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38 水萌里のお仕事
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水萌里は『まめやし』に書いてもらったイラストの出来栄えを自慢するため、かこの『なぞのくじびきや』ブースへ行った。かこは真守とも洋太とも会ったことがないので興味津津で見ていた。
「みもさんはそっくりね。みもさんの家族と会ったことないけど、仲良さそうな感じ」
「まめちゃんの絵が上手だからよ。でも仲は悪くないと思うわ」
照れ笑いした水萌里がふと窓の外を見た。
「この天気だとおもちゃ屋さんは不利ね」
雨が強めに降る空を見た水萌里が心配そうに視線を落とした。かこの扱うものおもちゃ類は広がった敷地を子どもたちが歩いている方が似合う。
「出店はそういう日もあるのよ、いいの、いいの。私は来ただけで楽しいから。それより、ここのお菓子も美味しいから見ていってね」
主催者でなくても仲間のために声をかけているかこに『らしいなぁ』と苦笑いして手招きに従う。
『これ人参ケーキなんだ。ミユキちゃんもよく出しているんだよね』
卓上POPを見た水萌里は、毎週金曜日の『めとはな』に出店している『こみゅーん』のミユキを思い出しながらその一つを手にとった。
「私も人参ケーキ大好きなんですよ」
ブースの女性『Weekend』の三川ミカが声を明るくして話かけてきたので耳を傾ける。芯があるハキハキとした様子の女性だった。お菓子屋さんであることに少しだけ違和感のある女性だと水萌里は感じた。
「人参ケーキは私の原点なんで」
「原点?」
「幼稚園の頃、初めてのお菓子作りが体験教室の人参ケーキ作りだったんです。それがもっのすごくたのしかったんですよねぇ。次の日から人参を一生懸命にすってました」
「幼稚園生が?」
「それほど夢中になれたんです。それからもうお菓子作りが楽しくなっちゃって」
「わぁ。お菓子作りってそんなに小さな頃からの夢だったんですね。夢が叶うってステキです」
「まだ、もう少しです。やっぱり自分のお店が持ちたいんで。私の夢の一つが叶うのは来年くらいかなぁとは思ってます」
照れ笑いと喜び笑いをない混ぜにして幸せを滲み出した姿から先程の違和感が消えた。
『この方もあやちゃんのようにいろいろな顔があるのかもしれないな』
この数日後。水萌里はまさにミカに巻き込まれていく……自分から飛び込んで……とても喜んで。
その日、お菓子やコーヒーなどの買い物を済ませた水萌里が石橋家を後にした二日後、水萌里の元にたまきから連絡が入る。
「金曜日に『まめやし』ちゃんが歌いに来るのよ。よかったら……」
「行くっ!」
たまきの言葉を待たずに食い気味ではなく思いっきり食って返事をした。
金曜日になるとソワソワした水萌里は真守を急かせて『木だまり』へ向かう。
「『BAR TAKU』は八時からだよ。まだ早いじゃないか」
『ファン心理ってあるのよっ!』
助手席で唇を尖らせる真守をシレッと無視した。
しかし、『木だまり』に到着するとまめやしはすでに来店していて食事中だった。
「わぁ。水萌里さん、来てくれたんですねぇ! まめのつたない歌ですけど、後で聞いてくださいね」
「もちろんです!」
「こんばんわ」
まめやしの対面に座り一緒に食事をしていた女性が挨拶をしてきた。
「あ! 先日の人参ケーキの」
「そうですそうです」
「とても美味しかったです。ごちそうさまでした」
ミカに「どうぞ」と相席を進められた水萌里がチラッと真守を気にすると、真守はとっととカウンターに座り準備中のタクマと話をしていたので水萌里もまめやしの隣に座った。
サラダとノンアルカクテルを注文して三人で世間話をする。
そのうちにまめやしが隣でフォークギターのチューナーやらマイクテストやらを始めたので二人は邪魔をしないようにおしゃべりを続けた。
「水萌里さんはあやさんともたまきさんとも仲良しなんですね」
「たまきさんとはローカルチャレンジャーでもご一緒させてもらったんです」
