代行世界のカサノヴァ

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031 ひきこもりプリンセス螺旋(4)

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「どうなっている……と申しますと?」

「ええ。女性が奔放になっている、と申しましょうか。情熱的に男性を求める傾向にある、と申しましょうか。最近とみにそのように感じる機会がありまして。……率直に申しましょう。自分には、どうもこの国の女性の貞操観念が乱れているように思えてならないのです」

 いっそ場の雰囲気をぶち壊せば間違いも起きない。そう思って祐人はつとめて無機的かつ色気のない言葉を選び、このタイミングでするにはあまりにもあんまりな議論を女性にふっかけた。

 だが祐人の予想に反し、女性は気分を害するでもなく穏やかな笑顔のまま、これまで通りおっとりした調子で答えを返してきた。

「わたくし個人の考えになりますが、それも致し方ないことだと思います。ご存じのように、明日をも知れぬ乱世でございます。この国も、いつ余所の国に攻め滅ぼされるかわかりません。生あるうちに思いを遂げ、子をなし未来へ繋げたいと願う女性の心を、わたくしは尊いとさえ感じます」

 静かな声で涼やかにそう言い放つ女性に、祐人は二の句が継げなかった。彼女の言う通りだと思ってしまったからだ。

 奇しくもそれはあの日のアイリアが婆やを前に必死でうったえていた想いと重なる。明日をも知れぬ我が身となったとき、せめて女として愛しい人に抱かれたいと願ってしまった。それすらも自分には許されないのか――と。

 その想いを、祐人は否定できない。だが場の雰囲気を破壊すべくあえて空気を読まない議論をふっかけた者としては、そう簡単に引き下がるわけにはいかない。

「……おっしゃることはわかります。しかしですね、出会って半日もしないうちにそういった関係になるというのは、正直いかがなものでしょうか。そういうことは時間をかけてお互い知り合い、わかり合えたあとに待っているご褒美のようなものであるべきなのではないかと、自分はそのように考えるのですが」

「そうでしょうか? 気が合うかどうかなど半刻も語り合えばわかりましょう。逆に何年一緒に暮らしていてもわからないことなどいくらでもございます。そのことを思えば、出会ってからの時間など、さして問題になるようなものとも思いません。それともご褒美が先で、何かご都合の悪いことでも?」

 そう言って女性はぐっと祐人に身体を近づけてくる。彼女自身が耽美小説風に描写した通りの薄紅の唇と、腕に触れるか触れないかのところまできている柔らかなかたまりに、さすがに祐人も女性を一人の異性として意識せざるを得なかった。

 そしてまたしても祐人は、女性の答えに反論の言葉を持たなかった。……そもそも土台無理な話だ。たとえるなら目の前に美味しそうなご馳走が湯気をたてており、涎をたらしてそのご馳走にありつきたいと思っている人間が、自分でその食欲を否定しているような状況なのだ。議論の趨勢など最初から決まっている。

 ……それにしてもこの女、ほどよく天然が入った世間知らずのお嬢様かと思いきや、なかなかどうして隙のない丁寧な理詰めでくる。

 実のところ、祐人にとってかなり苦手なタイプだった。苦手なタイプというのは、嫌いなタイプということではない。逆に自分が気づかないうちに、いつの間にか懐に入られているという意味で苦手なのだ。

 あちらの世界で祐人が唯一人付き合ったことがある女がまさにそのタイプだった。コンパでは軽いノリで「えーわかんなーい」を連発していたが、二人で会うようになるとやたら理知的でしっかりと自分の考えを持っており、いつの間にか祐人の部屋に居着いていたという感じだ。

 結局、その女とは派手な喧嘩をして別れたが、苦手意識はしっかりと祐人の中に残った。それはとりもなおさず、祐人が男としてこの手の女に弱いということに他ならない。

「かつてこの国が繁栄していた時代の名残である凝り固まった価値観に縛られ、女性たちが貞淑な人生とやらにしがみついていては、この国はいっそう衰退してしまいます。そう考えれば、惹かれ合う男女が結ばれることに何の問題がありましょう。奔放になっている? 情熱的に殿方を求める傾向にある? 大いに結構ではありませんか。わたくしには、そんな女性たちが羨ましく思えます。惹かれた殿方と、惹かれたままに結ばれる……もし許されるものならば、わたくしもそんな人生を送ってみたかった」

 最後の一言だけ笑顔を消し、儚げな表情でしんみりと女性は呟いた。

 そこで祐人は今更のように、女性がなぜこんな場所に幽閉されているのか訊ねていなかったことに気づいた。と言うより、女性の名前すら聞いていない。……これではアイリアのときと一緒だ。そう思って祐人は小さく咳払いし、居住まいを正して女性に向き直った。

「ごめん、忘れてたけど俺の名前は祐人」

「ユート様、ですか」

「それで、貴女のお名前は?」

「これはたいへん失礼を。わたくしはエレネと申します」

「エレネ……」

 どこかで聞いた名前――と考え始めてすぐ、記憶の糸が繋がった。神聖アウラリア帝国第一皇女、つまりはアイリアの姉にあたる人がそんな名前だった。

 改めて女性を見れば、確かにどこかアイリアに似ている気がする。不思議そうな顔で俺を見るこの人は、皇位をめぐって世論を二分する渦中のお姫様だったのだ。

「……っ!」

 ――そのとき、扉の向こうから階段を上ってくる靴音が聞こえた。ひとつふたつではない、何人も上ってきているようだ。

 ……ここに踏み込まれたらまずい。だが逃げ道はひとつ……その逃げ道を彼らは上ってきている。どうすればいい……どうすれば。焦りの中、ぐるぐるとまわる祐人の頭が、不意にやわらかいものに包まれた。

 見上げれば、慈しむように微笑むエレネの顔があった。そこで初めて、祐人は自分がエレネの胸にかき抱かれていることを理解した。

「大丈夫、わたくしが守って差し上げます」

 聖母のような笑みを浮かべ、優しく子供に語りかけるようにエレネは言った。祐人は、張り詰めていた気持ちがゆるむのを感じた。この世界に来て初めて、心の底からの安心を覚え、甘えるようにその豊かな胸に顔をうずめた。

「――申し上げます。緊急にお伺いしたき儀が」

「無礼でありましょう! 誰より、どのような権限を得てわらわの部屋へ!」

「はっ……しかしながら、ことは急を要し――」

「何人たりともこの部屋へ近づくこと罷りならず、と定めた触れを何と心得ます! 斬罪も覚悟の上の狼藉と、そのように考えてよろしいか――」

 さっきまでとは人が変わったように厳しく威風堂々とした声――そんなエレネの声を聞きながら、甘い匂いのするやわらかな谷間に顔を埋め、祐人は暖かい海にたゆたっているような深い安心感を覚えていた。
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