皮紙とは、カステリオ卿が告解を行う教会の近くの林の中に捨てられていたのを、ルカが偶然拾ったものだった。ルカも最初は捨てられたままにしておくつもりだったのだが、何となく気になって持ち帰り、祐人に渡したのだ。
渡された当初、祐人もそれをたいした情報ではないと考え、流しかけたのだが、羊皮紙に書かれていた内容が祐人の気にかかった。
それはどうやら告解の内容をメモしたもののようだった。正確には告解の冒頭までを書き留め、書き損じたために反故となったメモである。そのため、書かれている内容など無きに等しいが、落ちていた場所からしてそれはカステリオ卿の告解の中身を記録しようとして書き付けられたものとみて間違いない。あの教会で告解を行う者はカステリオ卿の他にいないからだ。
――けれども、それはおかしいのではないかと祐人は考えた。
祐人が把握している限りこの世界における告解という行為は、あちらにおけるローマカトリック教会のそれと酷似している。要は信者が自分の犯した罪を告白し、告解師の耳を介してその告白を天へ伝えるというシステムだ。
もとより信者であったことなどなく、百科事典的な知識しか持ち合わせていない祐人が強く断言できるものではないが、ここでの告解師の役割はあくまで右から左へ信者の告白を素通りさせることであって、その告白を自分の中に留める必要はない……と言うより、留めてはならないのではないか。それがなぜ告解のメモなどというものが存在するのだろう?
ルカと二人でしばらく考えてみたが、納得のゆく結論は出なかった。信心が皆無であるばかりか一時期は精霊を呪ってさえいたというルカに、告解の深いところはよくわからないということだ。ただ良家の子女であれば小さい頃から宗教的な教育を受けるし、そのあたりの事情も熟知しているだろうと付け加えるのを忘れなかった。つまり、エレネに聞いてみろということだ。
そのアドバイスに従い、事情を説明して羊皮紙を見せると、エレネは信じられないといった面持ちで羊皮紙を受け取り、それがいかにあり得ないものであるかを珍しく強い調子で祐人にうったえた。
――告解とは信者が精霊に罪を打ち明けるものであり、告解師はあくまで精霊の代理に過ぎない。打ち明けた罪が告解師の中に留まるなど、仮にそのようなことがあれば信仰の本質が失われることになる。
エレネの話を要約すれば、概ねそういうことのようだった。その話を聞き終わったとき、祐人の中にひとつの疑念が生まれていた。疑念と言うより、それはほぼ確信に近かった。
――この件の黒幕は精霊庁ではないか。
これ以降、祐人はその仮説を検証するための作業に没頭することになる。
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