あさひ市で暮らそう〜小さな神様はみんなの望みを知りたくて人間になってみた〜

宇水涼麻

文字の大きさ
上 下
38 / 80

38 水萌里のお仕事

しおりを挟む
 水萌里は『まめやし』に書いてもらったイラストの出来栄えを自慢するため、かこの『なぞのくじびきや』ブースへ行った。かこは真守とも洋太とも会ったことがないので興味津津で見ていた。

「みもさんはそっくりね。みもさんの家族と会ったことないけど、仲良さそうな感じ」

「まめちゃんの絵が上手だからよ。でも仲は悪くないと思うわ」
 
 照れ笑いした水萌里がふと窓の外を見た。

「この天気だとおもちゃ屋さんは不利ね」

 雨が強めに降る空を見た水萌里が心配そうに視線を落とした。かこの扱うものおもちゃ類は広がった敷地を子どもたちが歩いている方が似合う。

「出店はそういう日もあるのよ、いいの、いいの。私は来ただけで楽しいから。それより、ここのお菓子も美味しいから見ていってね」

 主催者でなくても仲間のために声をかけているかこに『らしいなぁ』と苦笑いして手招きにしたがう。

『これ人参ケーキなんだ。ミユキちゃんもよく出しているんだよね』

 卓上POPを見た水萌里は、毎週金曜日の『めとはな』に出店している『こみゅーん』のミユキを思い出しながらその一つを手にとった。

「私も人参ケーキ大好きなんですよ」

 ブースの女性『Weekend』の三川ミカが声を明るくして話かけてきたので耳を傾ける。芯があるハキハキとした様子の女性だった。お菓子屋さんであることに少しだけ違和感のある女性だと水萌里は感じた。

「人参ケーキは私の原点なんで」

「原点?」

「幼稚園の頃、初めてのお菓子作りが体験教室の人参ケーキ作りだったんです。それがもっのすごくたのしかったんですよねぇ。次の日から人参を一生懸命にすってました」

「幼稚園生が?」

「それほど夢中になれたんです。それからもうお菓子作りが楽しくなっちゃって」

「わぁ。お菓子作りってそんなに小さな頃からの夢だったんですね。夢が叶うってステキです」

「まだ、もう少しです。やっぱり自分のお店が持ちたいんで。私の夢の一つが叶うのは来年くらいかなぁとは思ってます」

 照れ笑いと喜び笑いをないぜにして幸せをにじみ出した姿から先程の違和感が消えた。

『この方もあやちゃんのようにいろいろな顔があるのかもしれないな』

 この数日後。水萌里はまさにミカに巻き込まれていく……自分から飛び込んで……とても喜んで。

 その日、お菓子やコーヒーなどの買い物を済ませた水萌里が石橋家を後にした二日後、水萌里の元にたまきから連絡が入る。

「金曜日に『まめやし』ちゃんが歌いに来るのよ。よかったら……」
「行くっ!」

 たまきの言葉を待たずに食い気味ではなく思いっきり食って返事をした。

 金曜日になるとソワソワした水萌里は真守を急かせて『木だまり』へ向かう。

「『BAR TAKU』は八時からだよ。まだ早いじゃないか」

『ファン心理ってあるのよっ!』

 助手席で唇を尖らせる真守をシレッと無視した。

 しかし、『木だまり』に到着するとまめやしはすでに来店していて食事中だった。

「わぁ。水萌里さん、来てくれたんですねぇ! まめのつたない歌ですけど、後で聞いてくださいね」

「もちろんです!」

「こんばんわ」

 まめやしの対面に座り一緒に食事をしていた女性が挨拶をしてきた。

「あ! 先日の人参ケーキの」

「そうですそうです」

「とても美味しかったです。ごちそうさまでした」

 ミカに「どうぞ」と相席を進められた水萌里がチラッと真守を気にすると、真守はとっととカウンターに座り準備中のタクマと話をしていたので水萌里もまめやしの隣に座った。
 サラダとノンアルカクテルを注文して三人で世間話をする。
 そのうちにまめやしが隣でフォークギターのチューナーやらマイクテストやらを始めたので二人は邪魔をしないようにおしゃべりを続けた。

「水萌里さんはあやさんともたまきさんとも仲良しなんですね」

「たまきさんとはローカルチャレンジャーでもご一緒させてもらったんです」

 視線の先のたまきは笑顔のまま忙しそうにキッチンに立っている。

「水萌里さんは何がやりたくてローカルチャレンジャーに申し込んだんですか?」

「実は何も考えてなくて友達ができたらいいなって思ったんです。私、趣味もないのでカルチャースクールやサークルって入りにくくて。旭市で暮らし始めて一番最初に頻繁に通ったのが『おひさまテラス』だったんですけど、そこで広告を見つけたんです」

「ローカルチャレンジャーはもうすぐ終わりますよね。何かやりたいこと見つかりましたか?」

「これっていうのはまだないんですけど、なんとなくやっていきたいことはできました」

 興味深そうに見を乗り出すミカに水萌里は恥ずかしそうに少し視線を落とした。

「旭市でずっと暮らしてきた方にこんなこと言うのは恥ずかしいのですが、旭市のことを何かで発信できないかなあと考えたんです」

「え?! うっそ!!」

『やっぱり新入り移住者がずうずうしいことしない方がいいんだわ……』

 ミカが目をまんまるにして驚嘆しているので水萌里は諦めのため息を吐いた。

「ちょ、ちょっと待っててくださいね。私、車に行ってきます!」

 勢いよく立ち上がったミカが戻ってきたときには手に小冊子を持っていた。

「これなんだけど……」

 手渡された小冊子は『TODAY』とおしゃれに書かれた情報フリーペーパーだった。

「これ、私が書いているの。よかったら協力してくれない?」

「え? でも、私、何も経験ありませんし……」

 ミカは「問題ない」と首を横に振る。

「移住間もないので、何も知りませんし」

「その視点が面白いじゃないですかっ!」

 それからミカの少しの説得で水萌里の仕事が決まった。
 頃よく『まめやしミニライブ』が始まり、昭和歌謡の調べに酔いしれる。次から次へと奏でる歌は確かにどれも知るものだが、楽譜を見ることもなく弾き語るまめやしに驚きは隠せず、帰る時間になっても水萌里の高揚感がおさまることはなかった。

 水萌里さんは、今月発行『TODAY』voile5にて編集者デビューします。お楽しみに。


 ☆☆☆
 ご協力
 まめやし様
 なぞのくじびきや様
 Weekend様
 木だまり様
 BAR TAKU様
 TODOY編集部様
  
 
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~

味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。 しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。 彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。 故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。 そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。 これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。

処理中です...