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011 お姫様ご乱心(2)
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「……で、いつまで待ってればいいんだろ」
荘厳――と言うよりほとんど禍々しい感じのする城壁をもう一度仰ぎ見て、祐人は一人溜息を吐いた。
ここで待っているようにと言い残してアイリアがいなくなってから、もうどれくらいの時間が経ったのだろう。城壁はのっぺりとしていて窓のひとつもなく、隅に穿たれた勝手口のような扉が、中と外とを行き来するための唯一の通路であるようだ。その扉の前に、祐人はわけもわからないまま立ち続けている。
……なぜアイリアは自分をここに連れてきたのか。なぜ誰にも咎められることなく城の中へ入っていけたのか。謎は深まるばかりだった。
◇ ◇ ◇
そもそも都に着く前かそのあたりから、アイリアは様子がおかしかった。
山道を歩いているときも会話は基本受け身で決して口数は多くなかったが、家並が近づくにつれて更に無口になり、祐人の問いかけにも短い答えしか返さなくなった。
いよいよ町に入ろうというとき、アイリアは祐人に、ここから先は従者のように扱ってほしいと言ってフードをすっぽりと被り、祐人の陰に隠れるようにその背中に着いた。
そんなアイリアを訝しく思いながらも祐人は、初めて目にするこの世界の町を興味深く観察しながら歩き出した。
人々の顔立ちはちょうどコーカソイドとモンゴロイドの中間といった感じだが、髪の色にはだいぶ幅がみられた。アイリアのようなブロンドもいれば、祐人のような黒髪もいて、更にその中間である茶髪や赤毛の人も多い。
だから祐人の黒髪が特に珍しいということはないはずなのだが、町を歩きながら祐人は、なぜか無遠慮な視線が自分に突き刺さるのを感じた。
最初は薄いTシャツにジーンズという自分の服装が珍しいのかと思った。町の人々はみなどこかの映画で観たようなチュニックにゆったりしたパンツ、あるいはワンピースといった格好をしており、祐人のような服を着ている者は一人もいなかったからだ。
けれどもそのうち、祐人は自分を見つめる視線が奇異の目ばかりではないことに気づいた。
とりわけ若い女性からの視線は、これまでに祐人が経験したことがない類のもので、うっとりと眺めてみたり、真剣な顔で二度見したりと、俳優か何かを見るような熱を帯びたものであることが多かった。
だがその一方で、祐人の目にも町の人々は普通とは映らなかった。
なにしろ町を行く人々が揃いも揃って目の覚めるような美男美女ばかりなのである。たまに自分と同じようなモブ顔とすれ違うこともあるが、大半は恋愛ヒエラルキーにおける頂点かその周辺に君臨するような顔立ちの人ばかりで、それが熱に浮かされたような羨望の眼差しで自分を見つめてくるのだから、さすがの祐人も面食らうものがあった。
『十人並みの旦那がその世界じゃ絶世の美男子』
などと言っていた悪魔の言葉は、案外本当だったのかも知れない。
背中に張りつくようにして着いてくるアイリアから行く先の指示を受けながら祐人は、何となくにわか有名人になった気分で、賑やかな露天が軒を連ねる都の大通りを歩いた。
◇ ◇ ◇
――そして辿り着いたのがこの王城だったのである。
城は小高い丘――というよりほぼ切り立った崖の上に、都全体を見渡すように建っており、城門らしきものはなかったが、さすがに城の入り口には衛兵が立っていた。
祐人たちが城に入ろうとすると、二人の衛兵が駆け寄ってきた。だが衛兵が口を開くより前に、アイリアが祐人の前に進み出て、それまで被っていたフードを脱いで頭と顔を晒した。衛兵たちは不審そうな顔でアイリアを眺めていたが、一人が何かに気づいたようにもう一人に耳打ちし、二人揃って最敬礼したあと大慌てで城の中に走り去っていった。
衛兵がいなくなってしまってから、どういうことなのかと祐人はアイリアに訊ねた。だがアイリアはそれに答える代わりに自分に着いてくるように言い、城の構内を歩いてこの城壁の前まで連れてきたのだ。
城の中心からは少し外れた場所のようで、アイリアと別れてから祐人は誰とも会っていない。だがここが城であるからには見廻りの衛兵などといったものがいてもおかしくないわけで、もしそうした連中に見つかってここにいる理由を問い質されたら何と言って答えよう、と祐人は気が気ではなかった。
……もっとも、それも最初のうちだけだった。いつまでも戻ってこないアイリアを待つうちにそれもどうでもよくなり、ここに至ってはいっそ誰かに見つかれば進展があっていいのではないかと思うまでになった。
ぐう、と祐人の腹が鳴った。……そう言えば腹も減っている。思えば昨日の夜から何も食べていないのだから腹が減るのも当然だった。山を歩いているとき沢の水は飲んだが、町に入ってからはそれもないため、喉も渇いている。陽の高さからするともう昼下がりだろうか。
……アイリアは何をしているのだろう、と祐人は思った。
なぜ自分を残して城の中に入っていったのだろう。そもそもアイリアはいったい何者なのだろう。
入り口での衛兵の反応を見るに、あるいは身分のある人なのかも知れないが、なぜ俺をいきなり城になど連れてきたのだろう。もしかして朝に口を滑らせた、俺が他国から来たという設定を真面目にとって、入管手続きか何かのために動いていてくれるのだろうか――
「お……」
祐人が退屈のあまりそんなことまで考え始めたところで、重々しい音を立てて扉が開いた。