視線の先のたまきは笑顔のまま忙しそうにキッチンに立っている。
「水萌里さんは何がやりたくてローカルチャレンジャーに申し込んだんですか?」
「実は何も考えてなくて友達ができたらいいなって思ったんです。私、趣味もないのでカルチャースクールやサークルって入りにくくて。旭市で暮らし始めて一番最初に頻繁に通ったのが『おひさまテラス』だったんですけど、そこで広告を見つけたんです」
「ローカルチャレンジャーはもうすぐ終わりますよね。何かやりたいこと見つかりましたか?」
「これっていうのはまだないんですけど、なんとなくやっていきたいことはできました」
興味深そうに見を乗り出すミカに水萌里は恥ずかしそうに少し視線を落とした。
「旭市でずっと暮らしてきた方にこんなこと言うのは恥ずかしいのですが、旭市のことを何かで発信できないかなあと考えたんです」
「え?! うっそ!!」
『やっぱり新入り移住者がずうずうしいことしない方がいいんだわ……』
ミカが目をまんまるにして驚嘆しているので水萌里は諦めのため息を吐いた。
「ちょ、ちょっと待っててくださいね。私、車に行ってきます!」
勢いよく立ち上がったミカが戻ってきたときには手に小冊子を持っていた。
「これなんだけど……」
手渡された小冊子は『TODAY』とおしゃれに書かれた情報フリーペーパーだった。
「これ、私が書いているの。よかったら協力してくれない?」
「え? でも、私、何も経験ありませんし……」
ミカは「問題ない」と首を横に振る。
「移住間もないので、何も知りませんし」
「その視点が面白いじゃないですかっ!」
それからミカの少しの説得で水萌里の仕事が決まった。
頃よく『まめやしミニライブ』が始まり、昭和歌謡の調べに酔いしれる。次から次へと奏でる歌は確かにどれも知るものだが、楽譜を見ることもなく弾き語るまめやしに驚きは隠せず、帰る時間になっても水萌里の高揚感がおさまることはなかった。
水萌里さんは、今月発行『TODAY』voile5にて編集者デビューします。お楽しみに。
☆☆☆
ご協力
まめやし様
なぞのくじびきや様
Weekend様
木だまり様
BAR TAKU様
TODOY編集部様
「みもさんはそっくりね。みもさんの家族と会ったことないけど、仲良さそうな感じ」
「まめちゃんの絵が上手だからよ。でも仲は悪くないと思うわ」
照れ笑いした水萌里がふと窓の外を見た。
「この天気だとおもちゃ屋さんは不利ね」
雨が強めに降る空を見た水萌里が心配そうに視線を落とした。かこの扱うものおもちゃ類は広がった敷地を子どもたちが歩いている方が似合う。
「出店はそういう日もあるのよ、いいの、いいの。私は来ただけで楽しいから。それより、ここのお菓子も美味しいから見ていってね」
主催者でなくても仲間のために声をかけているかこに『らしいなぁ』と苦笑いして手招きに従う。
『これ人参ケーキなんだ。ミユキちゃんもよく出しているんだよね』
卓上POPを見た水萌里は、毎週金曜日の『めとはな』に出店している『こみゅーん』のミユキを思い出しながらその一つを手にとった。
「私も人参ケーキ大好きなんですよ」
ブースの女性『Weekend』の三川ミカが声を明るくして話かけてきたので耳を傾ける。芯があるハキハキとした様子の女性だった。お菓子屋さんであることに少しだけ違和感のある女性だと水萌里は感じた。
「人参ケーキは私の原点なんで」
「原点?」
「幼稚園の頃、初めてのお菓子作りが体験教室の人参ケーキ作りだったんです。それがもっのすごくたのしかったんですよねぇ。次の日から人参を一生懸命にすってました」
「幼稚園生が?」
「それほど夢中になれたんです。それからもうお菓子作りが楽しくなっちゃって」
「わぁ。お菓子作りってそんなに小さな頃からの夢だったんですね。夢が叶うってステキです」
「まだ、もう少しです。やっぱり自分のお店が持ちたいんで。私の夢の一つが叶うのは来年くらいかなぁとは思ってます」
照れ笑いと喜び笑いをない混ぜにして幸せを滲み出した姿から先程の違和感が消えた。
