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019 チート否定主義者に備わったチートと女盗賊との顛末(2)
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女の隠れ家は町外れのうらぶれた場所にあった。
途上国のスラム――と言うより、戦後日本のバラックを思い浮かべた方が近い。半分潰れたような建物の脇を通り、地面に置かれた酒樽を持ち上げた下に地下へと下りる階段があり、階段下の扉を開けた先が女のアジトだった。そうなると地下室のように思われるが、地下室ではない。坂道の脇に、半地下のようになっている目につきにくい建物で、窓もついている。
もうすっかり日が暮れていて、部屋の中は真っ暗だった。ランプを灯すと、狭いが意外に小綺麗な中の様子が明らかになった。質素な寝台と戸棚、あとは盗品だろうか部屋の隅に堆く積まれた金の袋が、部屋の中にあるもののすべてだった。
部屋に入るなり女はいかにも盗賊といったフードつきの外套を脱ぎ捨て、寝台に腰をおろした。そうして苦しそうに小さな呻き声をあげながら皮製と見えるぴっちりしたボトムスを脱ぎ、薄手のシャツと下着だけの姿になった。
「見せてみろ」
祐人の言葉に女はもう逆らわず、赤黒い血のあとが残る左の脚をもたげた。
ふくらはぎのちょうど真ん中あたりに小指の先ほどの穴が開き、そこから新しい血が溢れ出ている。どうやらまだ中に弾が残っているようだ。
祐人は周囲を見回し、ピンセットの代わりになるようなものが無いことを確認した。もう一度銃創を見つめ、それから女を見上げて言った。
「あのな、ちょっと厄介なことになってる」
「……何だよ」
「お前の脚の中に、さっきのやつが残ってるんだ。取っていいか?」
「……好きにすりゃいーだろ」
「その前に、酒はあるか?」
「酒? 酒だったらそこに転がってるじゃねーか」
女が顎をしゃくる先を見ると、茶色っぽい液体が入った瓶が転がっていた。手にとって蓋をあける。少しだけ口に含んで、充分に強い酒であることを確認した。まず右手の指にかけ、それから口に含んで女のふくらはぎに吹きかけた。
「……いっ!」
女が悲鳴をもらした。これで消毒は済んだが、果たして指で弾丸を取り出せるか祐人には自信がなかった。それでも覚悟を決め、もう一度指に酒を垂らして、女に向き直った。
「痛いぞ、我慢しろよ」
「いーから早くしろ……い、いぎぎぎあああああ!」
銃創に指を突っ込むとさすがの女も悲鳴を上げ、両手で祐人の肩をねじ切らんばかりに掴みあげた。その痛みに耐えながら祐人は指先に神経を集中した。
幸いにも弾はすぐにとれた。祐人はもう一度酒を銃創に吹きかけ、それから荒い息を吐く女を見上げて言った。
「包帯の代わりになるようなもんは?」
「……代わりじゃなくて、包帯が戸棚の一番上に」
女はもはや悪態をつく気力も無いらしい。祐人は言われた通り戸棚から包帯を取り出し、縛り上げるようにきつく女のふくらはぎに巻いた。雑な応急措置だったが、祐人にできるのはせいぜいこれくらいだった。
一息吐いて、改めて女を見た。くるくると跳ねる栗色の髪が憔悴しきった顔にかかる、小柄な女だった。華奢、という言い方の方がしっくりくるかも知れない。
……ひょんなことから助けてしまったが、こいつは盗賊だ。銃創がちゃんと塞がるかどうか気にならないと言えば嘘になるが、長居は禁物かも知れない。早々に立ち去ろうと腰を上げかけたところで、女から声がかかった。
「……もう一度聞くけどよ、どーして助けた」
「盗人は縛り首だ、って聞こえたからだ」
「それが何だってんだよ?」
「金盗んだくらいで縛り首はないだろ。俺のいた国じゃそれはない。重すぎる」
「はあ? 盗人にゃ縛り首がおあつらえ向きだぜ。みんな言ってるじゃねーか、あいつらは稼いだ金で縄のネックレスを買ってるってな」
冗談ということなのだろうか、言いながら女は少し苦しそうに笑ってみせた。それから「よっ」というかけ声で寝台から立ち上がり、歩こうとした。けれども痛みのためかびっこを引いてしまい、三歩も歩けない。
それを見て祐人は激しい罪悪感を覚えた。……盗賊が脚を駄目にしたらそれは死活問題――その事実に、ようやく気づいたのだ。
「……ごめんな」
「どーして謝るんだよ」
「盗人の脚、撃っちまってさ。商売道具だろ、それ」
「まーそーだけどよ」
「撃つんじゃなかった……金なんか盗まれときゃ良かったんだ」
腹から絞り出すようにそう言って、祐人は立ち上がった。自然と、頭ひとつ背が低い女の顔を見下ろす形になる。後悔と謝罪の気持ちをこめて、しばらく女の顔を見つめた。
女は挑むような目で見つめ返していたが、やがて大仰に「はあ……」と溜息を吐いて、びっこを引きながら部屋の隅に向かった。
