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017 愛ゆえに(3)
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城を出る、と言っても簡単に出て行けるわけではない。
アイリアに事情を話し、きちんと断って出て行くならまだしも、祐人は何も言わずに去るつもりでいた。形の上ではほぼ脱走である。
もちろん、アイリアに自分の本心を告げて出て行くことも考えた。だがおそらく、本心を告げればアイリアは無理にでも宮廷内に俺の居場所を作ろうとする――俺の心を繋ぎ止めるために。そしてアイリアは宮廷内での立場を無くし、自滅する。頭のおかしな男に入れあげ、目が眩んだ愚かな女として。
……そうなれば最悪だ。俺のこだわりのためにアイリアの人生まで狂わせることになる。それだけは避けなければならない。そんな思いから、祐人は何も言わず出て行くことを決めたのである。
そうなるとどうやって出て行くかだが、物理的に城を出ること自体はそれほど難しくないように思われた。
まず、アイリアの部屋には鍵がかけられていない。囲われ者といっても監禁ではなく軟禁なのである。問題はこの部屋を出たあと、城を脱出するまでに捕まりはしないか、ということだった。自分にアイリアの息がかかっていることはある程度周知されているのだろうし、捕まっても殺されはしないと思うが、捕縛されてアイリアの前に引き出される図を想像すると死んだ方がマシという気がしてくる。
考え抜いた末、祐人はアイリアに変装して出て行くことにした。身長は祐人の方が少し高いが、何とかごまかせないほどではない。箪笥にあるアイリアの服を着て、胸に詰め物をすれば遠目にはアイリアと区別できなくなるに違いない。
だが実際にアイリアの服を着て鏡台の前に立ったところで、大きな問題が残されていることに気づいた。明らかに髪の色が違うのである。フードでも被れば別だが、箪笥をかきまわしてもアイリアの服にフードがついたようなものはなかった。
……いずれにしても計画の見直しが必要である。アイリアに変装するという方向性から離れ、別の方法で逃げることも考えたが、衣装まで揃っていることを思えばその方向性自体はなかなかに捨てきれないものがあった。
悩んだ挙げ句、祐人が出した結論は、婆やにアイリアの髪と同じ色の鬘を所望してみるというものだった。ほしいものがあれば何でも頼めと言われていたのを思い出したのだ。
それに、あの婆やならあるいは、自分の真意に気づいても見逃してくれるのではないかという思いが祐人にはあった。あのときのアイリアとのやりとりからして、この大事な時期にアイリアが自分のような男に溺れ込んでいることを、彼女が快く思っているはずがないからだ。
あるいは鬘を所望したこと――更には自分がここから逃げようとしていることの報告がアイリアに行ってしまうかも知れないが、それはそれで仕方がないと祐人は覚悟を決めた。
◇ ◇ ◇
結果、祐人はいとも呆気なく鬘を手に入れることができた。
アイリアが出て行ったあと、朝食の食器を下げに来た婆やに頼んだところ、昼を少し過ぎたところで婆やが何も言わず差し入れてくれたのである。
あまりにも拍子抜けだったため、祐人は初め、罠があるのではないかと疑った。だが考えてみると――いや、考えるまでもなく、婆やがここで祐人を罠にはめる理由などない。そこで祐人は早速、城から脱出する計画を実行に移した。
結果はこちらも拍子抜けだった。祐人はいとも簡単に城の外に出ることができたのである。来た日に待ちぼうけを食った扉から出たところで見廻りの衛兵に出くわすというアクシデントこそあったが、アイリアの扮装が功を奏したものとみえ、敬礼を受けるだけで問い質されることはなかった。
城から充分に離れたところで祐人はアイリアの服と鬘を脱ぎ、胸の詰め物にしていた男物の服に着替えた。パーカーとジーンズはアイリアの部屋に残ってしまったが、はっきり言ってどうでも良かった。
城へ来たとき、アイリアと共に歩いた道を辿りながら、祐人は生まれ変わったような解放感に満たされていた。思えばこの世界に来てからというもの、自分の手の届く場所には女しかいなかった。
もうしばらく女はいい。心の底からそう思って、祐人は町に向かい駆け出した。
◇ ◇ ◇
「婆や、ユートはどこだ?」
「出て行かれましたよ」
「え――」
「半刻ほど前に」
婆やの言葉に、アイリアは時が止まったように硬直した。そのまましばらく呆然と立ちつくしていたが、やがてよろめきながら椅子に近づき、力無く座り込んだ。
「お姫様と同じ色の鬘を所望なされまして、それを被り、お姫様のお服をお着になられて」
「鬘……婆やが渡したのか」
「はい。御方が所望なされましたので。何か問題がおありで?」
「……いや、問題ない」
アイリアは椅子から動かない。その顔は死人のように青ざめている。
「追っ手を、差し向けられますか?」
「……いや、追わない」
表情の消えた顔に、唇だけがゆっくりと動いた。
「……追う資格がない」
「左様でございますか」
一度だけ光る目でアイリアを見て、婆やは部屋を出ていった。
部屋の中に一人きりになっても、アイリアはそのまま動かなかった。
瞬きさえしなかった。