『この方もあやちゃんのようにいろいろな顔があるのかもしれないな』
この数日後。水萌里はまさにミカに巻き込まれていく……自分から飛び込んで……とても喜んで。
その日、お菓子やコーヒーなどの買い物を済ませた水萌里が石橋家を後にした二日後、水萌里の元にたまきから連絡が入る。
「金曜日に『まめやし』ちゃんが歌いに来るのよ。よかったら……」
「行くっ!」
たまきの言葉を待たずに食い気味ではなく思いっきり食って返事をした。
金曜日になるとソワソワした水萌里は真守を急かせて『木だまり』へ向かう。
「『BAR TAKU』は八時からだよ。まだ早いじゃないか」
『ファン心理ってあるのよっ!』
助手席で唇を尖らせる真守をシレッと無視した。
しかし、『木だまり』に到着するとまめやしはすでに来店していて食事中だった。
「わぁ。水萌里さん、来てくれたんですねぇ! まめのつたない歌ですけど、後で聞いてくださいね」
「もちろんです!」
「こんばんわ」
まめやしの対面に座り一緒に食事をしていた女性が挨拶をしてきた。
「あ! 先日の人参ケーキの」
「そうですそうです」
「とても美味しかったです。ごちそうさまでした」
ミカに「どうぞ」と相席を進められた水萌里がチラッと真守を気にすると、真守はとっととカウンターに座り準備中のタクマと話をしていたので水萌里もまめやしの隣に座った。
サラダとノンアルカクテルを注文して三人で世間話をする。
そのうちにまめやしが隣でフォークギターのチューナーやらマイクテストやらを始めたので二人は邪魔をしないようにおしゃべりを続けた。
「水萌里さんはあやさんともたまきさんとも仲良しなんですね」
「たまきさんとはローカルチャレンジャーでもご一緒させてもらったんです」
視線の先のたまきは笑顔のまま忙しそうにキッチンに立っている。
「水萌里さんは何がやりたくてローカルチャレンジャーに申し込んだんですか?」
「実は何も考えてなくて友達ができたらいいなって思ったんです。私、趣味もないのでカルチャースクールやサークルって入りにくくて。旭市で暮らし始めて一番最初に頻繁に通ったのが『おひさまテラス』だったんですけど、そこで広告を見つけたんです」
「ローカルチャレンジャーはもうすぐ終わりますよね。何かやりたいこと見つかりましたか?」
「これっていうのはまだないんですけど、なんとなくやっていきたいことはできました」
興味深そうに見を乗り出すミカに水萌里は恥ずかしそうに少し視線を落とした。
「旭市でずっと暮らしてきた方にこんなこと言うのは恥ずかしいのですが、旭市のことを何かで発信できないかなあと考えたんです」
「え?! うっそ!!」
『やっぱり新入り移住者がずうずうしいことしない方がいいんだわ……』
ミカが目をまんまるにして驚嘆しているので水萌里は諦めのため息を吐いた。
「ちょ、ちょっと待っててくださいね。私、車に行ってきます!」
勢いよく立ち上がったミカが戻ってきたときには手に小冊子を持っていた。
「これなんだけど……」
手渡された小冊子は『TODAY』とおしゃれに書かれた情報フリーペーパーだった。
「これ、私が書いているの。よかったら協力してくれない?」
「え? でも、私、何も経験ありませんし……」
ミカは「問題ない」と首を横に振る。
「移住間もないので、何も知りませんし」
「その視点が面白いじゃないですかっ!」
それからミカの少しの説得で水萌里の仕事が決まった。
頃よく『まめやしミニライブ』が始まり、昭和歌謡の調べに酔いしれる。次から次へと奏でる歌は確かにどれも知るものだが、楽譜を見ることもなく弾き語るまめやしに驚きは隠せず、帰る時間になっても水萌里の高揚感がおさまることはなかった。
水萌里さんは、今月発行『TODAY』voile5にて編集者デビューします。お楽しみに。
☆☆☆
ご協力
まめやし様
なぞのくじびきや様
Weekend様
木だまり様
BAR TAKU様
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