「にーちゃんが出てってから使うつもりだったんだがな」
途上国のスラム――と言うより、戦後日本のバラックを思い浮かべた方が近い。半分潰れたような建物の脇を通り、地面に置かれた酒樽を持ち上げた下に地下へと下りる階段があり、階段下の扉を開けた先が女のアジトだった。そうなると地下室のように思われるが、地下室ではない。坂道の脇に、半地下のようになっている目につきにくい建物で、窓もついている。
もうすっかり日が暮れていて、部屋の中は真っ暗だった。ランプを灯すと、狭いが意外に小綺麗な中の様子が明らかになった。質素な寝台と戸棚、あとは盗品だろうか部屋の隅に堆く積まれた金の袋が、部屋の中にあるもののすべてだった。
部屋に入るなり女はいかにも盗賊といったフードつきの外套を脱ぎ捨て、寝台に腰をおろした。そうして苦しそうに小さな呻き声をあげながら皮製と見えるぴっちりしたボトムスを脱ぎ、薄手のシャツと下着だけの姿になった。
「見せてみろ」
祐人の言葉に女はもう逆らわず、赤黒い血のあとが残る左の脚をもたげた。
ふくらはぎのちょうど真ん中あたりに小指の先ほどの穴が開き、そこから新しい血が溢れ出ている。どうやらまだ中に弾が残っているようだ。
祐人は周囲を見回し、ピンセットの代わりになるようなものが無いことを確認した。もう一度銃創を見つめ、それから女を見上げて言った。
「あのな、ちょっと厄介なことになってる」
「……何だよ」
「お前の脚の中に、さっきのやつが残ってるんだ。取っていいか?」
「……好きにすりゃいーだろ」
「その前に、酒はあるか?」
「酒? 酒だったらそこに転がってるじゃねーか」
女が顎をしゃくる先を見ると、茶色っぽい液体が入った瓶が転がっていた。手にとって蓋をあける。少しだけ口に含んで、充分に強い酒であることを確認した。まず右手の指にかけ、それから口に含んで女のふくらはぎに吹きかけた。
「……いっ!」
女が悲鳴をもらした。これで消毒は済んだが、果たして指で弾丸を取り出せるか祐人には自信がなかった。それでも覚悟を決め、もう一度指に酒を垂らして、女に向き直った。
「痛いぞ、我慢しろよ」
「いーから早くしろ……い、いぎぎぎあああああ!」
銃創に指を突っ込むとさすがの女も悲鳴を上げ、両手で祐人の肩をねじ切らんばかりに掴みあげた。その痛みに耐えながら祐人は指先に神経を集中した。
幸いにも弾はすぐにとれた。祐人はもう一度酒を銃創に吹きかけ、それから荒い息を吐く女を見上げて言った。
「包帯の代わりになるようなもんは?」
「……代わりじゃなくて、包帯が戸棚の一番上に」
女はもはや悪態をつく気力も無いらしい。祐人は言われた通り戸棚から包帯を取り出し、縛り上げるようにきつく女のふくらはぎに巻いた。雑な応急措置だったが、祐人にできるのはせいぜいこれくらいだった。
一息吐いて、改めて女を見た。くるくると跳ねる栗色の髪が憔悴しきった顔にかかる、小柄な女だった。華奢、という言い方の方がしっくりくるかも知れない。
……ひょんなことから助けてしまったが、こいつは盗賊だ。銃創がちゃんと塞がるかどうか気にならないと言えば嘘になるが、長居は禁物かも知れない。早々に立ち去ろうと腰を上げかけたところで、女から声がかかった。
「……もう一度聞くけどよ、どーして助けた」
「盗人は縛り首だ、って聞こえたからだ」
「それが何だってんだよ?」
「金盗んだくらいで縛り首はないだろ。俺のいた国じゃそれはない。重すぎる」
「はあ? 盗人にゃ縛り首がおあつらえ向きだぜ。みんな言ってるじゃねーか、あいつらは稼いだ金で縄のネックレスを買ってるってな」
冗談ということなのだろうか、言いながら女は少し苦しそうに笑ってみせた。それから「よっ」というかけ声で寝台から立ち上がり、歩こうとした。けれども痛みのためかびっこを引いてしまい、三歩も歩けない。
それを見て祐人は激しい罪悪感を覚えた。……盗賊が脚を駄目にしたらそれは死活問題――その事実に、ようやく気づいたのだ。
「……ごめんな」
「どーして謝るんだよ」
「盗人の脚、撃っちまってさ。商売道具だろ、それ」
「まーそーだけどよ」
「撃つんじゃなかった……金なんか盗まれときゃ良かったんだ」
腹から絞り出すようにそう言って、祐人は立ち上がった。自然と、頭ひとつ背が低い女の顔を見下ろす形になる。後悔と謝罪の気持ちをこめて、しばらく女の顔を見つめた。
女は挑むような目で見つめ返していたが、やがて大仰に「はあ……」と溜息を吐いて、びっこを引きながら部屋の隅に向かった。
「にーちゃんが出てってから使うつもりだったんだがな」
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