代行世界のカサノヴァ

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028 ひきこもりプリンセス螺旋(1)

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「――おい、そっちにはいたか!?」

「いやいない! 回廊の方はどうだ――」

 翌日。祐人は城の奥まった所で衛兵に追い詰められていた。

 ルカとの会話の中でもう一度アイリアと会って話をすることを決意した祐人は、単身、王城に乗り込んだのである。ルカに協力を頼むことも考えたが、同じ会話の中で打ち明けられたルカの女心を思うとそれもできなかった。どう言い繕ってみても、前の女に会いに行くことに変わりはないからだ。

 どうやって忍び込もうかと思い悩んだ挙げ句、祐人は結局、城を出たときと同じようにアイリアに変装して潜入することにした。あのときのアイリアの服と鬘は、捨てようかと迷ったものの、結局とっておいたのである。出るときには問題なかったのだから入るときも、という計算だったわけだが、それがとんだ計算違いだったことをすぐに思い知らされることになる。

 城に足を踏み入れるや、最初からそんな格好をした男が来ることがわかっていたかのように一瞬で「おい、いたぞ!」という声がかかり、そこからどこかのバラエティ番組で見たような真剣勝負の鬼ごっこが始まった。

 初動で躓いた祐人は城から出ることを試みたのだが、複数の衛兵に回り込まれてしまいそれもできず、奥へ奥へと逃げるはめになった。やがて走るのに邪魔なアイリアの扮装も脱ぎ捨て、ハーフパンツに薄いシャツ一枚という軽装になってひたすら逃げ続けた。

 一時は銃を使うことも考えた。実際、何度か懐に指を伸ばしかけたのだが、その度に、それだけは駄目だと思い留まった。

 ここで衛兵を撃ったらアイリアに顔向けできないということもある。だが何より、ルカを撃ったときのことが祐人の頭から離れなかった。あの一発の弾丸で、危うくルカの人生をふいにしかけた。金を盗んで逃げた盗人を撃ったのだから問題ない――などということにはならない。その盗人がほどなくして相棒兼愛人……もとい恋人ともいうべき大切な人になったのだ。

 ――もう俺はこの銃で誰も殺さない。本当に必要な時しかトリガーに指をかけない。互いに相棒となることを約束した日の夜、あどけないルカの寝顔を見つめながら心に誓った思いが、懐に忍ばせたその銃を祐人に抜かせないのだった。

「……けど、どうすりゃいいんだこれ」

 悪魔の銃には頼らない――などと格好をつけながらその実、祐人は焦りに焦っていた。

 アイリアの部屋にいるときは窺い知ることができなかったが、城の敷地は思いのほか広く、祐人は既に自分がどこをどう走っているのかわからなくなっていた。アイリアの部屋を訪ねることなどもうとっくの昔に諦めたが、どっちの方向へ走れば城から出られるのか、それさえもわからない。このままでは捕まるのも時間の問題だった。

 捕まってアイリアの前に引き出されるならまだしも――まあそれもかなり気まずいものがあるが――賊とみなされれば、まず命はない。盗人が縛り首なら当然それと同じか、あるいはもっと重い刑罰が待っているに違いない。磔か火焙り……あるいは古代ヨーロッパには金属でできた牛の像の内側に罪人を閉じこめて下から火で炙り殺すといった凄惨な死刑もあったはず――いずれにしても最悪の死に方だ。

 流れ落ちる汗が目に入るのを拭って、なおも走り続けようとした祐人の目に、ふと見慣れない建物が飛び込んできたのはそんなときだった。

「……塔?」

 祐人が思わず呟いた通り、それは塔のようだった。ひょろ長い塔ではなく充分な幅と高さがあり、ちょうど小さな火山のようだ。

 城の中にこんな建物があったのか、と場違いな感慨を覚えながら、祐人は裏手に回り込んだ。するとどうだろう、中に入るための扉は、鍵がささったまま開いていたのだ。

 当然の帰結として、祐人はひどく難しい選択を迫られた。この中に入るべきか、それともさっきまでと同じように外を逃げ続けるべきか――

「――おい、そっちはどうだ!」

 そう遠くないところから衛兵の声があがった。その声に背中を押される感じで、ええいままよとばかりに祐人は扉の中へ飛び込んだ。入り際に鍵を抜き、扉を閉めるまではしたものの、中からは鍵がかけられない様子だった。

 祐人はそのまま真っ暗な螺旋階段を駆け上がった。頭の中はぐちゃぐちゃで、これで助かったという根拠のない思いと、こんな逃げ場のないところに駆け込んで自分は何をしているのだろうという思いが代わる代わる脳裏をよぎった。だが何よりも全身汗まみれな上、完全に息があがっており、どの道、外にいてもこれ以上は逃げられないような有様ではあった。

 階段を上ってくる別の靴音は聞こえない。それでも祐人は最後の力を振り絞って、視界の閉ざされた階段を全力で駆け上がった。

「……はあ、はあ、はあ。もう駄目。もう無理」

 まさに這々の体で階段を上りきったところで祐人は力尽きた。だが眼前には分厚い扉が立ち塞がっている。やはり塔になど登ったのは間違いだったか……と、荒い息であえぎながら途方に暮れている祐人の耳に、扉の向こうから小さな鈴の音のような声が届いた。

「――どなたか、そこにいらっしゃるのですか?」
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