あさひ市で暮らそう〜小さな神様はみんなの望みを知りたくて人間になってみた〜

宇水涼麻

文字の大きさ
上 下
61 / 80

61 Dool Room

しおりを挟む
 水萌里は『TODAY』の記者になってからおひさまテラス内のラーニングパブリックスペースを使うことが多くなった。家でも可能なのだが、少しでも仕事感を出したくなると利用するのだ。子どもたちの喧騒やまわりでミーティングしている声などをバックミュージックにキーボードを叩き携帯で検索する。少しばかり元気な子が多く集中できないと感じたときにはコワーキングスペースも使え、どちらにでも対応できる施設であることを有効的に使っていた。

 少々頭に疲れを覚えるとおひさまテラス内を散歩する。

 その日はダンススタジオに可愛らしいチュチュを着た女の子たちが集合していた。近くのテーブルにあるパンフレットと見ると『Ron・Ron Ballet School』とあった。ひまわりと二匹の猫のロゴはチュチュを着た白猫がひまわりに飛びつきそうな元気な様子を伺わせるにぴったりのものだ。
 幼稚園以下と思われる子どもたちが数十人並び、先生の声に合わせてジャンプする。ダン、ダンと一生懸命に飛ぶ姿はバレリーナにはまだ見えないが可愛らしさは十二分である。一年半ほど前に開校したばかりのスクールなので生徒たちも長くてそれくらいということなのだろう。

 おひさまテラスのシステムの関係で時間等は変動制であるが、それを逐一アップしていき自由な日に参加できるようにしている。それを利点にし、送り迎えをする忙しい母親でも自分の空いている日を選んで子供を通わせることができている。

 幼女たちの姿にすっかり心を和ませた水萌里は自分が使っているスペースに戻った。
 しばらくしておひさまテラス館長永井が声をかけてきた。

「バレエレッスンが終わったみたいなんで先生を紹介しようか?」

 水萌里はびっくりして目を見開いた。

「記者さんになったって聞いたよ。知り合いを増やしておいたほうがいいでしょう?」

 笑顔の永井は、引っ越して半年の水萌里がまだ友人が少ないことも知っている。記者になるきっかけがおひさまテラスのイベントであるローカルチャレンジャーなので遠慮なく頼ることにした。

 ダンススタジオに行くと線の細い女性が帰り支度の子どもたちに手を振っていた。永井に気がついているようだが、最後まで子どもたちを見送る姿に水萌里は好感を持った。

「永井さん、こんにちは。どうしました?」

「ローチャレに参加してくれた人を紹介したくて。今、地域フリーペーパー『TODAY』で新人記者をしているんだよ。なにかあればロンロンさんも協力してほしいなって」

 軽く紹介した永井は手を振って離れていった。本当に紹介しただけという状況に戸惑った水萌里だったが、本当の取材であれば紹介してもらえるだけでもありがたいと思い直し意欲に火を付けた。

 二人でテーブルに付き話をしてみると奥ゆかしい雰囲気で、水萌里も気負うことなく話ができた。

「中井加那です。上から読んでも下から読んでも『なかいかな』、よろしくお願いします。様子見てくれていましたよね。どうでしたか?」

「みんな一生懸命で可愛らしかったです」

「スクールをオープンして間もないので小さい子ばかりなんですよ。小学生になったらバーレッスンを始めます。今、バーレッスンの子は三人くらいです。目的とレベルに合わせたレッスンを心がけています」

「バーレッスンってはじめからするのだと思っていました」

「ですよね。ふふふ。映画とかのシーンはほとんどそれですから」

 どうやら『バレエを知らない人あるある』だったらしく優しく笑う加那に水萌里は恥ずかしげに微笑した。

「バレエのイメージの足首開脚とかは小学生になってからにしています。今はジャンプして楽しんでもらっているんですよ。
私は技術だけじゃなくて挨拶や礼儀とか、思いやりとか感謝とかを大切さを覚えてほしいんです。子どもたちにとってバレエに向き合っている時間が心を育む時間になるように頑張ってます」

