あさひ市で暮らそう〜小さな神様はみんなの望みを知りたくて人間になってみた〜

宇水涼麻

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76 扉がない

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 楽天堂はイオンタウン建設時から深く関わり、現在もイオンタウン一階中央付近で『めとはな』というシェアキッキンショップと『デイサービスわだち』を経営している。

 デイサービスわだちはこれまでにない様式を取り入れた施設だ。
 それは、ほぼオープンであること。
 
 まず一つ。一番目につきやすいのは、食事を作るキッチン。人通りに面してガラス張りで、職員が調理をする姿だけでなく、利用者であるおばあちゃんおじいちゃんがイオンタウンのお客・・・・・・・・・に丸見えだ。

 もう一つ。扉がない。施設なのに扉がない。扉がないから丸見えだし、声も聞こえる。利用者や職員に会いに来た人はもちろん、利用者のおじいちゃんおばあちゃんまでも出入り自由。ふらぁとイオンタウンの店内に行き、イオンタウンの従業員が笑顔で連れて来てくれることもある。

 さらに、ほぼ「ダメ」がない。

 おじいちゃんが出かけてしまうこともダメじゃない。お料理してケガする恐れがあるこどダメじゃない。大きな声でお話することも、笑うこともダメじゃない。やりたくないことはやらないこともダメじゃない。

「だって、人間なんだもん」

 とは誰のセリフだったか? まさにそれをデイサービス施設で実践している。

「いらっしゃいませぇ。おぉいしぃおぉいしぃ焼きそばがございますよぉ。でぇきたてですよぉ」

 デイサービスわだちに設けられたショーケースの前で大きな声で呼び込み売り子をするのは九十歳を超えたかこおばあちゃんだ。他の施設だったら、「静かにしてね」とか「それは止めてね」と言われるだろうその姿を、ここの職員は「頑張って」と応援して見守る。お客さんが買うと計算もかこおばあちゃんがやる。職員も確認はきちんとやっているから客の方も心配はいらない。

「かこばあちゃん。一つくれ」

「はいよ。三百円。二百円のお釣りでございます。おいしぃですよぉ」

「かこばあちゃんの元気が入っているもんな」

「私は昔、満州から帰ってきたのよ。私のお父さんはとっても頭のいい人だったの」

 饒舌じょうぜつに語るその顔はまるでうら若い女性である。車椅子でも手を高く伸ばせなくても明るさを失わず笑顔で看板娘をこなしている。

「ここで食べてく」

 洋太はデイサービスわだちの外に設けられた六人がけのテーブルにそれを広げて食べ始めた。

 しばらくすると髪色の派手な女性が大きな袋を持ってやってきた。

「ここ使うのか?」

「いえ、まだ大丈夫です」

 その女性は袋をそこへ置くと中へと入っていく。洋太は二人がけのテーブルに移動した。施設内(仕切りがないので言葉として正しいかは不明)の声が聞こえた。

「みさき先生。来てくれてありがとうね」

 髪色の派手な女性みさきにおばあちゃんの一人が手を振る。

「まささん。今日は暖かいから外でやりましょうか」

「あぁ、いいねぇ。私、みさき先生に見てもらいたくて持ってきたんだよ」

 みさきとまさおばあちゃんは連れって六人がけのテーブルへやってきた。まさおばあちゃんは早速袋から取り出したものをみさきに見せる。

「これねぇ。この前、みさき先生に教わったやつをたくさんやったのよ」

 それは毛糸で作られた1メートル四方のひざ掛けだった。

「すごぉい! こんなにやってくれたの?」

「そぉだよぉ。みさき先生に教わってすこぉし思い出してきたの。楽しくて楽しくてたくさんやっちゃった」

 先生と呼ばれている女性は『Magic of yarn』みさきとして毛糸の編み物を通した活動をしている。編み物が好きな仲間とサークルを開催したり、レッスンをしたり、イベント出店して小物販売やワークショップをしている。『あさひの芸術祭実行委員会』通称あさげーに所属していて、飯岡灯台の銅像ヒヨコに着せ替えしたり、バス停をあさピーにしたりとユーモアと編み物のコラボレーションを楽しんでいる。あさげー街ぶらでは『旧坂本』にて展示もする。
 まさおばあちゃんの楽しそうな声が聞こえたのか、他のおばあちゃんたちも中から出てきて、職員も二人ほど出てきてそこはとてもおだやかで和気あいあいとした空間になった。

 できてもできなくてもやってみる。それを続けても飽きて手放してもいい。上手くても下手でもいい。自由に個々を楽しむ時間がゆっくりと流れていた。

 その場ではこく一点の職員大森のかぎ針と毛糸に悪戦苦闘している姿もまた皆をなごませる。

 大森は熱意あふれる青年だ。「巨人軍の野球をドームで見たい」という利用者おじいちゃんの願いを叶えるべくあちらこちらに相談し説得し本当に連れて行ってしまうバイタリティの持ち主。

「その時、おじいちゃんが泣いてありがとうって言ってくれて、僕も泣いちゃいました」

 照れた顔の大森は笑顔を絶やさず利用者に接する。

 いや、デイサービスわだちの職員は皆笑顔だ。そして、笑顔で「大丈夫っ」と言う。「すごいねぇ」と言う。大きな声で笑う。

 おじいちゃんおばあちゃんたちがやれることをオープンにする。やれないこともオープンにする。

 それぞれがやれることをやればいい。怪我を恐れずに。
 その噂を聞きつけて、日本中から見学者がやってくる施設になっている。
 
 現在、イオンタウンの南側に大きな建物が建設中である。それはデイサービスわだちを運営する楽天堂による特別養護老人ホームなのだから、どこまで自由でオープンな施設になるのか楽しみだ。

 洋太はいつの間にか編み物グループの和に入り、まさおばあちゃんからかぎ針の使い方から教わっていた。

 ☆☆☆
 ご協力
 Magic of yarn みさき様
 シェアキッチンめとはな様
 デイサービスわだち様 
 

 
 
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