やがて夜の帳が降り、肌寒い夜気が部屋に忍び込んでくる頃になっても、アイリアは椅子に腰かけたまま彫像のように動かなかった。
アイリアに事情を話し、きちんと断って出て行くならまだしも、祐人は何も言わずに去るつもりでいた。形の上ではほぼ脱走である。
もちろん、アイリアに自分の本心を告げて出て行くことも考えた。だがおそらく、本心を告げればアイリアは無理にでも宮廷内に俺の居場所を作ろうとする――俺の心を繋ぎ止めるために。そしてアイリアは宮廷内での立場を無くし、自滅する。頭のおかしな男に入れあげ、目が眩んだ愚かな女として。
……そうなれば最悪だ。俺のこだわりのためにアイリアの人生まで狂わせることになる。それだけは避けなければならない。そんな思いから、祐人は何も言わず出て行くことを決めたのである。
そうなるとどうやって出て行くかだが、物理的に城を出ること自体はそれほど難しくないように思われた。
まず、アイリアの部屋には鍵がかけられていない。囲われ者といっても監禁ではなく軟禁なのである。問題はこの部屋を出たあと、城を脱出するまでに捕まりはしないか、ということだった。自分にアイリアの息がかかっていることはある程度周知されているのだろうし、捕まっても殺されはしないと思うが、捕縛されてアイリアの前に引き出される図を想像すると死んだ方がマシという気がしてくる。
考え抜いた末、祐人はアイリアに変装して出て行くことにした。身長は祐人の方が少し高いが、何とかごまかせないほどではない。箪笥にあるアイリアの服を着て、胸に詰め物をすれば遠目にはアイリアと区別できなくなるに違いない。
だが実際にアイリアの服を着て鏡台の前に立ったところで、大きな問題が残されていることに気づいた。明らかに髪の色が違うのである。フードでも被れば別だが、箪笥をかきまわしてもアイリアの服にフードがついたようなものはなかった。
……いずれにしても計画の見直しが必要である。アイリアに変装するという方向性から離れ、別の方法で逃げることも考えたが、衣装まで揃っていることを思えばその方向性自体はなかなかに捨てきれないものがあった。
悩んだ挙げ句、祐人が出した結論は、婆やにアイリアの髪と同じ色の鬘を所望してみるというものだった。ほしいものがあれば何でも頼めと言われていたのを思い出したのだ。
それに、あの婆やならあるいは、自分の真意に気づいても見逃してくれるのではないかという思いが祐人にはあった。あのときのアイリアとのやりとりからして、この大事な時期にアイリアが自分のような男に溺れ込んでいることを、彼女が快く思っているはずがないからだ。
あるいは鬘を所望したこと――更には自分がここから逃げようとしていることの報告がアイリアに行ってしまうかも知れないが、それはそれで仕方がないと祐人は覚悟を決めた。
◇ ◇ ◇
結果、祐人はいとも呆気なく鬘を手に入れることができた。
アイリアが出て行ったあと、朝食の食器を下げに来た婆やに頼んだところ、昼を少し過ぎたところで婆やが何も言わず差し入れてくれたのである。
あまりにも拍子抜けだったため、祐人は初め、罠があるのではないかと疑った。だが考えてみると――いや、考えるまでもなく、婆やがここで祐人を罠にはめる理由などない。そこで祐人は早速、城から脱出する計画を実行に移した。
結果はこちらも拍子抜けだった。祐人はいとも簡単に城の外に出ることができたのである。来た日に待ちぼうけを食った扉から出たところで見廻りの衛兵に出くわすというアクシデントこそあったが、アイリアの扮装が功を奏したものとみえ、敬礼を受けるだけで問い質されることはなかった。
城から充分に離れたところで祐人はアイリアの服と鬘を脱ぎ、胸の詰め物にしていた男物の服に着替えた。パーカーとジーンズはアイリアの部屋に残ってしまったが、はっきり言ってどうでも良かった。
城へ来たとき、アイリアと共に歩いた道を辿りながら、祐人は生まれ変わったような解放感に満たされていた。思えばこの世界に来てからというもの、自分の手の届く場所には女しかいなかった。
もうしばらく女はいい。心の底からそう思って、祐人は町に向かい駆け出した。
◇ ◇ ◇
「婆や、ユートはどこだ?」
「出て行かれましたよ」
「え――」
「半刻ほど前に」
婆やの言葉に、アイリアは時が止まったように硬直した。そのまましばらく呆然と立ちつくしていたが、やがてよろめきながら椅子に近づき、力無く座り込んだ。
「お姫様と同じ色の鬘を所望なされまして、それを被り、お姫様のお服をお着になられて」
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「……いや、問題ない」
アイリアは椅子から動かない。その顔は死人のように青ざめている。
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「……追う資格がない」
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一度だけ光る目でアイリアを見て、婆やは部屋を出ていった。
部屋の中に一人きりになっても、アイリアはそのまま動かなかった。
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