 子どもたちの話をする加那は奥ゆかしい女性ではなく、凛とした目標を持ち上を向いている女性であった。
 近々開催する初の発表会に招待を受けその場を後にした。

 発表会当日、会場である東総文化会館に三十分前に到着したにも関わらず小ホールの客席は半分以上埋まっていて、水萌里が着席してからも続々と集まっていた。
 時間になり会場が暗くなる。第一部は物語仕立てになっている。レッスンで見た子どもたちが役をこなせるとは思えず、水萌里は少しばかり嫌な緊張をしていた。

『それにこれだけのお客様なのよ。子どもたちは練習通りにできるのかしら?』

 しかし、それは杞憂であった。バーレッスンをしていると思われる三人は緊張の面持ちながらも今自分にできることをきちんと見せていた。お姉さん役のその三人が最年少グループ子たちを上手に誘導していく。その最年少グループのリーダーの子供もしっかりと先頭を担っていた。上手にはできていたのが、あの年齢の醸し出すかもしだす可愛らしさに会場のあちらこちらから笑いが出てしまうのは当然であるし、そうやって会場が一体になっていく。
 二幕では年中の子供たちがお人形役を頑張っていた。じっとしている時間も長く、たしかに年少グループにはできないだろうと思われる。
 それぞれの年齢とレベルに合った演技をそれぞれに見せてくれた。最年少の子どもたちはリズムに合わせて目いっぱいに跳ねる。年中の子どもたちは覚えたての足技を見せる。小学生たちはかなりきれいに開脚できていた。

 第二部三部はレベルに合わせたグループでの発表である。第一部でごっそりと心を掴んだ演者たちは最後まで会場中を魅了して終幕した。

『自分の身内が出ているわけじゃないのにこんなに楽しめるとは思わなかったわ。本当に素敵なスクールね。いつかこれを書けるようにならなくっちゃ』

 子どもたちとそれを支える中井加那講師とその夫のお陰で尚更に気合の入った水萌里であった。

 ☆☆☆
 ご協力
 フリーペーパーTODAY様
 おひさまテラス様
 Ron・Ron Ballet School様  


                                                                                                                                                      
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~

味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。 しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。 彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。 故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。 そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。 これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。

【完結】元妃は多くを望まない

つくも茄子
恋愛
シャーロット・カールストン侯爵令嬢は、元上級妃。 このたび、めでたく(?)国王陛下の信頼厚い側近に下賜された。 花嫁は下賜された翌日に一人の侍女を伴って郵便局に赴いたのだ。理由はお世話になった人達にある書類を郵送するために。 その足で実家に出戻ったシャーロット。 実はこの下賜、王命でのものだった。 それもシャーロットを公の場で断罪したうえでの下賜。 断罪理由は「寵妃の悪質な嫌がらせ」だった。 シャーロットには全く覚えのないモノ。当然、これは冤罪。 私は、あなたたちに「誠意」を求めます。 誠意ある対応。 彼女が求めるのは微々たるもの。 果たしてその結果は如何に!?

突然伯爵令嬢になってお姉様が出来ました!え、家の義父もお姉様の婚約者もクズしかいなくない??

シャチ
ファンタジー
母の再婚で伯爵令嬢になってしまったアリアは、とっても素敵なお姉様が出来たのに、実の母も含めて、家族がクズ過ぎるし、素敵なお姉様の婚約者すらとんでもない人物。 何とかお姉様を救わなくては! 日曜学校で文字書き計算を習っていたアリアは、お仕事を手伝いながらお姉様を何とか手助けする! 小説家になろうで日間総合1位を取れました~ 転載防止のためにこちらでも投稿します。

【 完 結 】言祝ぎの聖女

しずもり
ファンタジー
聖女ミーシェは断罪された。 『言祝ぎの聖女』の座を聖女ラヴィーナから不当に奪ったとして、聖女の資格を剥奪され国外追放の罰を受けたのだ。 だが、隣国との国境へ向かう馬車は、同乗していた聖騎士ウィルと共に崖から落ちた。 誤字脱字があると思います。見つけ次第、修正を入れています。 恋愛要素は完結までほぼありませんが、ハッピーエンド予定です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

念願の異世界転生できましたが、滅亡寸前の辺境伯家の長男、魔力なしでした。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリーです。

処理中です...