代行世界のカサノヴァ

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006 絶望的なまでに美しい女との一夜(1)

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 ――といった一連の流れのあと、祐人は夜の森の中に立つ自分を発見したのである。

 黒々と茂る木々の上には十六夜の月、あるいは待宵だろうか、満月よりわずかに欠けた月が浮かんでいる。おかげで夜の森にあっても、周りの様子がだいぶはっきりと見て取れる。

 手の中には拳銃があった。悪魔メフィストの出所にちなんでかルガーP08によく似た無骨な銃で、ぱっと見、オートマチックのようだ。だが裏返してグリップの底を眺めてもマガジンのようなものは見あたらないし、そもそもちゃんと弾が入っているのかもわからない。

 一応、使う前に構造を把握しておきたかったのだが、この暗い中ではまあ仕方がないと祐人は諦めた。

「ここが、悪魔あいつの言ってた世界なのかな」

 そう思っても、まったく実感がわかなかった。あの部屋にいたはずがいきなり森の中だったことを考えれば、何か超常的な力で飛ばされたということまでは理解できるが、ここが本当に今まで自分がいた世界とは別の場所なのかということについては、いまいちはっきりしない。

 ――契約のとき悪魔が言っていたことをもう一度思い返してみる。

 魂と引き換えに俺を代行世界に移行させる。そこで俺が『透明な支配者』となれるように能力を上げ、拳銃もつける。あとは俺次第、やれるもんならやってみろ――と、まあそんなところだったと思う。

 しかしゲームやりたさに悪魔に魂を売るなどと、俺もまた大それた契約をしたものだ。

 もっとも、厳密には売ったわけではない。こっちはこっちで魂を賭けた悪魔とのゲームで、敗北条件は――

っ……」

 魂をとられる条件について思い出そうとした瞬間、頭に電流を流されたような痛みが走った。……なるほど、と祐人は思った。契約に至るまでの悪魔とのやりとりは覚えているが、その部分の記憶だけがすっぽりと抜けている。

 ……考えてみれば、それはそうだ。俺がを知っていては賭けにならない。となれば、そっちはなるようにしかならないだろうし、ひとまず忘れることにしようと祐人は思った。

「……それにしても」

 問題はこっちのゲームである。祐人はもう一度あたりを見回した。

 深い静寂に包まれた夜の森だった。フクロウの声はもちろん、虫の鳴き声さえも聞こえない。

 ……こんなところに一人で放り出されて、いったい何をどうすればいいのだろう。これなら戦場の真っ只中にでも送り込んでくれた方がマシだった。

 オープニングイベントが始まる気配はないし、そもそも人の気配さえない。これではまるでインストールしたはいいが起動しないバグゲーではないか――などと思いながら祐人が舌打ちしかけたとき、不意に闇をつんざく悲鳴が木々の向こうから届いた。

「――っ! ――っ!」

 どうやら女の悲鳴のようだ。そう思って祐人は声のした方へ歩き始めた。しばらくも歩かないうちに、悲鳴の正体が明らかになった。

 三人の男が、一人の女を襲っていたのだ。一人が女の腕を、もう一人が脚を押さえ、残る一人が荒々しく服をはぎ取りにかかっている。――どうせ殺して埋めるんだ。――こんな女でもこれだけ暗けりゃ。そんな男たちの声が聞こえてくる。

 ……だがその声を聞いて祐人は場違いにも、なるほど言葉はわかるようだ、などと考えていた。男たちが口にしている言葉は、祐人のまったく知らない言語のようだったが、祐人はその意味を理解できた。とりあえず言葉が通じずに苦労するような事態は避けられた――

 そんなつまらないことを考えてしまうほど、目の前の光景には現実味がなかった。そもそもここが本当に別の世界なのかわからないところへ持ってきて、なぜこんな森の中で女が襲われているのかわからない。画面の向こう側の映像を見せられているようで、とても現実のものとは思えない。

 それが理由で、祐人には目の前の出来事への恐怖もなければ、助けなければという義務感もなかった。だが少しだけ考えて、やはり女を助けようという結論に辿り着いた。当たり前過ぎて面白くないが、人としてそうすべきだろう、と。

 それにもうひとつ。悪魔の銃とやらの性能を試してみるのにも格好の機会だ。そう思い、銃を提げたまま祐人はゆっくりと男たちに近づいた。

「――っ! 誰だ!」

 振り返った男に一発。狙い違わず弾丸は眉間を撃ち抜き、男はものも言わず斃れた。

 脚を押さえていた男が立ち上がり飛びかかってくるのに一発。それも男の頭にあたり、左目より上が爆ぜて男は横倒しになった。

 最後の男が小さな悲鳴をあげながら逃げようとする背中にもう一発。心臓を撃ち抜いたのか男は伸び上がり、それから前のめりに斃れてそのまま動かなくなった。

「……ったく」

 たった三発で三人の男を殺した銃を眺め、祐人は大きくひとつ溜息を吐いた。

 ……やはりこんなことだろうと思った。悪魔お手製の銃などと言うからどれほどのものかと思えば、完全なチートアイテムだ。何しろ狙ったところに必ずあたる。どこぞのネコ型ロボットの同居人じゃあるまいし、射撃の経験がない人間が実銃を撃っていきなり的になどあたるはずがない。それがあんな適当に撃ってこの有様なのだから本当に嫌になる。まさに魔弾フライクーゲルだ。

 いっそこんなもの捨ててしまおうかとも思ったが、短気はいけないという悪魔の台詞が思い出されて、祐人は銃を懐にしまいこんだ。

 ……要はみだりに使わなければいいだけの話だ。これから何が起きるかわからないし、あとで後悔してもはじまらない。銃の性能はよくわかった。今はそれでいい。

「……で、だ」
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