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29 足つぼとフライデーナイト
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水萌里が自分自身と戦っているのは公園内の体育館前あたりにある健康遊歩道である。
靴を脱いで利用するそこは竹踏みのようなところや小さな石が埋め込まれたところが設置されグルリと回れるようになっている。
まさに水萌里はお笑い芸人さながらのリアクションでそこを歩いているのだ。
「くはぁ!」「いったい!」「くぅ~」
一歩下がったり横に逃げたりしながらもどうにか一周はしようともがいているところに洋太が来て大笑いしていた。
「洋太もやってみなさいよっ!」
「いいよん」
ヒョイヒョイヒョイっと軽く一周してしまう洋太の姿に水萌里は唇を尖らせた。
「風で体を軽くしてるんでしょう?」
「そんなことしてないって。痛気持ちいいってやつを感じてる」
水萌里は心で舌打ちした。
『私だってきっと若い頃ならかるぅくできたのよ』
自分に言い訳しながらも一周はやり遂げようとする水萌里の生真面目さが微笑ましい。
息を整えた真守は「では俺も」と靴を脱いだが三歩でリタイアした。
「オヤジはもう少し健康に気を遣え」
「本当にそうね。とりあえずお酒を止めたら?」
「それは……」
真守の泣きそうな顔に水萌里はやれやれと優しく笑う。
「一杯減らすってことでどう?」
真守はコクリと頷づいた。
そんな真守は水萌里と一緒に金曜日の夜には大抵『木だまり』へ行く。タクマがフライデーバー『Bar TAKU』をやっているからだ。金曜日の夜にだけあの夏祭りを催した石橋家のタクマ・アヤ夫妻がオープンしているバーである。元気印の妻アヤと笑顔を絶やさず周りを気遣うタクマのバランスは絶妙だ。そこに『木だまり』のママたまきも加わり楽しくも落ち着ける大人の店になっている。
昼間は日差しの優しさを感じる明るいレストランだがこうも姿を変えると水萌里もワクワクしてしまう。ろうそくなどを使ったほのかな光は大人の夜を演出するにぴったりで週末の夜を過ごしに足を向けたくなる。
マスタータクマは営業の形について模索している最中だという。子供が六人もいるため収入を増やしたいが幼い子供たちの面倒を妻アヤや上の娘たちに任せきりというわけにもいかない。そこで週末だけバーをやってみることにした。
たまたまツテがあって、街中にある『seed』を時間借りできることになり数ヶ月やってみたところ、週末だけの営業でもお客様は来店してくれるのだと思えた。
そうこうしているタイミングで『木だまり』への移転やローカルチャレンジャー(おひさまテラス内の企画)への参加などドタバタしながらもタクマ自身が考える機会が増えていった。
ローカルチャレンジャーでは人の話を聞くだけでなく、自分の思いや考えを口にすることで自分自身への問いかけにもなる。
営業の形態や宣伝などを模索中のタクマは特に宣伝について考えが変わってきたようだ。
当初はSNSの使い方などを学べたらいいとの思いであったが、ホームページ作成などの話にも展開していく。
「ホームページを無料で作れて掲載できるところもあるのでそういうのを利用してやってみたらどうですか?」
そうアドバイスしたシゲはローカルチャレンジャーのメンバーである。シゲは「旭市や銚子市にいるはずのWebデザイナーを発掘招集できるシステムを作りたい」という目標でローカルチャレンジャーに参加しただけあって、Web広告に詳しい。
「それは私も興味がある」
たまきも話に加わった。シゲはタクマやたまきに状況や考えを聞き、導くように話を進めた。
「現在の常連が何を求めているのか」
「どういう方に来てほしいのか」
タクマは考えを構築しながらゆっくりと答える。まるで自分の中の何かを見つけるように。
シゲならば近隣に隠れるWebデザイナーたちをまとめられるだろうと思わせる懐の大きさだ。
「メニューというのは大きな差はないのかもしれませんね。それよりも店の雰囲気とかが喜ばれているのかもしれないです」
タクマはこれまでノンアルコールカクテルや新カクテルなど工夫を貪欲にしてきた。夏の『スイカクテル』などは甘さと塩がほどよくマッチしてとても美味しく、そのバランスを探り当てるには一度や二度の試しではすまなかったであろう。
そんな努力をしていても、さらにここで人の意見に耳を傾け向上をしていこうとしていた。
「今の常連さんに話を聞いてみたらどうですか?」
タクマはシゲのアドバイスに大きく首肯した。
その週の金曜日の夜に木だまりでの開店で、タクマはテーブル席で話をする江野と真守に率直に聞いてみた。
「もちろん、タクマさんに会いに来ているんですよ」
当たり前すぎて質問の意味を理解できない江野の手にはタクマが作ったカクテル、テーブルにはアヤが作った日替わりおつまみが乗っている。
「『タクマさんの酒』を呑みに! です!」
酔っぱらってニヤリと笑いグッと親指を立てた真守のグラスは空で、右手の箸は木だまりの春巻きを掴んでいる。
常連の一人『温熱療法きそら』の渡辺はつぶらな瞳をさらにつぶらにして首を縦に振っていた。
酒は美味くとも、それよりもタクマの醸し出す空気感が居心地の良い店『Bar TAKU』であった。
これからタクマの店がどのように変化していくのか楽しみである。
また週末にはあの店に安らぎをもらいに行こう。
☆☆☆
ご協力
木だまり様