だが、中から顔を出したのはアイリアではなかった。
荘厳――と言うよりほとんど禍々しい感じのする城壁をもう一度仰ぎ見て、祐人は一人溜息を吐いた。
ここで待っているようにと言い残してアイリアがいなくなってから、もうどれくらいの時間が経ったのだろう。城壁はのっぺりとしていて窓のひとつもなく、隅に穿たれた勝手口のような扉が、中と外とを行き来するための唯一の通路であるようだ。その扉の前に、祐人はわけもわからないまま立ち続けている。
……なぜアイリアは自分をここに連れてきたのか。なぜ誰にも咎められることなく城の中へ入っていけたのか。謎は深まるばかりだった。
◇ ◇ ◇
そもそも都に着く前かそのあたりから、アイリアは様子がおかしかった。
山道を歩いているときも会話は基本受け身で決して口数は多くなかったが、家並が近づくにつれて更に無口になり、祐人の問いかけにも短い答えしか返さなくなった。
いよいよ町に入ろうというとき、アイリアは祐人に、ここから先は従者のように扱ってほしいと言ってフードをすっぽりと被り、祐人の陰に隠れるようにその背中に着いた。
そんなアイリアを訝しく思いながらも祐人は、初めて目にするこの世界の町を興味深く観察しながら歩き出した。
人々の顔立ちはちょうどコーカソイドとモンゴロイドの中間といった感じだが、髪の色にはだいぶ幅がみられた。アイリアのようなブロンドもいれば、祐人のような黒髪もいて、更にその中間である茶髪や赤毛の人も多い。
だから祐人の黒髪が特に珍しいということはないはずなのだが、町を歩きながら祐人は、なぜか無遠慮な視線が自分に突き刺さるのを感じた。
最初は薄いTシャツにジーンズという自分の服装が珍しいのかと思った。町の人々はみなどこかの映画で観たようなチュニックにゆったりしたパンツ、あるいはワンピースといった格好をしており、祐人のような服を着ている者は一人もいなかったからだ。
けれどもそのうち、祐人は自分を見つめる視線が奇異の目ばかりではないことに気づいた。
とりわけ若い女性からの視線は、これまでに祐人が経験したことがない類のもので、うっとりと眺めてみたり、真剣な顔で二度見したりと、俳優か何かを見るような熱を帯びたものであることが多かった。
だがその一方で、祐人の目にも町の人々は普通とは映らなかった。
なにしろ町を行く人々が揃いも揃って目の覚めるような美男美女ばかりなのである。たまに自分と同じようなモブ顔とすれ違うこともあるが、大半は恋愛ヒエラルキーにおける頂点かその周辺に君臨するような顔立ちの人ばかりで、それが熱に浮かされたような羨望の眼差しで自分を見つめてくるのだから、さすがの祐人も面食らうものがあった。
『十人並みの旦那がその世界じゃ絶世の美男子』
などと言っていた悪魔の言葉は、案外本当だったのかも知れない。
背中に張りつくようにして着いてくるアイリアから行く先の指示を受けながら祐人は、何となくにわか有名人になった気分で、賑やかな露天が軒を連ねる都の大通りを歩いた。
◇ ◇ ◇
――そして辿り着いたのがこの王城だったのである。
城は小高い丘――というよりほぼ切り立った崖の上に、都全体を見渡すように建っており、城門らしきものはなかったが、さすがに城の入り口には衛兵が立っていた。
祐人たちが城に入ろうとすると、二人の衛兵が駆け寄ってきた。だが衛兵が口を開くより前に、アイリアが祐人の前に進み出て、それまで被っていたフードを脱いで頭と顔を晒した。衛兵たちは不審そうな顔でアイリアを眺めていたが、一人が何かに気づいたようにもう一人に耳打ちし、二人揃って最敬礼したあと大慌てで城の中に走り去っていった。
衛兵がいなくなってしまってから、どういうことなのかと祐人はアイリアに訊ねた。だがアイリアはそれに答える代わりに自分に着いてくるように言い、城の構内を歩いてこの城壁の前まで連れてきたのだ。
城の中心からは少し外れた場所のようで、アイリアと別れてから祐人は誰とも会っていない。だがここが城であるからには見廻りの衛兵などといったものがいてもおかしくないわけで、もしそうした連中に見つかってここにいる理由を問い質されたら何と言って答えよう、と祐人は気が気ではなかった。
……もっとも、それも最初のうちだけだった。いつまでも戻ってこないアイリアを待つうちにそれもどうでもよくなり、ここに至ってはいっそ誰かに見つかれば進展があっていいのではないかと思うまでになった。
ぐう、と祐人の腹が鳴った。……そう言えば腹も減っている。思えば昨日の夜から何も食べていないのだから腹が減るのも当然だった。山を歩いているとき沢の水は飲んだが、町に入ってからはそれもないため、喉も渇いている。陽の高さからするともう昼下がりだろうか。
……アイリアは何をしているのだろう、と祐人は思った。
なぜ自分を残して城の中に入っていったのだろう。そもそもアイリアはいったい何者なのだろう。
入り口での衛兵の反応を見るに、あるいは身分のある人なのかも知れないが、なぜ俺をいきなり城になど連れてきたのだろう。もしかして朝に口を滑らせた、俺が他国から来たという設定を真面目にとって、入管手続きか何かのために動いていてくれるのだろうか――
「お……」
祐人が退屈のあまりそんなことまで考え始めたところで、重々しい音を立てて扉が開いた。
だが、中から顔を出したのはアイリアではなかった。
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