76 / 80
76 扉がない
しおりを挟む
楽天堂はイオンタウン建設時から深く関わり、現在もイオンタウン一階中央付近で『めとはな』というシェアキッキンショップと『デイサービスわだち』を経営している。
デイサービスわだちはこれまでにない様式を取り入れた施設だ。
それは、ほぼオープンであること。
まず一つ。一番目につきやすいのは、食事を作るキッチン。人通りに面してガラス張りで、職員が調理をする姿だけでなく、利用者であるおばあちゃんおじいちゃんがイオンタウンのお客に丸見えだ。
もう一つ。扉がない。施設なのに扉がない。扉がないから丸見えだし、声も聞こえる。利用者や職員に会いに来た人はもちろん、利用者のおじいちゃんおばあちゃんまでも出入り自由。ふらぁとイオンタウンの店内に行き、イオンタウンの従業員が笑顔で連れて来てくれることもある。
さらに、ほぼ「ダメ」がない。
おじいちゃんが出かけてしまうこともダメじゃない。お料理してケガする恐れがあるこどダメじゃない。大きな声でお話することも、笑うこともダメじゃない。やりたくないことはやらないこともダメじゃない。
「だって、人間なんだもん」
とは誰のセリフだったか? まさにそれをデイサービス施設で実践している。
「いらっしゃいませぇ。おぉいしぃおぉいしぃ焼きそばがございますよぉ。でぇきたてですよぉ」
デイサービスわだちに設けられたショーケースの前で大きな声で呼び込み売り子をするのは九十歳を超えたかこおばあちゃんだ。他の施設だったら、「静かにしてね」とか「それは止めてね」と言われるだろうその姿を、ここの職員は「頑張って」と応援して見守る。お客さんが買うと計算もかこおばあちゃんがやる。職員も確認はきちんとやっているから客の方も心配はいらない。
「かこばあちゃん。一つくれ」
「はいよ。三百円。二百円のお釣りでございます。おいしぃですよぉ」
「かこばあちゃんの元気が入っているもんな」
「私は昔、満州から帰ってきたのよ。私のお父さんはとっても頭のいい人だったの」
饒舌に語るその顔はまるでうら若い女性である。車椅子でも手を高く伸ばせなくても明るさを失わず笑顔で看板娘をこなしている。
「ここで食べてく」
洋太はデイサービスわだちの外に設けられた六人がけのテーブルにそれを広げて食べ始めた。
しばらくすると髪色の派手な女性が大きな袋を持ってやってきた。
「ここ使うのか?」
「いえ、まだ大丈夫です」
その女性は袋をそこへ置くと中へと入っていく。洋太は二人がけのテーブルに移動した。施設内(仕切りがないので言葉として正しいかは不明)の声が聞こえた。
「みさき先生。来てくれてありがとうね」
髪色の派手な女性みさきにおばあちゃんの一人が手を振る。
「まささん。今日は暖かいから外でやりましょうか」
「あぁ、いいねぇ。私、みさき先生に見てもらいたくて持ってきたんだよ」
みさきとまさおばあちゃんは連れ添って六人がけのテーブルへやってきた。まさおばあちゃんは早速袋から取り出したものをみさきに見せる。
「これねぇ。この前、みさき先生に教わったやつをたくさんやったのよ」
それは毛糸で作られた1メートル四方のひざ掛けだった。
「すごぉい! こんなにやってくれたの?」
「そぉだよぉ。みさき先生に教わってすこぉし思い出してきたの。楽しくて楽しくてたくさんやっちゃった」
先生と呼ばれている女性は『Magic of yarn』みさきとして毛糸の編み物を通した活動をしている。編み物が好きな仲間とサークルを開催したり、レッスンをしたり、イベント出店して小物販売やワークショップをしている。『あさひの芸術祭実行委員会』通称あさげーに所属していて、飯岡灯台の銅像ヒヨコに着せ替えしたり、バス停をあさピーにしたりとユーモアと編み物のコラボレーションを楽しんでいる。あさげー街ぶらでは『旧坂本』にて展示もする。
まさおばあちゃんの楽しそうな声が聞こえたのか、他のおばあちゃんたちも中から出てきて、職員も二人ほど出てきてそこはとてもおだやかで和気あいあいとした空間になった。
できてもできなくてもやってみる。それを続けても飽きて手放してもいい。上手くても下手でもいい。自由に個々を楽しむ時間がゆっくりと流れていた。
その場では黒一点の職員大森のかぎ針と毛糸に悪戦苦闘している姿もまた皆を和ませる。
大森は熱意あふれる青年だ。「巨人軍の野球をドームで見たい」という利用者おじいちゃんの願いを叶えるべくあちらこちらに相談し説得し本当に連れて行ってしまうバイタリティの持ち主。
「その時、おじいちゃんが泣いてありがとうって言ってくれて、僕も泣いちゃいました」
照れた顔の大森は笑顔を絶やさず利用者に接する。
いや、デイサービスわだちの職員は皆笑顔だ。そして、笑顔で「大丈夫っ」と言う。「すごいねぇ」と言う。大きな声で笑う。
おじいちゃんおばあちゃんたちがやれることをオープンにする。やれないこともオープンにする。
それぞれがやれることをやればいい。怪我を恐れずに。
その噂を聞きつけて、日本中から見学者がやってくる施設になっている。
現在、イオンタウンの南側に大きな建物が建設中である。それはデイサービスわだちを運営する楽天堂による特別養護老人ホームなのだから、どこまで自由でオープンな施設になるのか楽しみだ。
洋太はいつの間にか編み物グループの和に入り、まさおばあちゃんからかぎ針の使い方から教わっていた。
☆☆☆
ご協力
Magic of yarn みさき様
シェアキッチンめとはな様
デイサービスわだち様
デイサービスわだちはこれまでにない様式を取り入れた施設だ。