Bar TAKU様(毎週金曜日夜、「木だまり」にて営業中。軽食あり。詳しくは「Bar TAKU」様のインスタにて)
温熱療法きそら様
靴を脱いで利用するそこは竹踏みのようなところや小さな石が埋め込まれたところが設置されグルリと回れるようになっている。
まさに水萌里はお笑い芸人さながらのリアクションでそこを歩いているのだ。
「くはぁ!」「いったい!」「くぅ~」
一歩下がったり横に逃げたりしながらもどうにか一周はしようともがいているところに洋太が来て大笑いしていた。
「洋太もやってみなさいよっ!」
「いいよん」
ヒョイヒョイヒョイっと軽く一周してしまう洋太の姿に水萌里は唇を尖らせた。
「風で体を軽くしてるんでしょう?」
「そんなことしてないって。痛気持ちいいってやつを感じてる」
水萌里は心で舌打ちした。
『私だってきっと若い頃ならかるぅくできたのよ』
自分に言い訳しながらも一周はやり遂げようとする水萌里の生真面目さが微笑ましい。
息を整えた真守は「では俺も」と靴を脱いだが三歩でリタイアした。
「オヤジはもう少し健康に気を遣え」
「本当にそうね。とりあえずお酒を止めたら?」
「それは……」
真守の泣きそうな顔に水萌里はやれやれと優しく笑う。
「一杯減らすってことでどう?」
真守はコクリと頷づいた。
そんな真守は水萌里と一緒に金曜日の夜には大抵『木だまり』へ行く。タクマがフライデーバー『Bar TAKU』をやっているからだ。金曜日の夜にだけあの夏祭りを催した石橋家のタクマ・アヤ夫妻がオープンしているバーである。元気印の妻アヤと笑顔を絶やさず周りを気遣うタクマのバランスは絶妙だ。そこに『木だまり』のママたまきも加わり楽しくも落ち着ける大人の店になっている。
昼間は日差しの優しさを感じる明るいレストランだがこうも姿を変えると水萌里もワクワクしてしまう。ろうそくなどを使ったほのかな光は大人の夜を演出するにぴったりで週末の夜を過ごしに足を向けたくなる。
マスタータクマは営業の形について模索している最中だという。子供が六人もいるため収入を増やしたいが幼い子供たちの面倒を妻アヤや上の娘たちに任せきりというわけにもいかない。そこで週末だけバーをやってみることにした。
たまたまツテがあって、街中にある『seed』を時間借りできることになり数ヶ月やってみたところ、週末だけの営業でもお客様は来店してくれるのだと思えた。
そうこうしているタイミングで『木だまり』への移転やローカルチャレンジャー(おひさまテラス内の企画)への参加などドタバタしながらもタクマ自身が考える機会が増えていった。
ローカルチャレンジャーでは人の話を聞くだけでなく、自分の思いや考えを口にすることで自分自身への問いかけにもなる。
営業の形態や宣伝などを模索中のタクマは特に宣伝について考えが変わってきたようだ。
当初はSNSの使い方などを学べたらいいとの思いであったが、ホームページ作成などの話にも展開していく。
「ホームページを無料で作れて掲載できるところもあるのでそういうのを利用してやってみたらどうですか?」
そうアドバイスしたシゲはローカルチャレンジャーのメンバーである。シゲは「旭市や銚子市にいるはずのWebデザイナーを発掘招集できるシステムを作りたい」という目標でローカルチャレンジャーに参加しただけあって、Web広告に詳しい。
「それは私も興味がある」
たまきも話に加わった。シゲはタクマやたまきに状況や考えを聞き、導くように話を進めた。
「現在の常連が何を求めているのか」
「どういう方に来てほしいのか」
タクマは考えを構築しながらゆっくりと答える。まるで自分の中の何かを見つけるように。
シゲならば近隣に隠れるWebデザイナーたちをまとめられるだろうと思わせる懐の大きさだ。
「メニューというのは大きな差はないのかもしれませんね。それよりも店の雰囲気とかが喜ばれているのかもしれないです」
タクマはこれまでノンアルコールカクテルや新カクテルなど工夫を貪欲にしてきた。夏の『スイカクテル』などは甘さと塩がほどよくマッチしてとても美味しく、そのバランスを探り当てるには一度や二度の試しではすまなかったであろう。
そんな努力をしていても、さらにここで人の意見に耳を傾け向上をしていこうとしていた。
「今の常連さんに話を聞いてみたらどうですか?」
タクマはシゲのアドバイスに大きく首肯した。
その週の金曜日の夜に木だまりでの開店で、タクマはテーブル席で話をする江野と真守に率直に聞いてみた。
「もちろん、タクマさんに会いに来ているんですよ」
当たり前すぎて質問の意味を理解できない江野の手にはタクマが作ったカクテル、テーブルにはアヤが作った日替わりおつまみが乗っている。
「『タクマさんの酒』を呑みに! です!」
酔っぱらってニヤリと笑いグッと親指を立てた真守のグラスは空で、右手の箸は木だまりの春巻きを掴んでいる。
常連の一人『温熱療法きそら』の渡辺はつぶらな瞳をさらにつぶらにして首を縦に振っていた。
酒は美味くとも、それよりもタクマの醸し出す空気感が居心地の良い店『Bar TAKU』であった。
これからタクマの店がどのように変化していくのか楽しみである。
また週末にはあの店に安らぎをもらいに行こう。
☆☆☆
ご協力
木だまり様
Bar TAKU様(毎週金曜日夜、「木だまり」にて営業中。軽食あり。詳しくは「Bar TAKU」様のインスタにて)
温熱療法きそら様
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