それは、ほぼオープンであること。
まず一つ。一番目につきやすいのは、食事を作るキッチン。人通りに面してガラス張りで、職員が調理をする姿だけでなく、利用者であるおばあちゃんおじいちゃんがイオンタウンのお客に丸見えだ。
もう一つ。扉がない。施設なのに扉がない。扉がないから丸見えだし、声も聞こえる。利用者や職員に会いに来た人はもちろん、利用者のおじいちゃんおばあちゃんまでも出入り自由。ふらぁとイオンタウンの店内に行き、イオンタウンの従業員が笑顔で連れて来てくれることもある。
さらに、ほぼ「ダメ」がない。
おじいちゃんが出かけてしまうこともダメじゃない。お料理してケガする恐れがあるこどダメじゃない。大きな声でお話することも、笑うこともダメじゃない。やりたくないことはやらないこともダメじゃない。
「だって、人間なんだもん」
とは誰のセリフだったか? まさにそれをデイサービス施設で実践している。
「いらっしゃいませぇ。おぉいしぃおぉいしぃ焼きそばがございますよぉ。でぇきたてですよぉ」
デイサービスわだちに設けられたショーケースの前で大きな声で呼び込み売り子をするのは九十歳を超えたかこおばあちゃんだ。他の施設だったら、「静かにしてね」とか「それは止めてね」と言われるだろうその姿を、ここの職員は「頑張って」と応援して見守る。お客さんが買うと計算もかこおばあちゃんがやる。職員も確認はきちんとやっているから客の方も心配はいらない。
「かこばあちゃん。一つくれ」
「はいよ。三百円。二百円のお釣りでございます。おいしぃですよぉ」
「かこばあちゃんの元気が入っているもんな」
「私は昔、満州から帰ってきたのよ。私のお父さんはとっても頭のいい人だったの」
饒舌に語るその顔はまるでうら若い女性である。車椅子でも手を高く伸ばせなくても明るさを失わず笑顔で看板娘をこなしている。
「ここで食べてく」
洋太はデイサービスわだちの外に設けられた六人がけのテーブルにそれを広げて食べ始めた。
しばらくすると髪色の派手な女性が大きな袋を持ってやってきた。
「ここ使うのか?」
「いえ、まだ大丈夫です」
その女性は袋をそこへ置くと中へと入っていく。洋太は二人がけのテーブルに移動した。施設内(仕切りがないので言葉として正しいかは不明)の声が聞こえた。
「みさき先生。来てくれてありがとうね」
髪色の派手な女性みさきにおばあちゃんの一人が手を振る。
「まささん。今日は暖かいから外でやりましょうか」
「あぁ、いいねぇ。私、みさき先生に見てもらいたくて持ってきたんだよ」
みさきとまさおばあちゃんは連れ添って六人がけのテーブルへやってきた。まさおばあちゃんは早速袋から取り出したものをみさきに見せる。
「これねぇ。この前、みさき先生に教わったやつをたくさんやったのよ」
それは毛糸で作られた1メートル四方のひざ掛けだった。
「すごぉい! こんなにやってくれたの?」
「そぉだよぉ。みさき先生に教わってすこぉし思い出してきたの。楽しくて楽しくてたくさんやっちゃった」
先生と呼ばれている女性は『Magic of yarn』みさきとして毛糸の編み物を通した活動をしている。編み物が好きな仲間とサークルを開催したり、レッスンをしたり、イベント出店して小物販売やワークショップをしている。『あさひの芸術祭実行委員会』通称あさげーに所属していて、飯岡灯台の銅像ヒヨコに着せ替えしたり、バス停をあさピーにしたりとユーモアと編み物のコラボレーションを楽しんでいる。あさげー街ぶらでは『旧坂本』にて展示もする。
まさおばあちゃんの楽しそうな声が聞こえたのか、他のおばあちゃんたちも中から出てきて、職員も二人ほど出てきてそこはとてもおだやかで和気あいあいとした空間になった。
できてもできなくてもやってみる。それを続けても飽きて手放してもいい。上手くても下手でもいい。自由に個々を楽しむ時間がゆっくりと流れていた。
その場では黒一点の職員大森のかぎ針と毛糸に悪戦苦闘している姿もまた皆を和ませる。
大森は熱意あふれる青年だ。「巨人軍の野球をドームで見たい」という利用者おじいちゃんの願いを叶えるべくあちらこちらに相談し説得し本当に連れて行ってしまうバイタリティの持ち主。
「その時、おじいちゃんが泣いてありがとうって言ってくれて、僕も泣いちゃいました」
照れた顔の大森は笑顔を絶やさず利用者に接する。
いや、デイサービスわだちの職員は皆笑顔だ。そして、笑顔で「大丈夫っ」と言う。「すごいねぇ」と言う。大きな声で笑う。
おじいちゃんおばあちゃんたちがやれることをオープンにする。やれないこともオープンにする。
それぞれがやれることをやればいい。怪我を恐れずに。
その噂を聞きつけて、日本中から見学者がやってくる施設になっている。
現在、イオンタウンの南側に大きな建物が建設中である。それはデイサービスわだちを運営する楽天堂による特別養護老人ホームなのだから、どこまで自由でオープンな施設になるのか楽しみだ。
洋太はいつの間にか編み物グループの和に入り、まさおばあちゃんからかぎ針の使い方から教わっていた。
☆☆☆
ご協力
Magic of yarn みさき様
シェアキッチンめとはな様
デイサービスわだち様
3
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。


いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?

【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる